③
……一方のロックは……
「前に来た時と違うっ……」
……迷っていた。
ジュノスの言う通り、別れ道で行き違いになったようだ。
爆発音や瓦礫などで、隠し階段は騒然としていた。
「これじゃあもどるに戻れねぇ……」
ロックはとにかく進むことにしたが……すぐに行き止まりに、突き当たった。
後ろは瓦礫で引き返せない……ロックは閉じ込められてしまった。
「体はボロボロ……後ろは瓦礫……あちこちで爆発音……。かなりヤベェな……」
ロックが焦りの表情をすると、すぐ近くでまたもや爆音が鳴った。
「近い……ここもヤベェな……」
するとその爆発の衝撃で、横の壁が崩れ、新しい通路が現れた。正規の通路だった。
ロックはすかさずその通路に飛び込み、走って前を急いだ。
「ラッキーッ!でも、急がねぇと……。アイツらは無事なのか?」
ロックはひたすら通路を突き進んだ。
その頃飛空挺は、研究所から少し離れたところで、空中で待機していた。
豪快なプロペラ音が、美しい空に響き渡る。
研究所が崩れていく様子を、エリスは甲板からただ見ていた。
「ロックは?無事なの?」
燃え盛る研究所に、今にも崩れそうな岬……崩壊するのは時間の問題だ。
するとジンが甲板に現れた。
「ガゼルとジュノスは脱出したようだ……。見てみろ」
ジンはそう言うと、エリスに双眼鏡を手渡した。
エリスは双眼鏡を使い、燃え盛る研究所を覗いてみた。
研究所の入口から、だいぶ離れた所に、黒服の人間が二人いる……おそらくガゼルとジュノスだろう……。しかしそこにロックの姿はない。
エリスは双眼鏡を目から離し、顔面蒼白になった。
「ロックは……ロックはまだ?」
ジンは険しい表情をした。
「おそらくな……。ロックがガゼルにやられたとは……考えにくい……。ならば、ロックはまだ研究所にいる可能性が高い」
エリスはその場で項垂れた。
「そっ、そんな……」
ジンはエリスの肩を叩いた。
「ここは危険だ……。我々も離れないと、巻き込まれる……。今はロックを信じるしかない……」
エリスは涙を流した。
「ロック…………!?……」
その時エリスは確かに見た……いや感じたのだ。崩壊しそうな岬から、光が発せられたのだ。
エリス涙を拭い、立ち上がって双眼鏡を覗いた。
すると……今にも崩れそうな飛空挺ドッグのハッチから、懐中電灯を振り回しているロックが、確かにいたのだ。
「ロック……」
エリスがそう呟くと、ジンは目を見開いた。
「何っ!?エリスッ!双眼鏡を……」
ジンはエリスから双眼鏡を奪って、覗いてみた。そこには確かにロックがいて、背中に大きな鉄板を抱え、右手に板のような物を抱えている。
「あれは……エアボードか?……なるほど、そういう事か……」
ジンは双眼鏡をエリスに投げ渡して、急いで操縦室に向かった。
「どういう事っ!?」
エリスがそうジンに呼び掛けると、ジンは答えた。
「ロックはエアボードと、研究所の爆風を利用して、飛空挺に飛び移る気だっ!飛空挺を岬ギリギリまで付けるっ!ロックを受け入れる準備をしろっ!」
ジンはそう言うと、急いで操縦室に向かった。
今にも崩れそうな岬の研究所ハッチから、懐中電灯を必死で振り回しているロックは、飛空挺が自分に気が付く事を信じて、只々懐中電灯を振り回している。
「頼む……気付いてくれ……」
焦った表情のロックは、傷の痛みと、時間の無さに、何ともいえない表情だ。
目の前は断崖絶壁、後ろは火の海……この状況で焦らない方がどうかしている。
すると飛空挺に動きがあった。飛空挺は方向転換し、確かにこちらに近づいてくる。
ロックは一瞬安堵感に包まれたが、すぐに真剣な表情をした。
「よし……なんとか気付いてくれたか……。でも、こっからが問題だ……」
ロックは抱えていたエアボードを、床に置いた。浮遊石を板状に加工して造られたエアボードは、空を自在に飛べる代物ではない。
あくまでもストリートの娯楽道具で、断崖から空に向かって飛ぶなど不可能だ。
「エアボードだけじゃ、飛空挺に飛び乗れねぇが……ここの爆風を利用すれば……」
ロックはそう言うと、大きなオイル缶を数個、後方に置いて、体位大きい鉄板を背中に背負った。
片にフック付きのワイヤーを担ぎ、エアボードのスウィッチを入れた。
少し浮遊したエアボードの上に乗って、背後のオイル缶に火が引火するのを待った。
飛空挺が岬までの距離を10mまですると……その時はすぐに来た。
ボォカァーーーーンッ!
オイル缶から発せられたは爆炎が、ロックの鉄板に襲い掛かる……。エアボードに乗ったロックは、爆炎に押されるように、ハッチから外へ飛び出した。
背中で鉄板を抑えながら、爆風を利用して空中で必死にバランスをとる。
凄まじい威力の爆風は、油断するとバランスを崩し、ロックを海に投げ出すだろう。
やがて爆風は弱まり、ロックは鉄板を海に投げ捨てる。このまま鉄板を持っていると、風の抵抗で減速してしまうからだ。
ロックは夜空に叫んだ。
「行っけぇーーーっ!」
月明かりの夜空で、ロックは飛んだ……。
月明かりの影響で、ロックの姿は影画になり、その姿は何処か神秘的だった。
飛空挺の甲板でロックを待っていたエリスは、目を見開いてロックに見とれていた。
飛空挺が目前まで迫ると、ロックは担いでいたワイヤーを、飛空挺目掛けて投げた。
ワイヤーの先端のフックは、勢いよく甲板の柵に絡み付いた。
ロックはエアボードから足を離して、ワイヤーに自分の身を委ねた。
エアボードは不規則な軌道で海に落下していく。
ワイヤーを使い、飛空挺にぶら下がったロックは、大きく息をした。
「ふぅーーっ……間一髪……」
ロックが上を見ると、エリスが顔を覗かせている。
「ロックーーッ!」
ロックはエリスに叫んだ。
「今上がるっ!」
ロックはワイヤーを伝って、上に登っていった。
甲板まで上がり、柵に手を掛けると……エリスが手を差し出した。
「ほんと……無茶なんだから……」
エリスは涙目だったが、笑顔でロックを迎えた。
ロックは軽く微笑んだ。
「へっ……でも、ちゃんと戻って来たぜ……」
ロックはエリスの手を、ガッシリ握った。
「おかえりなさい……ロック……」
一方無事に脱出したガゼルとジュノスは、研究所から少し離れた場所で、研究所が崩壊していくのを眺めていた。
ジュノスは立って腕組みをし、ガゼルは座り込んでいる。
ジュノスは言った。
「ロック先輩……ヤッパやりますねぇ……」
ガゼルは憮然な表情で言った。
「何が言いたい?」
ジュノスは不敵に笑った。
「プッ……だって先輩……ボロボロじゃねぇですかい……」
ガゼルはジュノスを睨み付けた。
「喧嘩売ってんのか?お前……」
ジュノスは両手を前につき出した。
「おぉー、恐い……。やだなぁ、売るわけないでしょ……エージェント同士の私闘は厳禁ですぜぃ……」
ガゼルは吐き捨てた。
「ケッ……だったら黙ってやがれ……」
ジュノスは話を代えた。
「で?どう報告するんです?」
「ジンは白だったって……そう報告するよ……」
「それもそうですが……ロック先輩とジン博士……国外出ちゃいますよ?」
ガゼルは険しい表情をした。
「奴等の動きが……アデルに仇なすなら……。潰すしかねぇな……」
ジュノスは苦笑いした。
「当分……監視対象ですねぇ……」
脱出に成功したロック一行は、研究所から離れた海の上空で停滞していた。
甲板に横たわっていたロックは、エリスの不思議な力によって、傷が殆ど癒えていた。
その光景を、ジンは目を見開いて眺めていた。
「まったく……驚かされるな……」
流石のジンも、エリスの力に驚いた様子だ。
ロックはすっかり傷が癒えて、勢いよく立ち上がった。
「よっと……サンキュー、エリス……」
エリスは大きく息を吐いた。
「ふぅーっ……どういたしまして……」
エリスは少し疲れた表情をしていた。
ジンは言った。
「その力……使うと疲れるのか?」
「少しだけなら……どうって事ないけど……。こんなボロボロじゃね……」
ロックはバツの悪そうな表情をした。
「すまねぇ……」
ジンが言った。
「その力……傷以外……つまり病気は?それと自分は治せるのか?」
エリスは首を横に振った。
「病気は治せない……後、骨折とか、内臓の損傷は治せない……。そして自分も治せない……」
ジンは呟いた。
「ロックがエリスの旅に付き合ったのは……これが大きいようだな……」
エリスはジンに言った。
「何か言った?」
ジンは軽く微笑んだ。
「いや……何でもない……。それよりこれからどうする?」
ロックは言った。
「そりゃあ……この船で飛び回って……エリスの国を探すんだろ?」
ジンは呆れた様子で言った。
「目的地をある程度決めて行動しないと……効率が悪い……」
エリスが言った。
「後……お金もないよ……」
ロックは渋い表情をした。
「因みに俺は、金はねぇぞ」
エリスは呆れた様子で言った。
「誰も期待してないってのっ……」
ジンが言った。
「南の『エスパドール』を目指そう……」
エリスは目を丸くした。
「エスパドール?」
ロックが言った。
「『砂の都』……新大陸の発見や、秘境の調査に力を入れている、アデルの勢力圏の最南端の地域だ」
ジンが言った。
「資金のない我々には……スポンサーが必要だ」
ロックは納得した様子で言った。
「なるほどな……エスパドールと、俺達の旅の目的の利害が一致すりゃ……」
エリスが言った。
「お金を出してくれる……」
ロックは軽く笑った。
「へっ……何か楽しくなりそうじゃねぇの?」
ジンが言った。
「エスパドールに到着するまでは……それまでの地域で、金になりそうな仕事をする……」
エリスはニコリと微笑んだ。
「じゃあさぁ……とりあえず乾杯しない?」
ロックは言った。
「いいねぇ……ハイボールはあんのか?」
ジンが言った。
「ではミドも入れて……細やかながら、新しい船出に乾杯するか……」
空に憧れた男は、翼を手に入れ……国を求める女は、希望を見いだし……技術を極めんとする男は、自分の技術を証明するために、男に翼を渡した。
それぞれの目標のために……空を飛ぼうとしていた。




