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首都アデルから南に凡そ100kに位置する島……ゴールドアイランド……。
ガジノが併設された高級ホテルがずらりと並ぶ、アデル地方最大級のリゾート島であり……一攫千金を狙う旅人や、休暇に訪れる富裕層など、目的が様々な人々の集まる島……。
アデル管轄の独立地域でもあるこの島は、表向きは合法ガジノやイベント等が売りだが……。
違法賭博やイベント等も行われている。しかし、島の収益ははかり知れず、アデルもその恩恵を受けているため、ある程度の事は黙認されている。
まもなくゴールドアイランドに到着するところで、エリスは飛空挺ウィングの甲板に出て、爽やかな風と、海の景色を満喫しようとしていた。
白いいつものノースリーブスのパーカーに、インナーはピンクのキャミソール……デニムのホットパンツから生足を出したスタイルで、美しい金色の髪をかきあげる。
「美しい景色……爽やかな風………って!何なのよっ!これはっ!?」
エリスが怒るのも無理はなく、ゴールドアイランド空域は、多数の飛空挺でごった返していた。
「わたしの景色は?風の音色は?」
自分の乗る飛空挺の上下には、他の飛空挺があり、もちろん海の景色など満喫できず……風の音色に至っては、様々な飛空挺の轟音でかき消されていた。
「何だってこんなに混雑してるわけっ!?」
するとエリスの背後にロックが現れた。
「仕方ねぇだろ……今は夏、この時期は混んでんだよ」
ロックはいつものツナギの服ではなく、デニムのハーフパンツに、上はシンプルに白いT-シャツと、ともてラフな格好だ。腰には相変わらず刀を挿している。
エリスは泣きそうな顔をした。
「せっかくのリゾート感が……台無しよっ!」
ロックは顔をひきつらせた。
「俺にがなるなよ……」
すると甲板に船内放送が響いた。
「ロックッ!エリスッ!……40番ドッグに入港するぞっ!」
ジンの声だ。ジンは通信機でゴールドアイランドに問い合わせていたようだ。
「この混みようで、移動できんのかぁ?」
ロックはウィングの周りを見渡して、げんなりしている。
するとウィングはゆっくりと動き出した。
エリスは不安そうな表情で、甲板から外を覗いている。
「ぶつからない?」
すると船内放送がまた鳴った。
「心配するな……この船には精度の高いセンサーが搭載されている。ぶつかる事はない……。それに軌道ナビゲーションもあるから大丈夫だ」
ロックとエリスはお互いを見合わした。
「つれてきてよかった……」
ジンが言うように、ウィングは他の飛空挺の合間を絶妙な距離感で、隙間を縫うように動いた。
次々と飛空挺をかわし、あっという間に目的地である40番ドッグに到着した。
ドッグといっても、綺麗に整備された港だった。
港にはすでに何十隻の飛空挺が停泊しており、ウィングはドッグ手前の海に着水し、空いているスペースに停泊した。
操縦室に戻っていたロックとエリスは、興奮気味だった。
ジンはウィングを停泊させ、「ふぅ」と一息ついて、二人に言った。
「二人とも……降りていいぞ」
ロックは言った。
「なんだ……ジン、降りねぇの?」
「私は少しやる事がある……お前達は楽しんでこい」
エリスは申し訳なさそうにした。
「なんか悪いわねぇ……」
ジンは軽く笑った。
「フッ……気にするな。私も時間ができたら降りるさ……」
「んじゃ、なんかあったら連絡しろ……」
ロックはそう言うと、小さな球の付いたヒモを首にぶら下げた。通信用の小型オーブだ。
こうしてロックとエリスの二人で、一先ずゴールドアイランドに上陸した。
……ゴールドアイランド……
休暇を楽しむ富裕層や、一攫千金を夢見る若者達が、集まる島……ゴールドアイランドは別名『夢の島』とも呼ばれている。
島の中心にレース場や、多目的の運動公園……それらを囲うようにガジノが併設されたホテルが立ち並び、さらにその外側には繁華街がある。
アデルが近いこともあってか、空賊や海賊による被害もほとんどない。
ロックとエリスは繁華街に目もくれずに、ガジノを目指した。
繁華街で遊ぶにも、食べるにも資金が必要だ。そのための資金をガジノで稼ごうと、甘い考えをしていた。
ロックとエリスの二人は、多くの人で賑わう繁華街を、すり抜けるように歩いていた。
「俺はやっぱりスロットマシーンだぜ……」
意気揚々なロックに、エリスは言った。
「言っとくけど……お金、あんまないから……」
ロックは自信満々な表情で言った。
「俺に任せな。倍……いや、3倍以上にしてやるよ」
どこからこの自信は湧いてくるのか、ロックに迷いの表情はない。
そんなロックに、エリスはますます不安になる。
そして二人はホテルの前に到着した。
昼間にも関わらずきらびやかな、高級ホテルの前で、ロックは両頬を、パンッパンッと叩いて、気合いを入れた。
「勝負じゃあーーっ!」
……二時間後……
ホテルの前には憔悴しきったロックとエリスが茫然と立っていた。
「何でだ?……あんだけ稼いだ金が……何で消えてる?」
ロックはすっかりやつれてしまっている。
「アンタが止め時を考えないからでしょ……。勝たせて搾る……ガジノの常套手段でしょ……」
エリスもやつれてしまっている。
すると男が一人、憔悴しきった二人に声をかけてきた。
「見てましたぜ……旦那ら、すっかりやられたみてぇだねぇ……」
声をかけてきた男は、派手なアロハシャツに黒いサングラスをかけた……如何にもって感じの男だ。
ロックは男を睨み付けた。
「何だテメェは?」
男はニヤニヤしながら言った。
「その様子じゃあ……スッカラカンですかい?」
ロックは目を見開き、 腰の刀を抜いて、 半笑いで言った。
「そうだ……エリス。この失礼な奴をぶっ倒して、金を奪おう」
ロックはガジノで負けたショックで、錯乱しているようだ。
エリスにもロックを止める気力はなく、ただ呆然と見つめている。
二人の異常な様子に、先程までニヤニヤしていた男は、慌ててロックに言った。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよっ!旦那っ!」
ロックは今にも斬りかかりそうだ。
「テメェに旦那と呼ばれる筋合いはねぇ……馬鹿にしやがって」
「ヒィ~ッ!すんませんっ!違うんですっ!俺はただ、困ってそうなアンタらに、金になる話を……」
男の「金」という言葉に、二人はすかさず反応した。
「なんだってっ!?」
ロックは刀を腰に戻し、エリスは目を見開いた。
ロックが刀を戻した事で、少し落ち着いた男は、二人に言った。
「ふぅ……聞いてくれる気になりましたか?」
二人は目を見開き、黙って頷いた。
男は話始めた。
「実は2日後に、とあるレースがありましてね……」
ロックは怪訝な表情をした。
「レースだぁ?」
「はい……『バトルエアバイクレース』です」
エリスが言った。
「エアバイクのレース?」
「エアバイクで島の海岸を一周するレースなんです」
ロックが言った。
「それで?」
「今ちょうどレース参加者を探してまして、どうですか?お二人で……」
ロックは吐き捨てるように言った。
「ケッ!くだらねぇ……。なんでそんなもんに、出なきゃならねぇ……行くぞエリス……」
ロックとエリスが立ち去ろうとすると、男が言った。
「優勝賞金は五百万円です……」
ロックとエリスはピタリと足を止めた。
……繁華街のとある飲食店……
ロックとエリスはジンと合流し、繁華街にある大衆居酒屋にいた。
ジンがある程度の資金を持っていた事もあり、なんとか食べ物にありつけているが、先の旅の資金まではさすがにない。
「エアバイクレースか……」
ジンはブルーハワイを飲みながら、これまでの経緯を二人に聞いていた。
ロックはハイボールを飲みながら言った。
「賞金、500万だぜ……」
ジンは呆れた様子で言った。
「出るしかないな……今の我々に、ここを発つ資金はない」
エリスが言った。
「男女ペアの参加型らしいけど……バトルってのが……」
話によると、他の参加者の妨害可能な、何でもありのバトルレースらしい。
ロックが言った。
「それより問題は、エアバイクだぜ……。持ち込みじゃないと参加できねぇ」
するとジンが言った。
「2日後と……言ったな?」
「なんか手があるのか?」
ジンはカクテルを飲み干した。
「ミドのスクーターがある。それを改造すればいい……」
ロックが墓参りに行く時に使った、ミドから借りたスクーターだ。ロックはミドに返す事なく、そのまま飛空挺に積んでいたのだ。
ロックは目を見開いた。
「できんのか?」
ジンはすました感じで言った。
「私を誰だと思っている?」
ロックはニヤリとした。
「へっ……条件は揃ったぜ……。エリス、気合い入れろよ……」
エリスは不安そうな表情をした。
「嫌な予感しか、しないんだけど……」




