家で
家で――
「でさあ、私って鶏庭子ってなんでそんなベタな名前なのピヨ?」
「今更自分の名前のことを何言っているのホゲ。
ただの名前なんだからしょうがないでしょうホゲ」
「だってあんた、前に、ただのカシワ高校がいいと言っていたのに、
ただのニワトリはダメだって言うのホゲ?
そもそも氏の変更には戸籍法第百七条の手続きが必要なのよホゲ。
家裁で許可を取らないとホゲ。」
「なに急に難しいことを言い出すのピヨ?」
「ちなみに、確か、松戸駅東口の公園の中を行くと、その先に、地裁の松戸支部とか簡裁があって、
そこらへんに家裁が一緒にあるんじゃないかと思うけどホゲ。
それはそうとして、例えばだけど、どんな苗字がいいのホゲ?」
「例えば、赤色野鶏とか、4文字の苗字ってかっこいいと思うピヨ。」
「まじめに答えるけど、赤色野鶏という鳥は外国の鳥なのよホゲ。」
「でもクラスに居るんだってばピヨ。」
「じゃあ言うけど、「鶏」がいやだと言っているのに、その文字が入っている苗字がいいっていうのはおかしいよねホゲ。」
「でもとにかく4文字の言葉がいいんだけどピヨ。」
「四文字言葉という言葉をあんまり口にしないほうがいいと思うホゲ。」
「でもとにかく4文字の漢字ピヨ。」
「4文字の漢字って、『夜露死苦(よろしく)』とか『愛死天流(あいしてる)』とかいうのがいいって言っているのホゲ?」
「それはヤンキーが書く漢字でしょピヨ。
4文字だからって、ヤンキー漢字を持ってくることないでしょピヨ。
4文字の苗字の人に失礼だよピヨ。
家裁とかと言い出すかと思えばピヨ。お母さんとしゃべってると全然話が進まないよピヨ。
4文字じゃなかったら、かたかなの苗字とかピヨ。」
「カタカナねホゲ。じゃあ、
レグホンとか、ロードアイランドなんとかとか、ハンバーグ(注)とか、そういうのがいいって言うのホゲ?」
・・・・
「まあ、ひよこの頃はみんな変わった名前にあこがれるのよねホゲ。
地味でなんの変哲もない名前が一番いいのよホゲ。」
「でも、私も将来、赤色野鶏という鳥と結婚したら、赤色野鶏という苗字になるんでしょピヨ?」
「鶏は鶏としか結婚できないのよホゲ」
「お母さんの旧姓って何ピヨ?」
「キューセーって何ホゲ?」
「結婚前の苗字ピヨ」
「だから、この子おかしいのかしらホゲ。結婚前の苗字も何も、鶏は鶏としか結婚できないって言っているのよホゲ。」
「野鶏 は 鶏 だし、赤色野鶏は野鶏だよピヨ。
だから、赤色野鶏は鶏だよピヨ」
「あら、理屈まで捏ねてホゲ。そんなに赤色野鶏くんがいいのかしらホゲ」
「例えばだよピヨ」
「まあ、私も若鶏だった頃はモテたから、南房総のお花畑の中で『この菜の花をみんなプレゼントするよコケ』なんていうクサいセリフもよく言われたけどホゲ。
お父さんは東葛飾の空き地で『この背高泡立草をみんなプレゼントするよコケ』って言ったから、面白くて結婚したのよホゲ」
・・・・・・
「それから、
クラスで出席番号が最後のほうなのはなんでピヨ。」
「そんなのお母さんに言われてもホゲ。
学校が決めたんでしょうホゲ。
まあ、誕生日順なんじゃないのホゲ?」
「私の誕生日って、何月何日なのピヨ?」
「えっ、自分の誕生日も忘れちゃったのホゲ?
変な子ねえホゲ。
2月8日でしょホゲ。
あなたは2月8日生まれだから庭子なのよホゲ。」
・・・
「ねえお母さんピヨ。」
「なあにホゲ」
「私ってお母さんから生まれたのピヨ?」
「卵から孵ったけどホゲ」
「い、いや、だから、その卵はお母さんが産んだんだよねピヨ?」
「そうよホゲ。卵を産んだときに、お母さんの名前を書いたよホゲ。
だから間違いないホゲ」
「なんで名前なんて書くのピヨ」
「托卵されないようにホゲ」
「別の鳥さんのところに持っていかれないようにってことだよねピヨ」
「って言うよりも、知らない間に別の鳥さんがやってきて、卵を置いて行って、
"あ、この卵も温めないと"なんて思って、
卵を温めて孵ったら、カッコウさんの子供だったら、嫌でしょホゲ。
だから、自分の名前が書いてない卵は自分のじゃないって分かるようにしておくのよホゲ」
「だから名前なんて書くのかピヨ」
「そう言えば、あんた、インフルエンザかと思ったけど、元気になったのねホゲ」
「もともと大丈夫だしピヨ。・・・
話を戻すけど、タマゴからカエったんだよねピヨ?」
「そうよホゲ。」
「2月なんてそんな寒い時に卵温めるの大変じゃなかったのピヨ?」
「孵卵器で温めたのよホゲ。」
「ふらんきピヨ?」
「卵を温める機械よホゲ。」
「もしかして、もしかして、もしかして、・・・」
「なんで何回も繰り返すのよホゲ。」
「その孵卵器って孵卵器ってふらんきって・・・人間が持ってきたやつピヨ?」
「にんべんホゲ?」
「人間だよピヨ。
人だよピヨ。ひとピヨ」
「孵卵器はレンタルしたのよホゲ。」
「レンタルピヨ?」
「写真あるから見て御覧なさいホゲ。」
庭子ママが写真を持ってきた。
「なんか最初出てきたときはボーとしているわねホゲ。」
「あ、そう言えば、タマゴの殻もとってあるから見てみるホゲ?」
「い、いいよ、いらないピヨ」
「最初、タマゴにヒビが入って、ピヨって言ったかと思ったら、
なかなか出てこなくて・・・ホゲ」
なんか話が長くなりそうだ。
「いいよピヨ。わかったピヨ。」
どうも、自分は生まれたときからニワトリだったんだ。
ということは、人間だったという記憶のほうが間違っているということかも。
そんな気がしてきた。
考えてみたら、
自分が人間で、周りも人間だということと、
自分が鳥で、周りも鳥だということは、
同じようなことだ。いや違うかもしれないが、周りと同じということでは同じことである。
階下で、庭子ママと庭子パパが話しているのが聞こえる。
「庭子が『自分は卵から孵ったのか』だってホゲ。」
「それはつまり、自分の『アイデンティティ』ってヤツを確立したくなったってことじゃないのかコケ」
何kmもある、ものすごく大きなゲージがあって、その中に街があり、道路があり、学校があり、自分たち鳥が放し飼いにされていてそこに住んでいて、いつか人間が捕まえにくるんじゃないか、と思いつつ、何日も経った。
けれど、そんな様子は、その片鱗さえまったく無いのであった。
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【注釈】
「ハンバーグ」:産卵鶏とされる鶏の品種。(人間の世界では)




