③
ユイはロックに言われた言葉を考えていた。
(アタシに出来る事……そんなのわかってる……。でも……)
ユイは腰のホルダーに手を忍ばせ、力を込めている。
ロックはカレンを優先に、攻撃を仕掛けていた。カレンにユイを狙わせないためだ。
カレンに攻撃を仕掛ける事により、リキはカレンを守ろうとし、結果的にリキもロックに引き付ける事になるが……。
リキの曲刀はロックを捉えだしていた。
カレンの矢を弾いた隙に、リキの曲刀がロックの右脇腹を捉えた。
スパリと斬られたロックの右脇腹から、血が噴き出したが、リキの表情は冴えない。
(チッ……皮一枚か……。まだかわすかよ?なんてヤローだ)
ロックはこれも間一髪で避けていたのだ。
ユイはそんなロックに対して胸が熱くなった。
(アイツがこんなに頑張ってるのに……アタシは完全にお荷物だ……)
ロックは右脇腹を抑えながら、カレンの弓矢を懸命に弾いている。
もちろんリキも追撃の手を緩めない。
ロックは攻撃を全てかわしてはいたが……切り傷が徐々に増えている。
するとユイの目の色が変わった。
(アタシに出来る事……)
ロックはリキの凪ぎ払いを、ジャンプしてかわし、そのままリキの肩に足を掛けて、リキの後方に飛んだ。
ロックの着地地点を、やはりカレンは狙っており、ロック目掛けて矢が飛んでくる。
ロックは二本の矢を難なく弾いたが……。
(二本?……チィッ!時間差か……)
ロックが矢を弾いたのも束の間……既に三本目の矢がロックの眉間を捉えていた。
(ヤベェ……手で防ぐしかねぇ……)
ロックは左手で矢を受け止めようとしたが……。
キィーンッ!
ロックの手に矢が刺さる事はなかった。カレンの矢はロックの目前で落ちており、その尖端には太い長針が刺さっている。
リキはその光景に驚き、すぐにカレンを見た。
するとカレンの弓を持つ手に、同じ針が刺さっている。カレンは腕を抑えて苦悶の表情だ。
針を投げたのはユイだった。
リキは怒りで顔を歪め、ロックはニィーっと笑った。
「出来たじゃねぇか……それにしても、左右逆方向に二本とは、やるじゃねぇか」
ユイはロックに叫んだ。
「ロックゥーッ!」
ロックはすかさずリキに攻撃を仕掛けた。
リキは怒りの表情でロックを迎えうち、曲刀を振りかざした。
「まだ終わっちゃいねぇーっ!」
上段から振りかざされた曲刀を、ロックは体を反転しかわした。
「弓矢が来なきゃーっ!」
ロックは反転し、そのままの勢いで、刀の峯をリキの後頭部に直撃させた。
「そのままぶっ叩けんだよっ!」
「ぐがぁーっ!」
後頭部に直撃を受けたリキは、そのままのリング外に吹っ飛んだ。
ドォオーーーーーンッ!とリキの巨体が、リング外の地面に激突する。
カレンは悲痛な面持ちで叫んだ。
「アンターーーッ!」
リキはそのまま地面に沈み、気を失った。
ロックは刀をカレンに向けた。
「まだやるか?」
カレンはロックを睨み付けたが……すぐに諦め顔になった。
「ハッ……降参だよ。アタイらの負けさ……」
カレンが敗けを認めると、観客席にいたエリス達は歓喜した。
「勝ったーっ!ロック達が勝ったよっ!」
エリスは立ち上がって、大喜びしている。
マキもホッとした表情だ。
「ユイ……よくやったわ……」
リング上のユイは、緊張が解けてその場でしゃがみこんだ。
ロックは「ふぅー」と一息ついて、刀を腰に戻し、ユイの元へ向かった。
ロックはしゃがみこんだユイに手を差し出した。
「ファインプレーだったぜ……。クソガキ……」
ユイはホッとした表情でロックを見た。ロックはニヤリとしている。
「クソガキじゃないよっ……」
ユイはそう言うと、ロックの手を取って立ち上がった。
ロックとユイのリング以外も、本選出場者が続々と決定していた。
各リングそれぞれ、大方の予想通り、有名処が勝ち残っていた。
その中の一組が、ロックとユイに視線を送っていた。
視線を送っていたのは、元アデル剣士のミロとミカのペアだった。二人とも体に、軽装鎧を纏っている。
ミロはミカに言った。
「やはり人喰いの蒼鬼……勝ち残りましたか……」
ミカは三つ編みに束ねられた自分の髪を、指で弾いた。
「写真で見るより色男ね……」
ミロは呆れた様子で言った。
「なにを呑気な……アデル十傑ですよ」
ミカはニヤリとした。
「『元』でしょ?……それにこれはレース……ただの戦いじゃないわ……」
ミロはすました表情をした。
「フッ……そうでしたね……。優勝するのは我々『元アデル剣士ペア』です……」
他の本選出場者の視線を感じているかどうかはさておき、ロックとユイはリングを後にしようとしていた。
すると二人に声をかけたのは、カレンの肩を借りて起き上がったリキだった。
「待ちな……」
ロックはニヤリとして、リキに言った。
「気付いたか?オッサン……」
リキは後頭部をさすりながら言った。
「やられちまったが……腹は立たねぇなぁ、カレン……」
「そうだねアンタ……。そこのお嬢ちゃんが動いた時点でアタイらの負けさ……」
ユイは自分を指差して、目を丸くしている。
ロックは言った。
「確かにな……。まぁでも、アンタらも……まぁまぁ強かったぜ」
リキは高笑いした。
「カッカカァーーッ!言ってくれるぜっ!どうだ?兄ちゃん、一緒に賞金首ハンターしねぇかぁ?」
ロックは鼻で笑った。
「へっ……冗談……。やらねぇよ……」
「そりゃ勿体ねぇが……まぁいい。まぁせいぜい頑張れや……」
「そうさせてもらうわ……。行くぞクソガキ……」
ロックはそう言うと、ユイを連れて会場を後にした。
カレンはリキに言った。
「何者かねぇ?あの男は……」
リキは軽く笑った。
「へっ……あの青白い頭と言えば……。想像つくが……関係ぇねぇ。ロックとか言ったな……また会いてぇもんだ」
控え室に戻ったロックとユイを、エリス達一同は待っていた。
エリスはロックとユイに言った。
「おめでとうっ!本選出場だねっ!」
グループ別の控え室は、他のペアがロックとユイに敗れたため、ロックとユイの専用になった。
ジンは傷ついたロックを見て言った。
「手こずったな……」
ロックは口を尖らせた。
「るっせーよ……相手は熟練の夫婦だぜ……」
ユイは申し訳なさそうに言った。
「ごめん……アタシがボーッとしてたから……」
ロックはユイに言った。
「らしくねぇ、謝んな……。次は本選だ……後方支援しっかりな……」
マキはユイに言った。
「ユイ……よく頑張ったわねっ!」
「ね……姉ちゃん……」
マキに頭を撫でられたユイは、半べそをかいている。
ロックはそんなユイの様子にニヤリとした。
「やっぱガキだな……」
するとエリスがロックの傷ついた頬には手を当てた。
「とにかく傷を治さないとね……」
エリスが触れたロックの頬の傷は、瞬く間に治った。
ユイとマキはその様子を、目を丸くして見ている。
エリスはロックの脇腹や肩にも手を当て、傷を次々と治した。
ロックは感慨深い表情でエリスを見ている。
そんなロックの視線に、エリスが気付き、ロックに聞いた。
「うん?なに?」
ロックはハッとした表情で言った。
「えっ!?いや……。ありがとよ……」
ユイは戸惑った表情でエリスに言った。
「エリス……なにしたの?……傷がなくなってる」
エリスは苦笑いして、ユイとマキに言った。
「わたしもよくわかんないんだ……。だから旅をしてるの」
するとマキが言った。
「その力の正体が、知りたいのですか?」
エリスは頷いた。
マキは言った。
「大バァ様なら何か知ってるかも……」
マキの言葉にエリスは目を見開いた。
「ほんとにっ?」
「だてに長く生きておられませんから……保障はできませんけど……」
するとジンが言った。
「聞きに行くか?」
ジンの問にエリスは首を横に振った。
「ううん……レースが終わってからにする。ロックとユイが命懸けで、やってくれてるから……」
するとロックが言った。
「へっ……んじゃ、さっさと終わらすか……。行くぞクソガキ……」
ロックはそう言うと、控え室を後にした。
ユイはムッとした表情でロックを追った。
「ガキじゃないって、何度言えばわかるんだよっ!」
マキは心配そうな表情で言った。
「大丈夫かしら?あの二人……」
エリスは呆れた様子で言った。
「まったく……ひねくれてんだから……」
ジンはマキに言った。
「心配いりませんよ……。ロックも私達も、貴女の妹さんの実力は信頼しています。あの精度の高い投げ針技術は、必ずロックの助けになります。彼女に足りないとすれば……自信くらいです」
マキはジンを見た。
「ジンさん……」
ジンはマキの目線に咳払いし、少し照れながら言った。
「ゴホンッ!まぁ私の弟子も似たような者ですから……。ロックに任せておけば、大丈夫です」
エリスも言った。
「そうよっ!アイツああ見えて優しいところあるから……」
マキは二人の言葉に、素直に笑顔した。
「はい……ありがとう……」




