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OVER-DRIVE  作者: 陽芹 孝介
第八話 それぞれの想いと決着
29/30

……翌日…とある酒場……


昨日のレース終了後、ロックは病院に行くことはなく、飛空挺へ戻った。エリスに治療してもらうためだ。

優勝賞金はユイが受け取りに行き、賞品の浮遊石はレース運営協会が飛空挺まで届けてくれた。

あれこれしている内に、全員が飛空挺に集まったのが、夜になってしまったために、祝勝会は翌日に行うことにしたのだ。

そして現在ゴールドアイランドのとある酒場で、昼間にも関わらず酒を飲み、祝勝会をしているわけだが……。

「なんか寂しい祝勝会だね……」

エリスがそう言うのも仕方がなく、店にはロックとエリス、それにユイ……後はミロとミカの元アデル剣士のコンビ……計5人だけで行われていた。

ジンは昨日のレースで破損したエアバイクの修理を……マキはライフシティーへの出航準備のため、それぞれ参加を辞退した。

「まぁ、元々大所帯じゃねぇんだ。いいんじゃね?ハイボールも美味いしよぉ……」

ロックはそう言いながら、美味しそうにハイボールを喉に注ぎ込んでいる。

すると腕に包帯を巻いたミロが、ロックに言った。

「しかし、ほんとに我々も一緒で良かったのですか?」

遠慮がちのミロに、ロックは言った。

「気にすんな。奢る約束してただろ?それに飯は大勢で食った方が美味いからな……」

「そう言って頂けるとありがたい……」

ミロとミカは少し恐縮していたが、この祝勝会を楽しむ事にした。

「しかし昨日のハーネスト殿の戦いぶりは……お見事でした」

ミカが唐突に昨日の話をすると、エリスは苦笑いした。

「アンタがバイクから落ちた時は……頭が真っ白になったけどね……」

「しかし流石はアデル十傑です。伝説の一部を垣間見ました」

ミロがそう言うと、ユイがミロに言った。

「そのアデル十傑ってなんなの?」

ユイの質問にエリスは内心ガッツポーズをした。それはエリスもアデル十傑の事が気になっていたからだ。

ロックに聞くに聞けなかったので、エリスにとっては願ってもない質問だった。

ミカが言った。

「アデル十傑とは……統一戦争の十人の英雄の事だ」

ユイが言った。

「統一戦争って……十年前の戦争だよね?」

ミロが頷いた。

「そう……我々も参戦した戦争だよ。多くの仲間を失ったが……今の世がある程度安定したのは、それらの尊い犠牲があったからだ」

ミカが言った。

「その戦争でアデルを勝利に導いたのが……アデル十傑だ」

エリスは興味津々で聞いている。

するとユイは興奮気味に言った。

「じゃあコイツが、そのアデル十傑って事?」

「コイツとはなんだっ!コイツとは……」

ロックは口を尖らせている。

ミロが言った。

「ハーネスト殿は当時17歳でアデル十傑になられ……幾多の戦場を駆けられた……。云わば伝説の剣士さ」

ユイは目を丸くした。

「17……戦争は十年前だから……えっ!?コイツ今27なのっ!?」

エリスも目を丸くしている。

「知らなかった……」

ロックは顔が童顔なために、ユイもエリスも年が少ししか違わないと、思っていたのか……とても驚いた様子だ。

ロックは飄々とした感じで言った。

「言ってなかったか?」

エリスとユイは目を丸くして、首をブンブン横に振った。

ロックは言った。

「昔の話はもういいよ……。それよりお前ら、これからどうすんだ?」

ミロが言った。

「旅を続けます。このレースに参加したのは、優勝が目的ではないので」

すると我に帰ったエリスが言った。

「優勝が目的ではないって?」

ミカが言った。

「レースには各地からの猛者が参加すると思い……情報収集のために参加しました」

ロックが言った。

「何の情報だ?」

「我々はアキヅキ殿を探しているのです」

ミロの言葉に、ロックの表情は険しくなった。

「アキヅキ……」

険しく感慨深い表情のロックに、ミカが言った。

「同門である貴殿なら、存じていると思ったのですが……」

ロックは二人に言った。

「アイツに会ってどうするつもりだ?」

ミロが言った。

「貴殿と同様……アデル十傑であったあの方の強さは……ハーネスト殿もご存じでしょう?」

ミカが言った。

「我々はあの方の強さに惚れているのです……剣士としてあの方と共に歩みたいのです」

エリスは黙って二人の話を聞いている。

(アキヅキって……そんなに魅力的なの?それにロックと同門って……。でもアデル十傑って事は……)

エリスの脳裏にガゼルの顔が浮かんだ。

(あの狂暴な奴と同じなのよね……)

ガゼルを思い出して身震いしているエリスをよそに、ロックは言った。

「この話しはこれくらいにして……食おうぜ。お前らも出航前にたらふく食っとけよ」

その後しばらく祝勝会は続き、きりの良いところで解散することにした。

「今日はありがとう御座いました。とても楽しかったです」

そうミロが言うと、ミカもロックに言った。

「あの時貴殿に助けてもらわねば……今日の我々はいません」

ミカはレースの時の事を言ってるようだ。

ロックは二人に言った。

「元気でなっ……」

「ハーネスト殿も……あっそれと、最近アデルの動きが活発化しています。空を旅されるのであれば、頭のすみにでも置いておいて下さい」

「アデルが?」

二人はロック達に一礼すると、そのまま港の方へと歩いて行った。

「いい人達だったね……」

エリスはどこか淋しげな表情で、二人の後ろ姿を見ていた。

そんなエリスにロックが言った。

「お互い旅してんだ……またどっかで会うだろ……。俺達も飛空挺に戻ろうぜ」



……首都アデル……


「左大臣様が軍を動かしたと言うのですか?」

アデル本部の豪華な廊下を、いきり立って歩いていたのは、将軍のアリエルだ。その後ろには部下が数名ついている。

その部下の一人が言った。

「ハッ!北東部のブリージア地区です」

アリエルは険しい表情をした。

「ブリージア……確かにあの地区は反アデル色が強いが……。まだ武力介入の時期ではない……」

統一戦争が終了し、世界はアデルが統治していたが……反アデルの思想が消えたわけではない。

世界各地に抵抗勢力はいまだに存在し、北東部ブリージアはその一部である。

豪華な廊下をしばらく歩き、とある扉の前に到着した。

アリエルはその扉を勢いよく開けた。

扉の奥は会議室になっており、法衣を身に纏った文官達が一斉にアリエルに視線を向けた。

「左大臣様はおられるか?」

アリエルの言葉に文官の一人が言った。

「アリエル将軍……いきなり入ってきて失礼であろうっ!」

「左大臣様はおられるか?と、聞いている」

アリエルはそう言うと、文官達を睨み付けた。アリエルの目は鋭く恐ろしいもので、文官達はその目に言葉を失った。

「まぁそう凄まれるな……文官達が恐れてしまっている」

そう言って部屋の奥から出てきたのは、一人のスーツ姿の男だった。

「ジャミル……」

アリエルの険しい表情でそう言われる男は……ジャミル・メサ……。元アデル十傑で現在の位は将軍であり、それと同時に左大臣の補佐をやっている。

肩まで伸びた白銀の髪に、美しい顔立ち……そして美しい顔には似合わない、左頬に大きな縦傷があった。他のエージェントと同様に、漆黒のスーツを纏っている。

ジャミルは不敵に笑った。

「アリエル将軍……軍の総司令でもある貴殿が……このような処に何用ですかな?」

アリエルは将軍であると同時に、軍の総司令でもある。

「総司令である私の知らぬところで……軍を派遣したと聞いたが?」

アリエルの表情は変わらず険しかったが……ジャミルはそれを受け流すような笑みで言った。

「左大臣様の……つまり私の受持つ軍は、独立部隊です。従って貴殿に権限はありません」

アリエルはジャミルを睨んだ。

「ジャミル……左大臣様は何を考えておられる?戦争が終わり十年……この節目の大事な時に、武力介入など……」

「十年の節目だからこそですよ……」

アリエルとジャミルはしばらく睨み合い、アリエルの部下や文官達は、その威圧感に息を詰まらせている。

するとアリエルは軽く笑った。

「フッ……まぁいいでしょう……今回は引き下がります。行きますよ」

アリエルは部下達にそう言うと、部屋を出ていってしまった。

部下達は慌ててアリエルを追った。

部屋を出て廊下を戻るアリエルに、部下の一人が言った。

「よろしかったのですか?」

アリエルはスタスタと歩きながら言った。

「仕方ありません……。ジャミルの言う通り、今の私は軍全てを掌握しているわけではありませんから」

「しかし将軍……」

「もちろんこのまま放置するつもりもありません。引続き身辺の調査をして下さい」

アリエルの言葉に、部外達は声を揃えた。

「ハッ!」

(北東部ブリージアは、古くからある小さな地域だが……。何かあるのか?)

アリエルは胸騒ぎした。このところの左大臣派の活発な動き……何かが起こる前触れかもしれないと……。



ロックとエリス、ユイが飛空挺に戻ると、珍しい客が飛空挺の前で待っていた。

「ジュノス……」

それはアデルのジュノスだった。服装はいつも通りのスーツ姿だ。

ジュノスはロックに対して笑顔で反応した。

「あっ先輩……待ってやしたよ……」

面識のあるエリスは、ジュノスに対して警戒を強め、ジュノスを知らないユイは目を丸くした。

エリスに気付いたジュノスは、笑顔でエリスに言った。

「君はあの時のお嬢さん……」

ジュノスはいやらしい表情でニヤリとした。

「先輩……すみに置けねぇでさぁ……。彼女ですかい?」

ロックは眉間にシワを寄せた。

「チッ……バカ言うな。なんの用だよ?」

「尊敬するロック先輩の顔を見に来た……じゃあいけやせんかい?」

ロックはエリスに言った。

「エリス……ユイ連れて先に戻ってな……」

エリスは怪訝な表情だったが、黙って頷いてユイを連れて飛空挺に戻った。

ロックはジュノスに言った。

「場所変えるぞ……」


ロックとジュノスは場所を変え、見晴らしの良い高台にいた。

辺りはすっかり日が落ちて、美しいゴールドアイランドの夜景が前方に広がっている。

「こうして見ると、ゴールドアイランドは見事な島でさぁ……」

夜景を堪能しているジュノスに、ロックが言った。

「話があって来たんだろ?何だよ?」

「なかなか面白いレースでしたよ。久々にいいもんが見れやした」

ロックは愛想なしに言った。

「そりゃどうも……」

ロックの態度に、ジュノスは少し苦笑いした。

「はは……相変わらず愛想がねぇ……。しかしガゼル先輩と#戦__や__#り合い……傷が癒えぬままレースに出て、脇腹をぶっ刺され……」

ジュノスの話に、ロックの表情は渋くなった。

ジュノスは言った。

「なんでそんなにピンピンしてるんです?」

ロックは黙っている。

ジュノスは続けた。

「ガゼル先輩なんて、アンタに斬られまくって未だに治療中です」

ロックはジュノスを睨んだ。

「ハッキリ言えよ」

ジュノスは言った。

「エリスって言いましたか?……先輩……あの娘と『リィザ』さんを重てるんですか?」

ロックは再び黙った。

ジュノスは言った。

「だとすれば先輩が飛んだのも……納得がいきやすから……」

二人の間にはしばし沈黙が走った。

ロックは感慨深い表情で夜景を眺め、ジュノスはそんなロックを見据えている。

「そうかもな……」

沈黙を破ったのはロックだった。

「確かに重てるかもしれねぇ……」

ジュノスは珍しく険しい表情をした。

「先輩……」

しかしロックはニヤリとした。

「でも……アイツとエリスは似てねぇよ。エリスに清楚な感じはねぇからな……」

するとジュノスも笑った。

「へっ……そうですかい?じゃあ空の旅を楽しんで下せぇ……」

立ち去ろうとするジュノスにロックは言った。

「いいのか?俺達を放っておいて?」

「俺にそんな権限はありやせんよ……。あっそうだ……」

「何だよ?」

ジュノスの表情は再び険しくなった。

「ジャミルの独立部隊が、あちこで飛空挺を飛ばしてます。気を付けて下せぇ、ヤローは先輩の事が嫌いなんで……」

ロックは怪訝な表情をした。

「ジャミルが?……変わらねぇな……アデルは……」

ジュノスは苦笑いした。

「ご存じの通り……一枚岩じゃありやせんから……」

ロックは小指で耳をほじりながら言った。

「忠告ありがとよ……」

ジュノスはロックに背を向け、手を降って去って行った。


ロックが飛空挺ウィングに戻ると、船の甲板でエリスとユイが何やら話をしていた。

ロックが戻ってきた事に気付いたエリスは、ロックに言った。

「あっ、ロック……おかえりっ!」

「おう……何を話してたんだ?」

「わたし達もライフシティーに行く事にしようと思って……」

ユイが言った。

「ジンがアタシ達を、この船で連れてってくれるって……」

ロックはいつものように耳をほじりながら言った。

「まぁ……いいんじゃね?……それでジンは?」

ユイが言った。

「姉ちゃんと一緒に、バァを部屋に運んでる」

ロックは目を丸くした。

「運んでる?」

エリスが言った。

「あの漁船を、この船に載せるみたいよ……」

ロックは苦笑いした。

「船ごとかよ……」

ユイが言った。

「ついでに魚船を改造するみたい……」

エリスが言った。

「船を載せるの終わったら、皆で食事に行くから……ロックも準備しておいてねっ」

そう言うと二人は楽しそうに話ながら、甲板をあとにした。

一人甲板に残されたロックは、感慨深い表情になった。

(リィザ……また持っちまったよ……。二度と持たないでおこうって、思ってたけど……)

ロックは軽く笑って甲板をあとにした。


(もう……失わないよ……)


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