①
……本選開始前…前室……
予選を勝ち上がり、本選に出場する10組のペアは、すでに前室に揃っており、開始を今か今かと待ちわびていた。
シンプルで何もない空間で、各ペアはそれぞれのエアバイクの側で、レースの準備をしていた。
ロックとユイのバイクには『No.⑩』とステッカーがフロントカールに貼られており、それと同様に他のバイクにも貼られている。
前室は殺伐とした雰囲気に包まれており、何か切っ掛けがあれば、出場者達で乱闘が起こりそうな雰囲気だ。
そんな殺伐とした中で、一組のペアがロックとユイの元へやって来た。
ミロとミカのペアだった。
ミロは笑顔でロックに言った。
「ロック・ハーネスト殿……」
ロックは怪訝な表情でミロに言った。
「誰だテメェ?俺の事知ってんのか?」
ミカが言った。
「アデルの剣士で、貴殿の事を知らぬ者などおりません……」
ロックは舌打ちした。
「チッ!軍の人間か……」
ミロは言った。
「いえ……統一戦争後、我々は軍を退役しております」
ミカが言った。
「我々は『イシュデル防衛戦』に配属され、元『アキヅキ軍』の剣士です」
ロックの目の色が変わった。
「アキヅキ……だと!?」
ミカはニヤリとした。
「そうです……貴殿の同門である『アキヅキ・ヤマト』殿です」
ロックは険しい表情で言った。
「ヤローは……アキヅキはどうしてやがる?」
ミロは目を丸くして言った。
「さぁ……我々もそれは……。あの方は退役された後、忽然と姿を消されたようなので……末端の我々にはさっぱり……」
するとユイがミロとミカに言った。
「アンタら何で……そんなかしこまった喋りなの?」
ミカはユイを少し睨んだ。
「ハーネスト殿は我々の上官にあたる。敬意を表するのは当然だ」
ユイはミカの睨みに少したじろいた。
「じょっ、上官?コイツが?」
呆れた様子のミロは、他の出場者に聞こえないように、小声で言った。
「君は何も知らないのかい?この方は元アデル十傑だよ」
ユイは不思議そうな表情をした。
「アデル十傑?……難しい事を言わないでよ」
ミロとミカは、アデル十傑を知らないユイに、驚いた様子だ。
するとロックが言った。
「お互いもう軍人じゃねぇんだ。堅いのは無しにしようぜ……」
ミロとミカはロックの雰囲気に、少し驚いた様子だったが、すぐに軽く笑った。
ミカが言った。
「やっぱり写真と違い……いい男のようですね……」
ミロが言った。
「ではお互い健闘を……。我々はこれで……」
そう言うとミロとミカは、自分達の位置に帰っていった。ミロとミカはエントリーNo.⑤のようだ。
一方のエリス達は、観客席に戻り、会場中央にそびえ立つ、丸型巨大モニターを見ていた。
巨大モニターは360度の巨大球体スクリーンで、本選の模様を観客に送る、ゴールドアイランドの肝いりシステムだ。
観客達は本選開始を今か今かと待ちわび、予選の激しいバトルの興奮を引っ張り、とてつもなくテンションが高かった。
巨大モニターには本選出場ペアの紹介がされており、エントリーNo.⑩にロックとユイの名前があった。
エントリーNo.① 空の荒れくれ者・ガンツ兄妹
エントリーNo.② 東の錬金術師・バルザック師弟
エントリーNo.③ 豪腕狩人・ボーク夫妻
エントリーNo.④ ハンター・マリュー&リュウゲン
エントリーNo.⑤ 元アデル剣士・ミロ&ミカ
エントリーNo.⑥ 運び屋・グルス夫妻
エントリーNo.⑦ 発掘屋・ジョーンズ親子
エントリーNo.⑧ フリーの傭兵・ジェリー姉弟
エントリーNo.⑨ 格闘家・ギル&ラン
エントリーNo.⑩ 大物食い・ロック&ユイ……以上の十組で本選が争われる。
エリスはロックとユイの紹介文に、笑って言った。
「大物食いだって……変なの」
ジンが言った。
「バルバル夫妻を倒すとは、思われてなかったのだろ?……しかし他の参加者も有名どころだな……知らないのもいるが……」
マキは心配そうにモニターを見ている。
「ユイ……大丈夫かしら?」
エリスは言った。
「この会場からスタートして、島を海岸沿いに一周して、ここに戻って来るのね」
ジンが言った。
「さらにルールはバトルロワイアル……レースはペアで行われるが、ペアの片方が戦線離脱しても、失格にならない」
エリスが言った。
「バイクが止まるまで……失格にならないのね」
マキが言った。
「やっぱり心配だわぁ……」
エリスが言った。
「マキさん……二人を信じよっ……」
すると会場全体に放送がなった。
『まもなく、本選を開始しますっ!』
すると専用ゲートから、出場者達がバイクに乗って現れた。
バイクは十台十色でそれぞれだ。大型から小型まであり、ロックとユイが乗るバイクは小型になる。
他の出場者はそれなりの体格で、それなりのバイクに乗っているので、ロックとユイのペアはどうしても貧弱に見える。
「ロック達……なんか弱そうに見える」
エリスは不安そうな表情だ。
するとエリス達の横の席や後ろの席から、ロック達の話題が聞こえた。
「あの⑩番……バルバル夫妻をやった奴等だ」
「ああ……試合見てたが、あの男の強さは尋常じゃねぇ……」
「あのショートヘアの女の子も、凄い投げ針だった」
「ダークホースだな」
さっきの予選で、二人は結構注目されてるようだ。
男女ペアという制限があり、夫婦や血縁関係がどうしても目立つ。
しかしどのペアも予選を勝ち上がっただけあり、強そうな雰囲気を醸し出している。
各車はそれぞれスタートラインに並んだ。
スタートラインに揃った出場者を見て、ロックの後ろのユイは少し怯んでいる。
ロックはアクセルをふかしながら、ユイに言った。
「気楽に行こうぜ……」
「でも……やっぱ緊張する……」
ユイの表情はひきつっている。
「俺達は予選に勝ったんだ。それを自信にしろ。それに、バァさんを助けんだろ?」
ユイは目を見開いた。
「バァ……」
ユイは両頬を、手でパンパンッと叩き、真剣な目をした。
「こうなったら……やれるだけやってやるっ!」
ロックはそんなユイに、軽く笑った。
「ハハッ……その活きだ。しっかり捕まってなっ!」
すると会場から実況が鳴った。
『優勝するのは、この10組の猛者のどのペアだっ!……それではっ!レース開始っ!』
ドゴォーーーーンッ!
会場に大砲が鳴り響いた。




