そもそも東葛飾とは
庭子パパ(鶏庭太郎)は考えている。――
そもそも東葛というのは、東葛飾の略である。
東葛飾というのは、葛飾の東側ということである。
そしてそもそも「葛飾」とは、・・・なんて話をし出すと大きな話になるので、
話は東葛飾に限定する。
今でこそ無くなってしまった東葛飾郡は、
北は、今で言う野田市の北西の先っぽのほうから、南は浦安市まで、
北東は我孫子市、南東は船橋市までの広い範囲を包み込んでいた。
しかし、今や東葛飾郡は無くなってしまった。
そして、東葛地域(東葛飾地域)と言えば、「松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市、鎌ケ谷市」の6市ということになっている。(千葉県のホームページではそうなっている。)
浦安市、市川市、船橋市は東葛飾地域ではないのか!
本来は東葛9市ではないのか。
浦安も市川も船橋も、我が東葛飾の一部だと扱われることもある(千葉県のホームページの「平成18年産落花生市町村別収穫量」という表ではそうなっている。)し、一部だと信じたいところだが、
かなり危うい状態になっていはいないか。
(でも、平成18年と言えば、もう一昔以上前のことだ。)
鎌ケ谷市は大丈夫か!
東葛9市が6市に、6市が5市になって、4市になって・・・なんてことが起こっていいのか!
そもそも、我が東葛飾は千葉県の一部になっているが、それでいいのか。
仮の話だが、今ここで我が東葛飾が千葉県から独立し、「柏県」という名前になったとする。
そうすると、松戸の住民たちが怒って、「なんで柏県なんだ」と言うだろう。・・・
ではなぜ、現在、千葉県は千葉県という名前なのに、(自分以外)誰も怒らないのだろう。千葉という名前は、千葉市とか、あっちのほうの地名じゃないのか。
我が東葛飾の民は、千葉市の支配下にあるのか!?
千葉県の象徴は菜の花ということになっているらしいが、
千葉県の菜の花の名所と言えば、
マザー牧場とか、小湊鉄道沿線とか、いすみ鉄道沿線とか、道の駅とみうら枇杷倶楽部(南房総市)とか、菜な畑ロード(鴨川市)とからしい(千葉県のホームページではそうなっている。)が、どれもこれも房総のほうであって、我が東葛飾とは関係ないじゃないか。
菜の花の何がいいのだろう。
我が東葛飾の空き地に咲いている、黄色い背高泡立草のほうが余程きれいじゃないか。
千葉県は落花生の生産が多いということになっていて、千葉市だの八街ではけっこうつくっているらしいが、
我が東葛飾地域でそんなに落花生って作ってないだろう(さっき見た「平成18年産落花生市町村別収穫量」という表による)。
それから、話は少し変わるが、「金権千葉」っていうけど、なぜか我々の周りではお金は飛び交わない。
金権政治と言えば、買収ではないのか。
買収と言えば、例えば、
「鶏さん、この度、是非、取り纏めのほうをよろしくお願いしますチュン」なんていう代議士の候補者がやってきたときに、「まさか、手ぶらということはないですよねコケ」なんて言ったら、
スッと袖の下から(山吹色のお菓子ならぬ)現金百万円入りの茶封筒が出てきて、「○○さん、お主もワルよのう、なははは・・・コケ」「いえいえ、鶏さんほどでは・・・ははははチュン」・・・、
なんて情景、イメージ、シーン、場面が思い浮かぶが、
そんなものがやってきたことなど、一度もない。
(代議士の候補者がわざわざ自分のところにきたりしないか。じゃあ秘書でもいいが。
てか、本当の大人(?)は "取り纏め" なんて言わないで、所謂「阿吽の呼吸」ってヤツなのかな。)
こちらとしては是非そういったものがやってきてほしいのだが。
我々の門戸は、不正に対しては常に開かれているし、遠慮しないで来てほしいのだが、なぜか来ない。
なぜか金権千葉の汚名だけは着させられるが、その恩恵には与れない。
我々が千葉県の一部だというなら、是非、金権千葉の名を汚さぬ対応をお願いしたい。
我が東葛飾が千葉県である必然性は余り無いのではないか。
敢えて言うなら
千葉県というのは江戸川と利根川と海で囲われていて、我が東葛飾もその一部じゃないかというのはその通りだが、
では、逆に、川があるところは、どこでも県境になっているか?
例えば、我々が住んでいるところから都心に向かうと、江戸川・中川・荒川・隅田川という川を越えるが、これらはすべて県境になっているか? 江戸川はなっているが、他の3つはなっていないだろう。(県境というより、都県境というべきか。)
話すと長くなるが、昔は利根川は東京湾に注いでいたというのは有名な話だ。
川なんて、付け替えようと思えば付け替えられるんだが。
東京都と千葉県の間で、境界未定地は2箇所存在すると言われている。
そんなもの、川を境にしようとするから問題が起こるんじゃないか。
都道府県境は、陸海空、なんでもよいが、とにかく川以外にしてほしい。
鶏庭太郎(庭子パパ)が我が東葛飾を千葉県から独立させたい、というのはそういう思いがあってこそである。




