②
……18番街のとある岬付近……
18番街の端にあるとある岬……昨日ミドから貰った地図によると、その岬にジン博士の研究所があるようだが……。
「なんか薄暗い林だな……」
ロックとエリスは岬を目指して、林道を歩いていた。ロックが言うように、昼にも関わらず、林道は薄暗く気味が悪い。
エリスは少し怯えた表情で言った。
「わたし……こういう場所苦手……」
エリスはロックに引っ付いて歩いている。ロックは歩きにくそうで、少し渋い表情をしている。
しばらく歩くと、林道に光が射し、その林道の隙間から少し岬が見えた。
ロックはその方向を指差した。
「見えてきた……あれじゃねぇか?」
確かに岬らしきものが確認できたが……断崖絶壁で、ここからは確認できないが、おそらく下には海が広がっているのだろう。
さらに歩く事数分……林道を無事抜けた二人は、目前の光景に目を見開いた。
「綺麗……」
エリスが思わずそう呟くのも無理はなく、二人の目前には草原が広がっており、気持ちのよい風が二人を涼めた。
奥にコテージらしきものがあるだけで、その他に無駄な建造物はなく、汚れなき草原が広がっていた。シンプルな光景だが、実に美しかった。
ウットリしているエリスをよそに、ロックは辺りをキョロキョロ見渡した。
「造船所らしきものは……何もねぇ……。するとあのコテージがそれか?」
ロックはコテージを目指して、草原を歩きだした。
「あっ、待ってよ……」
我に返ったエリスは慌ててロックを追った。
しばらく草原を岬に向かって歩くと、岬の端にあるコテージが近づいてきた。
ロックが言った。
「唯一の建物が……あのコテージか……」
エリスが言った。
「でも……研究所には見えないよね。誰かの別荘みたい……」
木造コテージは生活感があり、誰かが住んでそうだが……とても研究所には見えなかった。
ロックはミドに貰った地図を見ながら言った。
「でも地図によると、あれだぜ……。それに他に建物がない」
あれこれ考えているうちに、二人はコテージに到着した。
「普通のコテージね……でも外観は綺麗よ」
エリスはコテージを観察している。
ロックはコテージの玄関階段を上がり、扉に付いている、さほど大きくない鐘を鳴らした。
カランカランと金属音が、この場に響いた。
しばらく反応を待ったが……返答はなく、ロックはもう一度鳴らしてみた。
カランカランと再び金属音が響いき、二人はしばらく待ってみた。
するとコテージの中から足音らしきものが聴こえた。
「だっ、誰かいるみたいね……」
エリスは少し緊張気味だ。
すると、ギギィーと木製の扉が開き、中から人が出て来た。
「誰だ?……う~ん?……お前は……」
出て来たのは白衣姿の男性だった。
癖っ毛な黒髪を、無理矢理オールバックにし髪を整え、目には黒渕眼鏡を……そして顎には無精髭を生やしている。
ロックはニヤリとした。
「久しぶりだなぁ……ジン……」
白衣の男性が、二人が探していたジン博士……ジン・マクベスである。
ロックの声にジンは目を丸くした。
「ロック……ロック・ハーネスト……」
ロックはジンの肩を叩いた。
「元気してたか?ジン……」
ジンは旧友の来訪に、素直に喜んだ。
「やっぱロックかぁ……久しぶりだなぁ……うん?」
ジンはロックの隣にいたエリスに気付いた。
「そのお嬢さんは?」
エリスは思わず頭を下げた。
「エッ、エリスですっ!エリス・クラウドって言います!」
エリスは何故か恐縮している。
ジンは二人に言った。
「まぁ……入れ……。大したもてなしは、できんが……コーヒーくらい出してやる」
二人はジンに促され、コテージに入った。
コテージに二人を招き入れたジンは、二人を木製のテーブル席に座らせ、二人にコーヒーを煎れ出した。
ジンはフラスコに入ったコーヒーを、アルコールランプで温めている。
異様なコーヒーの温め方に、エリスは目を丸くした。
ジンは温めたコーヒーをカップに入れて、エリスに差し出した。
「私はこれでコーヒーを飲まないと……落ち着かないんだ……。気分を害したなら、すまない」
「いや……別にそんな……」
エリスはまたもや恐縮している。
ジンは賢そうな雰囲気と、変人な雰囲気を醸し出している。エリスはそういった雰囲気が苦手なようだ。
ジンはエリスにコーヒーを差し出すと、今度は自分の分と、ロックの分のコーヒーを用意して、テーブルにそれを置き、時分も座った。
ジンはコーヒーをすすりながら、ロックに言った。
「お前がここに来た理由は……だいたいわかっている。だが、どうしてこの場所がわかった?」
ロックは言った。
「集いのばぁさんに教えて貰った……」
「なるほど……あの老婆か……元気か?」
ロックは苦笑いした。
「相変わらずだよ……。でも、ばぁさんに貰ったメモを無くしてよぉ……苦労したぜ……」
ジンは目を丸くした。
「ほぉ……にも関わらず、この場所を突き止めたか……」
「いや……実は、ミドっていうお前の弟子に会ってよ……そいつに教えて貰った」
ジンは再びコーヒーをすすった。
「そうか……ミドに会ったか……。つまりこの場にミドがいないという事は、奴はまだ私の課題をクリアしていないのだな」
「そういや……そんな事を言っていたな……何だ課題って?」
ジンはうすら笑みを浮かべた。
「フッ……簡単な事さ……。それより本題に入ろう……」
ロックもコーヒーを啜った。
「そうだな……」
ジンが切り出した。
「飛ぶ決心がついたのだな?」
ロックは黙って頷き、エリスは怪訝な表情をした。
(飛ぶ決心?……なんだろ?)
ジンは続けた。
「必要なんだろ?飛空挺と……それを扱える私が……」
ロックは言った。
「話が早いな……」
ジンは立ち上がった。
「あの時の約束があるからな……。だが……ついて行くと、言いたいところだが……今は無理だな」
ジンの返事が予想外だったのか……ロックは怪訝な表情をした。
「どういう事だ?」
ジンは言った。
「私が軍を辞めたのは……知っているな?」
ロックとエリスは、揃って頷いた。
ジンは続けた。
「今の私は……商業用の船の開発、設計をやっている……アデル地方全体のな……。軍の方は、私の兄弟子のロメロ博士が受持っているのだが……」
どうやらアデルの商業用の海上船と、飛空挺は全てジンの造った船のようだ。
ジンは続けた。
「よって今、私がアデルを出ていくと、アデルの経済は停滞してしまう。それは世界にとってはヨロシクない」
ジンの言う通り、今アデルの経済が停滞してしまうと、世界経済は大混乱になり、争いの火種が出来かねない。
ロックは頭を抱えた。
「どうしようもねぇじゃん……」
エリスも困った表情をしている。
するとジンはうすら笑みを浮かべた。
「手が無い訳ではない……」
ロックとエリスは顔を見合わせた。
ジンは言った。
「代わりがいれば良いわけだろ?私が何の為に弟子をとってると?」
ロックとエリスの脳裏には、同じ人物の顔が思い浮かんだ。それはミドだった。
ジンは続けた。
「ミドが私の代わりにアデルの仕事を全て引き継げばいいわけだろ?」
ロックは苦笑いした。
「テメェー……俺に何させる気だ?」
ジンはニヤリとした。
「流石はロック……察しがいいな……。ミドの所に行って、お前がミドの課題をクリアさせるんだ……」
ロックは目を見開いた。
「なんだってぇーっ!?」
「安心しろ……飛空挺はもう完成している。後は最終調整だけだ……お前の飛空挺だ」
すると今度はエリスが驚いた。
「ロックの飛空挺っ!?しかももうできてるって……見たい見たい見たいっ!」
ジンは目を丸くした。
「なんなんだこの娘は?」
ロックも呆れた表情になった。
「何をはしゃいでやがる……」
すると興奮気味だったエリスは、あることに気付いた。
「でも……何処にあるの?飛空挺……」
ロックも怪訝な表情をした。
「確かに……どっかの造船所か?」
ジンは二人の表情を見て、ニヤリとした。
「ついてこい……見せてやる……」
ジンは部屋の奥にある扉に向かった。扉を開けると、外の景色が確認できた。
ジンはそこから外へ出て行き、ロックとエリスもその扉から外へ出た。
エリスは外の景色を見て、目を丸くした。そこには青空がと海が広がっており、水平線が確認できる程の絶景だった。
三人がいる場所は、コテージのバルコニーのようだ。
「こりゃあ、良い眺めだ……。で?飛空挺は?」
ロックがそう言うと、ジンはニヤリとした。
「まぁ、焦るな……」
ジンはその場にしゃがみこみ、一部分だけ違う色の床を、めくった。
するとそこに、一つの丸いボタンが現れ、ジンはそれを押した。
ジンがそのボタンを押すと、ドゴッと大きな音が鳴り、バルコニーの右端にある床が割れた。割れた大きさは凡そ1m程で、下に降りる階段が見える。
ロックは目を丸くした。
「隠し階段?」
エリスも驚いた表情をした。
「すごい……カラクリ屋敷みたい……」
「この下は、岬を利用した隠し部屋だ。ついてこい……」
ジンそう言うと、スタスタと階段を降りて行った。ロックとエリスもその後を追った。
暗い階段をしばらく降りると、暗くてよくわからなかったが……広い場所に出たのが、感覚的にわかった。
ジンは壁をまさぐって、部屋に明かりを灯した。
広間に明かりが灯り、その全貌が明らかになった。
その全貌にロックとエリスは目を見開いた。
そこにはあった……鉄をベースにした巨大な船体に複数のプロペラ……。
部屋の明かりが船体に反射し、光輝く飛空挺が……そこにはあった。
ロックは目を見開いたまま呟いた。
「これが……」
ジンはニヤリとした。
「そうだ……。ロック……お前の飛空挺だ……」