①
……翌朝ミドの造船所……
昨晩宴を楽しんだロック一行は、近くの海辺に飛空挺を停泊させ、ミドを造船所まで送り届けていた。
「師匠……後の事は任せて下さい……」
そう言ったミドの表情は何処か晴れていた。一つ壁を乗り越えた、男の顔になっていた。
ジンは軽く笑った。
「いい顔になったな……。ロックにも礼を言ったか?」
ロックは造船所でミドと少し話した後、ミドにスクーターを借りて、何処かへと行ってしまったようだ。
ミドは頷いた。
「さっき言いました……。ロックさんのお掛けで吹っ切る事が出来たので……」
エリスが言った。
「頑張ってねっ!ミド」
「はい……エリスさんも……。見つかると良いですね……」
エリスは笑顔で頷いた。
「うんっ!ありがとう」
ジンはエリスに言った。
「さて……私はこれからもう少しミドと話すが……。エリス……君はどうする?」
エリスは苦笑いした。
「師弟水入らずでしょ?わたしは、買い物行ってくる……。必要な物もあるだろうから……」
ジンはエリスに言った。
「そうか……なら、気を付けて行くといい……。何かあれば、私が渡した麻酔銃を躊躇わず使え……」
エリスはまたもや苦笑いした。
「はは……物騒だね……。でもそうする……。じゃあ、また後でね……」
エリスはそう言うと、ミドの造船所を後にした。
……アデル英霊墓地……
ミドの造船所からスクーターで数分の場所……アデル20番街にある、アデル英霊墓地……。
緑豊かな土地に造られたこの墓地は、先の戦争によって犠牲になった英霊達が、静かに眠る場所である。
広大な敷地面積を誇る墓地の、とある墓石の前にロックはいた。
ロックは感慨深い表情で墓石に呟いた。
「飛ぶ事にしたよ……。お前と同じ力を持ってんだ……」
快晴の元、涼しげな風が、まるでロックを癒すように吹いた。
「しばらく来れなくなるからな……」
そう言うとロックは墓石に花を添えて、立ち去ろうとした。すると誰かがロックの方にやって来た。
ロックは目を見開いた。
「隊長……」
ロックの目前には、黒いドレスに身を包んだ美しい女性がいて……それは、アデルの将軍……アリエル・ノイヤーだった。
驚きを隠せないロックに、アリエルは言った。
「久しぶりですね、ロック・ハーネスト……。意外ですか?私がここに来るのが……」
ロックは黙ったまま、アリエルを見据えている。
「私もアデルの軍人です。先の戦争で犠牲になった霊英達に、敬意を払うのは当然では?」
そう言うと、アリエルもロックを見据えた。
お互いがお互いの目から、目線を反らさない。
するとアリエルは軽く笑った。
「嘘です……。日頃参拝しているのは本当ですが……今日は貴方がここにいるのを知ってて来ました」
するとやっとロックが口を開いた。
「そんな事だろうと思ったぜ……」
アリエルは言った。
「ジュノスから報告がありました。空に出るのですね?」
ロックは再び黙った。
アリエルは続けた。
「貴方がアデルを出て10年……。世界は目まぐるしい程に発展しましたが……人々を脅かす驚異は、まだまだあります」
ロックは黙って、アリエルの話を聞いている。
「空賊による空の治安悪化……消える事のないテロリスト……。陸海空、問題を挙げればきりがありません」
ロックは怪訝な表情をした。
「何が言いてぇ?」
アリエルはロックの目を見て言った。
「空に出るのなら……もう一度世界のために、剣を振るいなさい……」
アリエルの言葉に、ロックは一瞬目を見開いたが……すぐに笑った。
「へっ、隊長……俺はよぉ……。世界や国のために戦った事なんざぁ……今まで一度もねぇぜ」
アリエルの表情が険しくなった。
ロックは言った。
「アンタらが俺をどう利用しても、かまわねぇが……」
ロックはアリエルに鋭い目線を送った。
「俺の世界を踏みにじるなら……アデルだろうが誰だろうが、たたっ斬るぜ」
そう言うとロックは、アリエルに背を向けて手を挙げた。
「抱えちまったからには、俺は守りきるぜ。そして、もう落とさねぇ……。じゃあな……」
ロックはそう言うと行ってしまい……アリエルはロックの後ろ姿を、感慨深い表情で見ていた。
「変わらないですね……ハーネスト……」
……アデル14番街……
アデルの14番街はショッピング街だ。日用品から、食料品等様々な物がここでは購入できる。
昼間なので14番街は多くの人でにぎわっていた。
「ちょっと買いすぎちゃったかなぁ……。でもこれくらいは必要よね」
エリスは両手に大きな紙袋等を抱え、とても歩きそうにしていた。
するとエリスの背後から、ビッビーとブザー音が響いた。
「エリスじゃねぇか……」
「あっ、ロック……」
そこには白いスクーターに乗ったロックがいた。
「ばぁさんの店行くけど……一緒に行くか?」
「ばぁさんって……『集い』?行く行くっ!」
ロックはエリスにスクーターの後ろに乗るように言った。
「後ろに乗れよ……」
エリスはスクーターの前のカゴに、荷物を詰めるだけ詰めて、残りの荷物は自分で持って、スクーターの後ろに乗った。
スクーターを発進させたロックは、上手に人混みを縫うように、進んでいく。
古いスクーターのエンジン音に、声がかき消されないよう、エリスは大声で言った。
「ねぇっ!ロックッ!」
ロックも負けじと大声で答えた。
「何だよっ?」
「何処に行ってたのっ?」
ロックは軽く笑った。
「ちょっとした挨拶だよっ!」
……アデル13番街…Bar集い……
ロックとエリスは、開店前の『集い』のカウンター席で、それぞれ飲物を飲んでいた。
エリスはアイスティー、ロックはアイスコーヒーと……。
「寂しくなるねぇ……。こんなろくでなしでも、いざ居なくなると思うと……寂しいもんさ」
感慨深い表情のマスターに、ロックは軽く笑った。
「へっ……ろくでなしで悪かったなぁ……。心配しなくても、また来てやるよ……」
マスターも軽く笑った。
「はっ……当たり前さ……。アンタにゃしっかり、ツケを払ってもらわないと、いけないからねぇ……」
「ケッ……口の減らねぇばぁさんだ……」
そう言うとロックは立ち上がった。
「じゃあな、ばぁさん……。俺が戻るまで、死ぬんじゃねぇぞ。ツケがきく店はここしかねぇからな……」
「アンタも……気を付けて行ってきな……」
するとエリスも立ち上がった。エリスは今にも泣きそうな顔をしている。
ロックはそんなエリスを見て、先に歩いた。
「外で待ってるからよ……」
ロックは店の外に出ていき、店内にはエリスとマスターだけになった。
マスターは苦笑いした。
「なんだい?情けない顔して……。アンタの旅に希望が見えたんだ。笑顔で行きな……」
マスターの優しい言葉に、エリスはポロポロと涙を流した。
「うっ……マスター……」
マスターはエリスを優しく抱きしめた。
「いつでも……あのバカ連れて帰ってきな……。ここはアンタの家みたいなもんさ」
「うっ……マスター……あり、ありがとう……。うわぁーんっ!」
大声で泣き出したエリスの顔は、涙でくしゃくしゃになった。




