③
……淋しげな港……
ロックとエリスは、ユイをつれて、ゴールドアイランドの端に位置する、淋しげな港に来ていた。
日が沈みかけているので、辺りは薄暗くなってきた。
港には船が少なく、薄暗さも手伝ってか、どことなく不気味な感じだ。
ユイは港に停まっている、一隻の漁船を指差した。
「あれがアタシら暮らしている船だよ……」
ユイはふてくされた表情で、相変わらずツンケンしている。
エリスは怪訝な表情をした。
「あれで暮らしてるの?」
ユイはエリスを睨んだ。
「ホテルに泊まる金があったら、スリなんかしないよっ!」
ロックはユイに言った。
「とりあえず、病気のバァさんはともかく……テメェの姉ちゃんには、しっかりテメェの悪事を言っとかねぇとなっ!」
するとユイが言った。
「ねぇ……勘弁してよ……。飯も奢ったんだしさぁ……」
「それとこれとは、話が別だ。このクソガキ」
ユイの嘆願をロックがあっさり拒否すると、誰かの声がした。
「ユイ……ユイじゃないの?」
ロックとエリスが声の方を向くと、そこには黒くて長い髪を、後ろで束ねた女性がいた。
女性はラフな格好で、その上から緑のエプロンを掛けている。
ユイが頭を抱えていると、その女性はロックとエリスを見て言った。
「ユイ……今まで何処に行っていたの?それにその人達は?」
ロックはユイを見てニヤリとした。
「テメェの姉ちゃんだな?」
ユイは泣きそうな顔をし、小声でロックに言った。
「ねぇ……頼むよぉ……。こんな事が姉ちゃんに知れたら、姉ちゃん……ショックで寝込んじゃうよぉ……」
ロックは姉を見た。姉は気の弱そうな女性で、真面目そうだ。
ロックは姉に言った。
「いやぁ……お姉さん……。実はここにいるユイちゃんがね、繁華街で町のチンピラに絡まれていたんですよ」
姉は目を丸くして驚いている。
「まぁ……なんて事……」
ロックは続けた。
「そこで、たまたま俺らが通りかかって、助けてここまで送って来たんですよぉ……」
ユイは内心「アンタがチンピラだろっ」と、思ったが……スリの事は黙ってくれそうなので、ホッとした。
ユイは姉に言った。
「そっ、そうなんだよ姉ちゃんっ!いやぁ、都会って怖いね……。このお兄さん達がいなかったら危なかったよ」
エリスは三人のやり取りを見て、呆れた様子だ。
するとユイの姉が、ロックとエリスにお辞儀をした。
「どうもすみませんでした……私の妹がご迷惑を……」
ロックが照れた様子で頭を掻いていると、エリスが言った。
「いいんです。頭を上げて下さい……」
ユイの姉が言った。
「私……ユイの姉の、マキと言います。大したお礼は出来ませんが……どうぞ中へ……お茶ぐらい飲んで行って下さい。さぁ、どうぞ……」
そう言うとマキは、自分達が暮らす漁船に、ロックとエリスを案内した。
ロックはユイに耳打ちをした。
「とりあえず貸しにしておいてやる」
「子供にたかる気かよっ!」
ロックは悪い笑顔をした。
「都合のいい時だけ、子供になんな」
ロックはユイにそう吐き捨てると、マキの後を歩いていった。
するとエリスがユイに言った。
「ごめんね……悪いヤツじゃないんだけど」
「どこがだよっ!」
マキに案内されて船に乗り込むと、船内はお世辞でもきれいとは言えなく、オンボロ船で、木製甲板はボロボロだった。
甲板から操縦室に入り、その奥の部屋が居住スペースで、奥に老婆が座っていた。
老婆の顔はしわくちゃで、体に毛布を被っており、見た感じかなりの高齢だと思われる。
ロックとエリスは、狭い居住スペースで座る場所を探して、なんとか座った。
マキはロックとエリスに、老婆を紹介した。
「私たちの村の大バァ様です」
エリスはマキに言った。
「村って?」
マキは言った。
「私たちは北東大陸の村……『ムラサメ村』からやって来ました」
するとロックがマキの言葉に反応した。
「ムラサメ村って言ったら、『隠密の里』じゃねぇか……」
マキは目を丸くした。
「まぁ……ご存じですか?」
「アデルにも何人かいるからな……」
マキの表情は険しくなった。
「アデル……貴方はアデルの軍人ですか?」
ロックは首を横に振った。
「元な……今はただの一般人だ。でもアンタらがムラサメ村の人間って事は……」
マキは頷いた。
「はい……私もユイも、隠密です。修行中の身ですが……」
エリスが言った。
「でもどうして、そんな人がこの島に?」
「実は……大バァ様の病を治すために、私達は『ライフシティー』を目指してるのです」
ライフシティーとは、世界でもっとも医療技術のある地域で、ゴールドアイランドから南西に下がった南西大陸にある。
ロックは納得した様子で言った。
「だから金がいるのか……」
エリスは怪訝な表情をした。
「なんで?わたしもライフシティーは知ってるけど……そんなにお金がいるの?」
ロックはエリスに言った。
「ライフシティーはアデルやクリステルシティーと違い、治療費が法外だ。まぁ、その代わり医療技術は最先端だけどな」
エリスは納得した表情をした。
「それでガジノで大金を稼ごうとしたのね」
エリスの言葉に、ユイは頭を抱えた。
するとマキは目を丸くした。
「ガジノで?どういう事なの?ユイ……」
ユイは慌てた様子で言った。
「姉ちゃん……違う……」
マキはユイを睨み付けた。
「ユイ、貴女……ゴールドアイランドにいい仕事があるからって……言っていたわよね?」
ロックがマキに言った。
「よそ者がこの島で仕事につけるかよ……。この島はガジノで稼ぐ島だぜ……」
マキは目を丸くしてロックを見た。
「そうなんですかっ!?」
エリスは言った。
「お姉さん……知らなかったんですか?」
マキは申し訳なさそうにした。
「私……外の事はなにも知らなくて……」
ユイは頭を抱えた。
「はぁ……だから姉ちゃんに、知られたくなかったのに……」
ユイが頭を抱えていると、ロックがマキに言った。
「健全に資金を稼ぐ方法があるぜ……」
ロックの言葉に、ユイとマキ……エリスも目を丸くした。
ロックは言った。
「俺とそのガキが……明日のレースに出りゃいいんだよ」
突然のロックの提案に、ユイは興奮ぎみに言った。
「なんでアタシが、何処の誰だかわかんない奴と、そんなレースに出なきゃなんないのよっ!」
ロックは言った。
「確かにまっとうなレースとは言えねぇ……。でも、お前がやろうとしてる事より、よっぽどまっとうだぜ」
ユイは声を詰まらせた。
すると今まで黙っていた大バァが、突然話し出した。
「ユイ……その若者と出るのじゃ……」
マキは大バァの肩を擦りながら言った。
「大バァ様……」
ユイは大バァに言った。
「バァ……でも、何処の馬の骨かも知れないのに……」
ロックは口を尖らせた。
「なめてんじゃねぇぞ……クソガキ」
大バァは言った。
「ユイ……その者を侮るな……。その男……只者ではない……」
マキは大バァの言葉に驚いている。
(大バァ様の人を見る目は確か……。その大バァ様にここまで言わせるって……この人は……)
ロックは小指で耳をほじりながら言った。
「俺はどっちでもいいぜ……。どのみちレースには出るからな……なぁエリス……」
「えっ?うん……そうだね……」
エリスはキョトンとしている。
マキは少し考えて、ロックに言った。
「ユイをよろしくお願いします」
ユイは目を見開いた。
「ねっ、姉ちゃん?」
ロックはニヤリとした。
「へっ……決まりだな……」
話が終わると、ロックとエリスは漁船の甲板でユイを待っていた。
今晩はユイを飛空挺ウィングに連れて帰る事になり、ユイの準備を甲板で待っていた。
するとユイではなく、マキが甲板に現れた。
マキはロックに言った。
「ロックさん……ユイを助けたのって、嘘ですよね?」
ロックとエリスは目を丸くした。
マキは言った。
「あの娘が町の悪い連中に、やられる事はありませんから……。ユイに何かされたんですね?」
ロックは軽く笑った。
「へっ……さすがは姉ちゃんだな……。ちょっとアンタの妹に、財布をスラれたんだ」
マキはロックの言葉に、泣きそうな顔をした。
「あっ……あの娘……なんて事を……」
エリスはバツの悪そうな顔で、マキに言った。
「気にしないで……ロックのヤツ、スリ返しましたから」
マキはその言葉に目を丸くした。
「スリ返した?ユイから?……大バァ様の言葉といい……何者なんですか?アナタ達は?」
ロックは言った。
「ただの船乗りさ……」
……飛空挺ウィング…整備室……
エアバイクは完成し、ジンは誇らしげな表情をしていた。
「我ながら素晴らしいできだ」
ミドの白いスクーターは、ジンの手によって見事なエアバイクに変貌した。
ジェット機能が搭載されたエアバイクは、白く輝いている。
「素晴らしい出来だ。明日のレースが今から楽しみだ……。しかし……」
ジンは戻ってきたロックとエリスに言った。
「ロック、エリス……それは何だ?」
ジンの目線の先にはユイがいた。ユイは白のタンクトップの上から、黒い網目のT-シャツを羽織り、黒のタイトなホットパンツ……足元は動きやすいスニーカーを履いている。
ロックは言った。
「明日、コイツとレースに出るから……」
ジンは頭を抱えた。
「ロック……なにを考えてるのだ?……子供ではないか……」
ユイはジンに口を尖らせた。
「子供扱いするなよっ!アタシはもう18だよっ!オッサン……」
ジンは目を見開いた。
「オッ……オッサン……だと?……私はまだ29だぞ……」
ジンの様子にロックとエリスは笑っている。
ユイは不敵な笑みを浮かべた。
「アタシからすりゃオッサンだよ……」
ジンは言葉を詰まらせ、ワナワナしている。
エリスは笑うのを我慢しながら言った。
「まぁまぁ……ジン……。抑えておさえて……」
ジンは悔しそうな表情をした。
「こんな科学の、かの字もわからんような小娘に……私のエアバイクに跨がせるのか……」
ロックは言った。
「まぁそう言うなよ……。お前のバイクで、明日は優勝してやっからよっ!ありがとなっ!」
「頭が痛い……私は先に休ましてもらう……」
ジンはそう言うと、フラフラしながら自分の部屋に去って行った。
ユイはムッとした表情で言った。
「失礼なオッサンだなぁ……」
ユイはロックとエリスに言った。
「それにしてもアンタ達……何者?この飛空挺といい……」
エリスが言った。
「ただの旅人よ……」
「なんの?」
「探し物があるの……」
怪訝な表情のユイに、ロックが言った。
「んな事よりさっさと寝ろっ。テメェの部屋は用意してあっからよ……。明日、姉ちゃん見にくんだろ?」
「チェッ……わかったよ……」
そう言うとユイは整備室を後にした。
「右から三つ目の部屋だからねっ!」
エリスは去り際のユイにそう言うと、ロックを見た。
ロックは言った。
「なんだよ?」
「なんであの娘とレース出るって、言い出したの?」
「別に……俺には家族がいねぇからよ……。それに大事なもんは自分で守るもんだ」
エリスはニヤニヤしている。
「へぇー……」
ロックは怪訝な表情で言った。
「なんだよ?」
「別に……優しいなぁーって……」
ロックは怒りの表情で言った。
「るっせーっ!テメェもさっさと寝ろっ!」
エリスは怒るロックを気にせず、ロックに背を向けて手を振った。
「じゃ、おやすみーっ……」
一人残された整備室で、ロックは口を尖らせた。
「ケッ……かわいくねぇ女……」




