④
……翌日…とある酒場……
昨日のレース終了後、ロックは病院に行くことはなく、飛空挺へ戻った。エリスに治療してもらうためだ。
優勝賞金はユイが受け取りに行き、賞品の浮遊石はレース運営協会が飛空挺まで届けてくれた。
あれこれしている内に、全員が飛空挺に集まったのが、夜になってしまったために、祝勝会は翌日に行うことにしたのだ。
そして現在ゴールドアイランドのとある酒場で、昼間にも関わらず酒を飲み、祝勝会をしているわけだが……。
「なんか寂しい祝勝会だね……」
エリスがそう言うのも仕方がなく、店にはロックとエリス、それにユイ……後はミロとミカの元アデル剣士のコンビ……計5人だけで行われていた。
ジンは昨日のレースで破損したエアバイクの修理を……マキはライフシティーへの出航準備のため、それぞれ参加を辞退した。
「まぁ、元々大所帯じゃねぇんだ。いいんじゃね?ハイボールも美味いしよぉ……」
ロックはそう言いながら、美味しそうにハイボールを喉に注ぎ込んでいる。
すると腕に包帯を巻いたミロが、ロックに言った。
「しかし、ほんとに我々も一緒で良かったのですか?」
遠慮がちのミロに、ロックは言った。
「気にすんな。奢る約束してただろ?それに飯は大勢で食った方が美味いからな……」
「そう言って頂けるとありがたい……」
ミロとミカは少し恐縮していたが、この祝勝会を楽しむ事にした。
「しかし昨日のハーネスト殿の戦いぶりは……お見事でした」
ミカが唐突に昨日の話をすると、エリスは苦笑いした。
「アンタがバイクから落ちた時は……頭が真っ白になったけどね……」
「しかし流石はアデル十傑です。伝説の一部を垣間見ました」
ミロがそう言うと、ユイがミロに言った。
「そのアデル十傑ってなんなの?」
ユイの質問にエリスは内心ガッツポーズをした。それはエリスもアデル十傑の事が気になっていたからだ。
ロックに聞くに聞けなかったので、エリスにとっては願ってもない質問だった。
ミカが言った。
「アデル十傑とは……統一戦争の十人の英雄の事だ」
ユイが言った。
「統一戦争って……十年前の戦争だよね?」
ミロが頷いた。
「そう……我々も参戦した戦争だよ。多くの仲間を失ったが……今の世がある程度安定したのは、それらの尊い犠牲があったからだ」
ミカが言った。
「その戦争でアデルを勝利に導いたのが……アデル十傑だ」
エリスは興味津々で聞いている。
するとユイは興奮気味に言った。
「じゃあコイツが、そのアデル十傑って事?」
「コイツとはなんだっ!コイツとは……」
ロックは口を尖らせている。
ミロが言った。
「ハーネスト殿は当時17歳でアデル十傑になられ……幾多の戦場を駆けられた……。云わば伝説の剣士さ」
ユイは目を丸くした。
「17……戦争は十年前だから……えっ!?コイツ今27なのっ!?」
エリスも目を丸くしている。
「知らなかった……」
ロックは顔が童顔なために、ユイもエリスも年が少ししか違わないと、思っていたのか……とても驚いた様子だ。
ロックは飄々とした感じで言った。
「言ってなかったか?」
エリスとユイは目を丸くして、首をブンブン横に振った。
ロックは言った。
「昔の話はもういいよ……。それよりお前ら、これからどうすんだ?」
ミロが言った。
「旅を続けます。このレースに参加したのは、優勝が目的ではないので」
すると我に帰ったエリスが言った。
「優勝が目的ではないって?」
ミカが言った。
「レースには各地からの猛者が参加すると思い……情報収集のために参加しました」
ロックが言った。
「何の情報だ?」
「我々はアキヅキ殿を探しているのです」
ミロの言葉に、ロックの表情は険しくなった。
「アキヅキ……」
険しく感慨深い表情のロックに、ミカが言った。
「同門である貴殿なら、存じていると思ったのですが……」
ロックは二人に言った。
「アイツに会ってどうするつもりだ?」
ミロが言った。
「貴殿と同様……アデル十傑であったあの方の強さは……ハーネスト殿もご存じでしょう?」
ミカが言った。
「我々はあの方の強さに惚れているのです……剣士としてあの方と共に歩みたいのです」
エリスは黙って二人の話を聞いている。
(アキヅキって……そんなに魅力的なの?それにロックと同門って……。でもアデル十傑って事は……)
エリスの脳裏にガゼルの顔が浮かんだ。
(あの狂暴な奴と同じなのよね……)
ガゼルを思い出して身震いしているエリスをよそに、ロックは言った。
「この話しはこれくらいにして……食おうぜ。お前らも出航前にたらふく食っとけよ」
その後しばらく祝勝会は続き、きりの良いところで解散することにした。
「今日はありがとう御座いました。とても楽しかったです」
そうミロが言うと、ミカもロックに言った。
「あの時貴殿に助けてもらわねば……今日の我々はいません」
ミカはレースの時の事を言ってるようだ。
ロックは二人に言った。
「元気でなっ……」
「ハーネスト殿も……あっそれと、最近アデルの動きが活発化しています。空を旅されるのであれば、頭のすみにでも置いておいて下さい」
「アデルが?」
二人はロック達に一礼すると、そのまま港の方へと歩いて行った。
「いい人達だったね……」
エリスはどこか淋しげな表情で、二人の後ろ姿を見ていた。
そんなエリスにロックが言った。
「お互い旅してんだ……またどっかで会うだろ……。俺達も飛空挺に戻ろうぜ」
……首都アデル……
「左大臣様が軍を動かしたと言うのですか?」
アデル本部の豪華な廊下を、いきり立って歩いていたのは、将軍のアリエルだ。その後ろには部下が数名ついている。
その部下の一人が言った。
「ハッ!北東部のブリージア地区です」
アリエルは険しい表情をした。
「ブリージア……確かにあの地区は反アデル色が強いが……。まだ武力介入の時期ではない……」
統一戦争が終了し、世界はアデルが統治していたが……反アデルの思想が消えたわけではない。
世界各地に抵抗勢力はいまだに存在し、北東部ブリージアはその一部である。
豪華な廊下をしばらく歩き、とある扉の前に到着した。
アリエルはその扉を勢いよく開けた。
扉の奥は会議室になっており、法衣を身に纏った文官達が一斉にアリエルに視線を向けた。
「左大臣様はおられるか?」
アリエルの言葉に文官の一人が言った。
「アリエル将軍……いきなり入ってきて失礼であろうっ!」
「左大臣様はおられるか?と、聞いている」
アリエルはそう言うと、文官達を睨み付けた。アリエルの目は鋭く恐ろしいもので、文官達はその目に言葉を失った。
「まぁそう凄まれるな……文官達が恐れてしまっている」
そう言って部屋の奥から出てきたのは、一人のスーツ姿の男だった。
「ジャミル……」
アリエルの険しい表情でそう言われる男は……ジャミル・メサ……。元アデル十傑で現在の位は将軍であり、それと同時に左大臣の補佐をやっている。
肩まで伸びた白銀の髪に、美しい顔立ち……そして美しい顔には似合わない、左頬に大きな縦傷があった。他のエージェントと同様に、漆黒のスーツを纏っている。
ジャミルは不敵に笑った。
「アリエル将軍……軍の総司令でもある貴殿が……このような処に何用ですかな?」
アリエルは将軍であると同時に、軍の総司令でもある。
「総司令である私の知らぬところで……軍を派遣したと聞いたが?」
アリエルの表情は変わらず険しかったが……ジャミルはそれを受け流すような笑みで言った。
「左大臣様の……つまり私の受持つ軍は、独立部隊です。従って貴殿に権限はありません」
アリエルはジャミルを睨んだ。
「ジャミル……左大臣様は何を考えておられる?戦争が終わり十年……この節目の大事な時に、武力介入など……」
「十年の節目だからこそですよ……」
アリエルとジャミルはしばらく睨み合い、アリエルの部下や文官達は、その威圧感に息を詰まらせている。
するとアリエルは軽く笑った。
「フッ……まぁいいでしょう……今回は引き下がります。行きますよ」
アリエルは部下達にそう言うと、部屋を出ていってしまった。
部下達は慌ててアリエルを追った。
部屋を出て廊下を戻るアリエルに、部下の一人が言った。
「よろしかったのですか?」
アリエルはスタスタと歩きながら言った。
「仕方ありません……。ジャミルの言う通り、今の私は軍全てを掌握しているわけではありませんから」
「しかし将軍……」
「もちろんこのまま放置するつもりもありません。引続き身辺の調査をして下さい」
アリエルの言葉に、部外達は声を揃えた。
「ハッ!」
(北東部ブリージアは、古くからある小さな地域だが……。何かあるのか?)
アリエルは胸騒ぎした。このところの左大臣派の活発な動き……何かが起こる前触れかもしれないと……。
ロックとエリス、ユイが飛空挺に戻ると、珍しい客が飛空挺の前で待っていた。
「ジュノス……」
それはアデルのジュノスだった。服装はいつも通りのスーツ姿だ。
ジュノスはロックに対して笑顔で反応した。
「あっ先輩……待ってやしたよ……」
面識のあるエリスは、ジュノスに対して警戒を強め、ジュノスを知らないユイは目を丸くした。
エリスに気付いたジュノスは、笑顔でエリスに言った。
「君はあの時のお嬢さん……」
ジュノスはいやらしい表情でニヤリとした。
「先輩……すみに置けねぇでさぁ……。彼女ですかい?」
ロックは眉間にシワを寄せた。
「チッ……バカ言うな。なんの用だよ?」
「尊敬するロック先輩の顔を見に来た……じゃあいけやせんかい?」
ロックはエリスに言った。
「エリス……ユイ連れて先に戻ってな……」
エリスは怪訝な表情だったが、黙って頷いてユイを連れて飛空挺に戻った。
ロックはジュノスに言った。
「場所変えるぞ……」
ロックとジュノスは場所を変え、見晴らしの良い高台にいた。
辺りはすっかり日が落ちて、美しいゴールドアイランドの夜景が前方に広がっている。
「こうして見ると、ゴールドアイランドは見事な島でさぁ……」
夜景を堪能しているジュノスに、ロックが言った。
「話があって来たんだろ?何だよ?」
「なかなか面白いレースでしたよ。久々にいいもんが見れやした」
ロックは愛想なしに言った。
「そりゃどうも……」
ロックの態度に、ジュノスは少し苦笑いした。
「はは……相変わらず愛想がねぇ……。しかしガゼル先輩と#戦__や__#り合い……傷が癒えぬままレースに出て、脇腹をぶっ刺され……」
ジュノスの話に、ロックの表情は渋くなった。
ジュノスは言った。
「なんでそんなにピンピンしてるんです?」
ロックは黙っている。
ジュノスは続けた。
「ガゼル先輩なんて、アンタに斬られまくって未だに治療中です」
ロックはジュノスを睨んだ。
「ハッキリ言えよ」
ジュノスは言った。
「エリスって言いましたか?……先輩……あの娘と『リィザ』さんを重てるんですか?」
ロックは再び黙った。
ジュノスは言った。
「だとすれば先輩が飛んだのも……納得がいきやすから……」
二人の間にはしばし沈黙が走った。
ロックは感慨深い表情で夜景を眺め、ジュノスはそんなロックを見据えている。
「そうかもな……」
沈黙を破ったのはロックだった。
「確かに重てるかもしれねぇ……」
ジュノスは珍しく険しい表情をした。
「先輩……」
しかしロックはニヤリとした。
「でも……アイツとエリスは似てねぇよ。エリスに清楚な感じはねぇからな……」
するとジュノスも笑った。
「へっ……そうですかい?じゃあ空の旅を楽しんで下せぇ……」
立ち去ろうとするジュノスにロックは言った。
「いいのか?俺達を放っておいて?」
「俺にそんな権限はありやせんよ……。あっそうだ……」
「何だよ?」
ジュノスの表情は再び険しくなった。
「ジャミルの独立部隊が、あちこで飛空挺を飛ばしてます。気を付けて下せぇ、ヤローは先輩の事が嫌いなんで……」
ロックは怪訝な表情をした。
「ジャミルが?……変わらねぇな……アデルは……」
ジュノスは苦笑いした。
「ご存じの通り……一枚岩じゃありやせんから……」
ロックは小指で耳をほじりながら言った。
「忠告ありがとよ……」
ジュノスはロックに背を向け、手を降って去って行った。
ロックが飛空挺ウィングに戻ると、船の甲板でエリスとユイが何やら話をしていた。
ロックが戻ってきた事に気付いたエリスは、ロックに言った。
「あっ、ロック……おかえりっ!」
「おう……何を話してたんだ?」
「わたし達もライフシティーに行く事にしようと思って……」
ユイが言った。
「ジンがアタシ達を、この船で連れてってくれるって……」
ロックはいつものように耳をほじりながら言った。
「まぁ……いいんじゃね?……それでジンは?」
ユイが言った。
「姉ちゃんと一緒に、バァを部屋に運んでる」
ロックは目を丸くした。
「運んでる?」
エリスが言った。
「あの漁船を、この船に載せるみたいよ……」
ロックは苦笑いした。
「船ごとかよ……」
ユイが言った。
「ついでに魚船を改造するみたい……」
エリスが言った。
「船を載せるの終わったら、皆で食事に行くから……ロックも準備しておいてねっ」
そう言うと二人は楽しそうに話ながら、甲板をあとにした。
一人甲板に残されたロックは、感慨深い表情になった。
(リィザ……また持っちまったよ……。二度と持たないでおこうって、思ってたけど……)
ロックは軽く笑って甲板をあとにした。
(もう……失わないよ……)




