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第二章 ① ー再会ー

 ――それは、渡織が覇照と入学式で会ったその日の放課後のこと。


 朝の強烈な気持ちを引きずりながら、渡織は家路への道へと向かっていた。

 この頃の渡織は、”どちらかといえば”、まだまともな価値観を持っていたといえた。                  

 夕焼けの河原は、いつも渡織を感傷的にさせる。たくさんのものが、この世界に存在し時として人を癒し、時として人を苦しみから忘れさせるために娯楽がある。

 高校生といえば、その娯楽に最も影響を受けて、それに人生を傾けるほど熱中することもある。しかし、渡織には今の今までそういうのがなかった。いや、それは嘘になる。なかったことではないが、ないとも言えた。これが、彼にとっての娯楽だ。

 娯楽というのは、発想があり行動があることで、初めて娯楽が生まれる。渡織には、いくつもの発想があったが、それを娯楽とするほど彼は馬鹿ではなかった。


 「波佐間覇照……」


 あの堂々とした馬鹿の名前を口にする。

 あれが、行動を起こした女の姿だ。破滅を願う人間は多くいる。それは、渡織も同じく願う。しかし、彼には破滅の具体性がない。


 (あの女は何をするつもりだろう。あれは、妄言なんかじゃない。……羨ましい、彼女は破滅を具体化する方法を知っているんだ)


 肩に抱えた通学鞄の紐を握る。

 悔しいという気持ちすら思う自分に渡織は感動すら覚えた。今まで長いこと、こういう気持ちを忘れていた。それを、たった一人の存在が思い出させてくれたんだ。

 無色で透明だった世界にそこだけ色が付いたように、ポツリと一人の少女がいた。そこはよく知った公園のはずなのだが、そこに一人の少女がいるだけで、全ての価値観を壊されそうになるほどに違ったものに見える。

 波佐間覇照が、夕暮れの公園で一人立っていた。その姿はまるで、公園がどうこうといよりも、公園というフィルターを通して何か別のものを見ているようにも見えた。その無色の世界で点とも呼べる存在である覇照から目を離せなくなった渡織は、その姿をただただ見つめ続けた。 

 そのままどこかへ立ち去るものだと思っていた覇照は、中央を陣取った噴水近くのベンチへと腰を下ろした。噴水を中心にぐるりと囲むようにして、斜めで向かい合うように四つのベンチが点在する。

 ここを逃せば、もう覇照と会話する機会がないのかもしれない。ふと、そんな気持ちが浮かぶ。

 彼女に話をしてみたい。そんな渇望とも呼べる気持ちで、気が付けば足は覇照の座るベンチへと向いていた。

 近づいてくる渡織を見れば、その表情は訝しげなものになる覇照。


 「君は、誰だ?」


 直接的で分かりやすい問いかけに、渡織は目を伏せる。


 「俺は、君と同じクラスの相高渡織」


 「ふうん、渡織て言うんだ。変わった名前だね」


 「よく言われる」


 互いにクスリとも笑わず、淡々と繰り返される。まるで無表情で行われるキャッチボールのようなもの。

 覇照はベンチの背もたれに両腕を広げかける。偉そうな座り方をするとは思ったが、覇照がその座り方をするのは、なんとなく納得できてしまうような気がした。

 覇照は、「ところで」と会話を切り出した。


 「どうして、私に声をかけたんだ? 自己紹介についての文句は受け付けないよ。批判しても構わないが、相応のものにしてほしい。そこまでしないと、私の破滅が霞むからね。売れないくせに、声の大きな舞台役者は嫌いなんだ」


 この状況なら、どちらかといえば、覇照の方が”売れない舞台役者”という意味合いが正しいという人間が多いだろう。覇照の発言は、ギラギラとした妄想の輝き。そんなもの、”売れない舞台役者”以前に”嘘つきの監督”のようなものだ。

 だが、渡織は違う。そうした者達とは違う、それとは違う価値観を持って生きている。


 「そんなんじゃない。俺は、アンタに興味があるんだ」


 「へえ、興味ねえ。さて、どんな興味だろうか。思春期の情欲の絡む好奇心というなら、是非お断り願いたいな」


 覇照の面倒くさそうな言い方は、既にそういう者がいたのだろう。

 覇照は黙っていれば、かなりの美人だ。可愛いという言葉を使ってもいいほどに、女性の抱える様々な美の要素が集約しているようにも思える。

 きっと、覇照のことをズレている子だと思った誰かが、いろいろと声をかけたのだ。結局のところ、ナンパというやつだ。

 無論、渡織にそういう下心というものはないので、焦りもなく首を横に振る。


 「例えば、アンタにそういう気持ちがあったとしても、俺はこんな方法は取らない。どうせ、世界を滅ぼす女だ。それなら、そこまで辿りついてから自分のものにした方が、それなりに達成感もあるさ」


 「おもしろい言い回しをするね。いいよ、君の興味というやつに耳を傾けよう。なにより、君の言葉や目に嘘を感じられない。滅亡を鼻で笑うこともせず、それがいつかあるかもしれないという現実を受け入れつつある。ああ、君もそれなりに壊れているし、正常でもあるということか」


 覇照が嬉しそうに口の端を歪めた。ただその目は冷たく、心の中を覗き込むような恐ろしさを与える。しかし、渡織にはそれすらも心地良い。ゾクゾクと背筋を走るのは、自分と同年代でこういう人間に出会えたことだ。

 気が付けば、渡織も口の端を歪めていた。


 「俺にも、それなりに興味は持ってもらえたか?」


 「ああ、それなりにはね。少しぐらいおかしいと世界が全て異常に見える、ズレた人間ならなおさらね。改めて聞こう。……そんな君が、私に何の用だ」 


 やる気なさそうだった先程までとは違い、覇照はそこで始めて渡織を同じ人として見ていた。ちゃんと、自分のことを見ているのだと渡織は生きている実感が沸いてくる。


 「そんなに多くは喋ることはない。ずっと喋り続ければ、君に取り込まれてしまいそうだ。……聞かせてほしい、君の望む破滅とはどういうものなんだ?」


 考えもしなければ、瞬きもなくすぐに返事をする覇照。


 「――全てを壊すことさ。そこから、全てが始まる。滅ぼして、滅して、粉砕して、切り裂いて、液体に変えて、それを全てに行うことが私の考えた滅亡だ」


 「随分と直接的な方法だな。なあ、理由を教えてくれよ」


 よくぞ聞いてくれた。そんな笑顔を口に浮かべれば、覇照はベンチから立ち上がる。そして、世界中に演説でもするように両手を上げて語りだす。


 「人はどこかで破壊を求める。同時に、自己の崩壊を追及している。そして、悲劇も望んでいる。人は愚かで偽善的だ。……そこで、私の行う滅亡は、そんな彼らに最も分かりやすく誇示するある種の滅亡の形だ」


 「じゃあ、お前はそいつらのために滅亡を実行するつもりなのか」


 そこまで聞いてある疑問が浮かぶ。

 滅亡というのは、世の構図でいえば”悪人”が行うものだ。しかし、彼女の理屈ならば、世界中の人間が望んだことを実現しようと言っている。それでは、まるで――。


 「――英雄だからだよ。滅亡を運ぶ英雄さ。教えてやるのさ、君達が望んだものは、こういうことだと。私は絶対に私利私欲で動いたりはしない、しかし、私は自分の望んだことが世界の意思だと感じた瞬間に、これは私利私欲ではなくなった。そうさ、私の滅亡は……この世界の平穏のために実行するものだ」


 覇照は広げていた両手をぎゅっと握れば、その手を下ろした。


 「確かに、お前の言うとおり。多くの人間がそういう、破滅への願望を持っている。どの人間も、それは口にしない。してしまえば、それだけで常人達から逸脱してしまうからだ。それを実行して、何になる。それが、お前をどういうものにするんだ」


 覇照は声を上げて笑う。世界を嘲るように。


 「さあね、誰もしたことないからさ、どうなるか分からないよ。ただ、正直なところ動機付けはそれぐらいでいいだろうて思ったんだ。……動機はそれで、理由は渇望だよ。人が破滅を望む理由なんて、そんなものだろう?」


 楽しそうに話す覇照の姿に、渡織は物語に出てくる魔王という存在を思わせた。

 魔王はどの物語でも、世界を滅ぼすために行動する。それは、魔王という立場上仕方のないことだ。魔王に生まれた時点で、ソイツは既に世界を滅ぼす役目を担うことになる。覇照のやろうとしている破滅は、彼女にとって義務なのだと気づく。

 その時から、コイツは近い内に行動を実行するそんな予感を渡織は感じていた。


 「……ああ、きっとそんなものだ。ただ、一つだけ言わせてくれ――」


 最初からずっと俯き気味だった顔を上げて、覇照の顔を見据えた。


 「――お前の滅亡は俺が止める。それは、俺が望む滅亡じゃない」


 ジッと覇照の殺意が増していくのを感じた渡織。この女は、すぐにでも人を殺そうとする。当たり前にそれを実行できるのだと、これまでの短い間で気づいていた。

 表情を殺した覇照の視線と渡織の視線が交錯する。


 「楽しみにしているよ、エゴイストさん。抗う君は、簡単には逝かせないから。私の滅亡を滅亡で異議を唱える者には、相応しい舞台に上がってもらわないとね」


 下唇を舐めた覇照は、直後に殺意と表情を崩して妙に嬉しそうな顔で渡織を物色するように見た。


 ――これが、渡織と覇照の一年前の出来事。

 それから、渡織は待ち続けた。


 

 

                  ※


 「っ……」


 激しい頭痛と共に、渡織は目が覚めた。周囲の光景を確認しようと顔を上げてみれば、その動きに反応してズキズキと頭が痛む。

 視界がはっきりしないまま、目を何度もパチクリとさせながら、ゆっくりと周囲に目を慣らしていく。


 「なんだと……?」


 下手すれば、少し笑ってしまいそうにもなる。

 目の前に広がる光景のあまりの異常さに、大体の人はおかしくなって笑うか泣き喚くかのどちらかだろう。

 場所はどこかの教室のようだが、気になるのはそんなところではない。そこには、ぐるりと自分を囲むように数十体の鹿男がこちらを見下ろしている。

 狭い教室にギチギチに、鹿男達が己の頭の角を擦り合わせているのではないかと錯覚するほどに体を密着させて、こちらをじぃとその鉛球のような目で見つめている。


 「と、渡織くん……」


 横を見れば、既に目を覚ましていたか、それとも最初から起きていたのか分からない慧が渡織を半泣きの目で見ていた。漏らしてもいなければ、腰の力が抜けていないところを見ると、慧もこの状況に慣れてきているのだろう。

 敵からの余裕の表れか、互いに手足は拘束をされていはいない。あの後意識を失ってから、ここに運ばれてきたと考えるのが妥当だろう。……しかし、その理由は何故なんだ。どうして、自分達は生きている。


 「私達……どうなっちゃうんだろう……」


 「分からない。だけど、いいことは起きないだろうな」


 真正面に立つ鹿男がぞろぞろと左右に動き出し、一人通れるほどの大きさの道を作り出す。しかし、どう見ても、この道が自分達を逃がすためのものではないことは、渡織は理解できた。それは、慧も同じことで緊張した表情でその作り出されて道を見ていた。

 開かれた道から現れたのは、今まで見たことのない黒のスーツ姿の狼男。体は二メール以上もあり、両肩も普通の人の二回りは大きく見える。今更、犬だろうが猫だろうが出てこようが驚くつもりのなかった渡織だったが、狼男の肩に腰掛けるある人物から目を離すこととができなくなった。

 渡織は、ゆっくりとその名前を口にする。


 「覇照……波佐間覇照……」


 狼男の肩に腰掛けた覇照が、久しぶりに会った友人に声をかけるような口調で話しかけた。


 「やあ、久しぶり。相高渡織クン」


 両手を床につき、よろよろと立ち上がる渡織。


 「ああ、約束された再会てやつだな」


 そう見据える渡織の顔は無表情で、そこには何の感情もない。しかし、彼には最初か

らこういう事態になることが理解できていた。


 「ああ、ちゃんと私は告げたよ。あの入学式の日に、世界を滅ぼすってさ」


 狼男の頭を撫でながら告げる覇照は、あの時感じた魔王そのもになって強烈な圧迫感を与えた。


 「ああ、覚えているさ。なあ――エゴイスト」


 あえて、渡織は告げる。あの日、覇照が自分に向けた言葉で皮肉るのが正しく思えた。

 

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