①
ゴールドアイランドを飛び立って、次の目的地であるライフシティーへの空の旅の中、エリスは飛空挺ウィングの甲板で、感慨深い表情で黄昏ていた。
快晴の空の中で強めの風だったが、エリスをどこか励ます感じの風だった。
そんなエリスの背後に、ロックが現れた。
ロックはエリスに声を掛けた。
「どんな気分だ?」
「なんか……複雑……」
ロックの問にエリスはニコリとしたが……無理矢理作った感じの笑顔だった。
ロックはバツの悪そうな表情で、いつものように耳をほじりながら言った。
「だろうな……」
エリスはロックの目を見た。それは悲観的な目ではなく、何かを決心したような目だった。
ロックもそんなエリスの目をじっと見つめている。
……一時間前……
ゴールドアイランドから出航したロック一行は、ライフシティーがある南西大陸を目指していた。
南西大陸はアデル中央勢力圏から離れるため、これまでの旅とは違い空賊達も活発化してくる。
そのため旅の始まりはここからとも言える。
出航したてのウィングで、ロック達は大バァの部屋に集まっていた。
ウィングはオートパイロットにしてあるため、ジンも部屋にいた。
部屋のベッドに置物のように座っている大バァは、しわくちゃの細い目でエリスを見据えている。
「傷を治す力か……」
そう呟く大バァに、マキが言った。
「大バァ様なら何かご存じと思って……」
エリスを筆頭に皆は固唾を飲んで、大バァの言葉を待っている。
すると大バァは口を開いた。
「見たことも聞いたこともない……」
大バァの言葉に一同は一斉に肩を落としたが……大バァは続けた。
「その力は……錬金術の一種かもしれん……」
大バァの言う『錬金術』という言葉に、一同はそれぞれ顔を見合わせた。
それは皆がそれぞれ考えてもいなかった事だ。
するとジンが先人をきって口を開いた。
「錬金術……しかしそれはあまりにも……。錬金術は『分解』と『構築』よって成り立つ……エリスの力が錬金術とすれば、何を分解し、構築している?それに錬成陣は?」
ジンの疑問も当然で、この世界の錬金術は、一つの物質を分解し、それを構築して別形状にする術だ。それに術を発動するには術士の画く錬成陣が必要だ。
すると大バァは、ジンをその細い目で見た。
「そんな事はわかっておるわいっ……可能性の話じゃよ……」
するとロックが険しい表情で言った。
「バァさんの言う可能性を考えるとして……『代価』は何だ?」
代価……分解と構築を繰り返す錬金術にとっては、媒体となる物が必要になるのだが……。
ロックの言葉にジンやマキは表情を曇らせた。ユイはロックのいっている意味がよくわからないようだが……。
「エリスの力が錬金術と考えた時に……その代価は何なんだ?」
ロックの問に誰も答えようとしない……考えられる答えはおそらく皆が持っていただろうが……答えたくなかったのだ。
エリスの力が錬金術とするならば……その代価は『エリスの生命力』……。
エリスが力を使った後……疲れているように見える事も、それが理由ならば辻褄が合う。
するとジンが言った。
「エリスの力が錬金術かどうかはさておき……力の使用は控えた方がいいな……」
ジンの提案に、ロックは頭を掻きながら言った。
「エリスに力を使わせてんのは俺だ。どっかでアテにしてたかもしれねぇ……」
「アンタでもそんな事思うんだ……」
反省しているロックの様子を見て、ユイは驚いた様子だ。
するとそんなユイにマキは言った。
「それほど深刻な問題なのよ」
マキがユイを論したところで、部屋は沈黙に包まれた。
エリスの力の正体が錬金術だとして……その代価として生命力を使ってきたのならば……。
これまでにどれ程の人の傷を治し……どれ程の生命力を使ってきたのか……。
「アレルガルド……」
沈黙を破ったのは、当のエリスだった。
エリスは大バァに言った。
「大バァ様……。アレルガルドって知ってますか?」
エリスの力の正体と関わっているであろう、アレルガルド……。
エリスの旅の目的地であり、失われた国とされているアレルガルド……。
エリスの言葉に大バァの表情は僅かに変化した。
「アレルガルド……お主、どこでそれを知った?」
エリスは目を見開いた。
「知ってるのっ!?」
「知っている……とは言えんのぉ……」
するとロックが言った。
「バァさん……知っている口ぶりだったじゃねぇかっ……」
「名を知っておる程度じゃ……。それだけでは……知っておるとは、言えんのぉ……」
ロックは大バァに食い下がった。
「何で名前を知ってんだ?」
大バァはしわくちゃの細い目でロックを見据えた。
「昔話じゃ……千年前に栄えた国……」
エリスは目を見開き呟いた。
「千年前……」
大バァは続けた。
「しかし……アレルガルドは、突如消えたとされておる」
今度はジンの表情が険しくなった。
「消えた?……国が?」
大バァはしわくちゃの顔で微笑んだ。
「フォッフォッ……昔話じゃからのぉ……。それに儂は千年も生きとらんて……」
千年前とはいえ、栄えていた国が突如消える……物理的にあり得ないが……。
「それはどこにあるっ?」
そう言ったロックに、大バァは首を横に振った。
「最初に言ったはずじゃ……名を知っておる程度だと……。どこかもわからんし、アレルガルドが存在したかどうかもわからん。昔話じゃからな……」
ロックは眉間にシワを寄せて「チッ」と悪態をついた。
これ以上大バァに食い下がったところで、何も引き出せないと思ったからだ。
「わたし……ちょっと外出てくるね……」
エリスはそう言うと、部屋をあとにした。
ロックがジンの方を見ると、ジンはロックに対して無言で頷いた。
ロックも無言でジンに頷き、エリスの後を追って部屋を出た。
大バァからの話で、特に有力な情報を引き出せた訳ではなかったが……。
「一つわかった事がある……」
そう言ったジンに、ユイとマキは目を丸くした。
マキが言った。
「わかったって……何がです?」
ジンは言った。
「アレルガルドは、エリス以外の人間も知っていた……という事だ」
ユイが言った。
「それがなんなのさ?」
「つまりアレルガルドに関する情報が、世界に散っているという事だ。それだけでも進展したと、言ってもいい……」
マキが言った。
「途方もない旅になりますよ……」
ジンはニヤリとした。
「問題ない……。最初から世界を回るつもりだったけらな……」
ユイは感慨深い表情でジンを見た。
(コイツもロックと一緒だ……。なんか大きく見える……)
ジンはマキに言った。
「ライフシティーには、責任を持って送り届けるから、安心していい……。それにライフシティーに行く事は、我々にとっても好都合になった」
ユイは怪訝な表情で言った。
「好都合って?」
ユイの問にジンが答える事はなかったが……代わりにジンの表情は、何かを企むような笑みをしていた。




