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最終章 ② ―終わる世界で―

 「どうした!? 何故、そんなことになる!? 私と渡織は、ずっとずっと戦い続けるのだろう!?」


 「それはできない」


 それは渡織の完全な否定だった。

 覇照は渡織なら、全てを受け入れてくれると錯覚していた。自分を許容してくれる存在が現れ、その自分とずっと向き合ってくれるのだと。

 その感情を覇照は気づいていない、彼女はそれに自分で気づくほど経験をヒトらしい経験を積んできていない。


 「なんでだよぉ、どうしてだよぉ……!」


 あの覇照が泣いていた。子供のように手を動かし、そして空いた左手で渡織の体を何度も殴りつける。炎を放ち、雷を放出し、衝撃波を渡織の体にぶつける。直接触れれば、その手も動きを止められてしまうので、覇照は直接触れるような攻撃はできない。しかし、その攻撃は全て渡織の防御を貫くことはない。

 覇照も直接干渉する攻撃が、最も有効な手段だった。渡織は自由になっている左手で、代わりに渡織は覇照の体を抱き寄せた。

 最初はその抱擁から逃げるようにジタバタと体を動かす覇照だったが、己が抗えないことに気づき、その力を抜いていく。


 「俺は、俺達はたくさん間違えてきたんだ。……覇照、お前本当は破滅なんて、どうしていいか分からなかったんだよな? 知らない、とか、やってみる、とかそうじゃなくて……何も分からなかっただけなんだよな」


 覇照の顔が絶望を叩きつけられたように歪む。


 「そんなこと、あるわけないっ。私は……破滅を知っている。破滅が、どういうものか分かっている!」


 「いいや、分からないのさ。口ではたくさんの言葉を並べても、それがどんなものか知らない。そして、その結果がどんなものかも分からない。誰かに構ってほしくて、ひたすらにずっとじたばたとする子供と一緒さ。親の言葉を借り、こじつけの理由を用意して、ただ誰かが自分を許容するのを望み続けていた」


 「渡織、それは間違いだ! 私は純然たる破滅を知っている! 世界に破壊と殺戮を誇示することが破滅なのだ! 理由とかそういうものは、私は興味がないと言ったはずだろ!? 私のことを分かったようなことを……!」


 「分かるよ。俺も一緒だからさ。ただ、結果としての破滅を間違えただけなんだよな。……じゃあ、どうして、いつでも終わらせることのできる俺との戦いをやめなかったんだ?」


 暴れ回り、渡織の背中を爪で掻き毟っていた覇照の手がピタリと止まった。それは、渡織に説明することのできないことを問われたからだ。


 「私、は……」


 「ずっと一緒に過ごしたいと思ったんだよな。きっと、お前は遊びも知らなくて、これがお前にとっての遊びと一緒だった。俺とずっと遊びたくて、ずっと戦いを止めなたくなかった。最初は本当に何も考えずに破滅だけを考えていたかもしれない、もしかしたら、俺と出会わなければこんなことにならなかったかもしれない……。始まりが一緒なら、お前の破滅と俺の破滅は一緒で、俺達の破滅はここで終わる。――俺はお前の破滅を受け止める」


 渡織の言葉を耳にした覇照の頬から涙がこぼれた。それは嬉しいのか悲しいのか、寂しいのか辛いのか、どういうものか覇照には分からない。しかし、覇照は自分がここで生まれて初めて泣いていることだけは思い出すことができた。

 力なくうなだれるだけだった覇照は、渡織の背中に手を回した。強くはなくても、震えるその手が渡織は自分の選択が間違いではなかったことに気づかせた。


 「この感情は、なんなのだ。……私は知らない」


 「俺もよく知らない。ついさっき、それに気づいたばかりだからさ。もしも、違う出会い方をしていたら、俺とお前はずっともっと違う何かになっていたかもしれないな」


 「なにかって?」


 二人を包むように、光の粒子が両者の肉体から放出される。光の粒は空に舞い上がり、穏やかにその輝きを増していく。その光は渡織の破滅を、作り出そうとしていく。

 渡織の罪と覇照の罪を、全てを覆い隠して行くように。


 「さあ? ただ……今のお前となら、悪くないなて思うよ」


 覇照は年頃の少女のように小さく笑う。


 「じゃあ、祈るさ。私の力は想像を具現化させる。分からないから、興味が出てきたよ。どんなものだろうか、そういう私達というのは?」


 ほんの少しのズレが互いを狂わせた。

 今の覇照の顔を見れば、そう思わせた。


 「さあな? 分からないからさ、一緒に探しに行こう」


 「……そうだな、分からないから、求め続けよう」


 今度は強く強く抱きしめあう。互いを放さないように、ずっとどこまでも追求するために。


 (こういう破滅も悪くない、これで俺はやっとヒトになれる気がする)


 そう考え始めた頃、自分よりも先に覇照の体が消え始めていく。

 アルファオメガの干渉により、覇照の体は完全に消滅する。そして、渡織の体も覇照へ力を送り続けたことにより、その命を力を失うだろう。

 じっと自分の顔を見つめる覇照に笑いかけた


 「すぐに追いつく」


 その顔を見た覇照は安心したように笑う。


 「待っている」


 そうして、羽佐間覇照はこの世界から消え去った。

 世界を憎み、自分を失い、何を求めたのか忘れ、たくさんの罪と共に少女は消えた。これから、どこへ向かうか分からない。しかし、渡織はすぐにそちらに向かう。

 渡織の体にぼんやりとある感覚が宿る。――覇照を失ったことで生まれたアルファオメガだ。そして、アルファオメガに祈る。


 「覇照、お前の罪は俺が全て滅亡させる」


 渡織は消えいく体で両手を広げて、強く祈り念じた。


 「――アルファオメガ」


 渡織を中心として世界に、光が広がっていく。

 それはどこまでも優しく穏やかなアルファオメガの輝き、人によっては大きな花に見え、人によっては世界へ羽ばたく大きな鳥にも見える。誰が見ても、それは破滅の力ではない。しかし、それは間違いなく、一人の――二人の少女のために広がる光。

 覇照の破壊で生まれたものは、全て再生し、そして世界は穏やかな日常へと変わっていく。ただ、渡織は一つだけ個人的なことを望んだ。


 「最後に、アイツに礼ぐらい言えばよかったな」


 自分がそんなことを考えることに、何故か笑ってしまう。

 渡織はそこに小さな笑い声を残して、その世界から完全に消滅した。




               ※



 そうして、日常が始まる。

 渡織と覇照が消えた後、崩壊した学校や街には覇照のアルファオメガの力で死んだはずの人が全員生き返っていた。

 あの騒動で巻き込まれた人も関係なく、悲劇の一日で死んだはずの人が全てが何事もなかったように体を取り戻し、命を取り戻していた。

 日本中では大きなニュースとなり、様々な憶測が飛び交うことになった。しかし、誰もその真実に辿り着くことはできない。街中の人間が見た白昼夢にしては、被害があまりにも大き過ぎた。しかし、その日の悲劇は二人の行方不明者だけを犠牲に、一風変わったオカルトニュースとして世間の波に流されていく。

 どれだけ騒ぎになろうが、あの事件で死んだ人間はいない。二人の行方不明者も友人や知人がいないので、すぐに忘れ去られていくのだろう。しかし――あの少女は、その世界で生きている。



                ※




 ……この手帳を書くのは久しぶりです。

 あのグチャグチャになった校舎の中で、これを手にした時に、君の記憶が蘇りました。

 君が泣いてくれたこと、君が抱きしめてくれたこと、君が私の名前を呼ぶその瞬間のことが今でも目に浮かびます。

 みんなには記憶がなく、何も思い出せないみたいですが、私はこの手帳のおかげで思い出せます。


 たくさん、君にありがとうと言いたい。

 たくさん、言えなかった言葉がある。

 

 貴方は、この世界からいなくなる前に何を思ったの?

 私達は、どうして生きているの?

 滅亡を望んだ貴方の滅亡は、ここまで優しいものだったの?


 ……これ以上考えたら、きっと君とあの子と同じ道を歩み出しそうで怖いです。この手帳を書けば、君に言葉が届けられる気がして、今ここで書いています。

 

 今日が卒業式です。

 卒業、おめでとう。卒業証書は、君達のお墓に持って行きます。ちゃんと、卒業式みたいに名前を呼んで渡すので、笑うのはやめてください……。

 

 一つ報告があります。

 君達が消えてしまった日から、私は少しだけ強くなりました。

 いじめられても、無茶なことを言われても、嫌なことを嫌だと言えるようになりました。そして、勉強もたくさんしました。

 どれだけ醜くても、どれだけ滑稽でも、私が抗い続けて前に進む続ける。何かを求め続けることが大切だと思えるようになりました。必死に生き続ければ、何かが変わる。全てを諦めていた私は、もう全てを諦めない。

 君から貰った命を、私は無駄にはしない。

 いつか君に会えた時、言いたいことや……その、少しだけ……文句もあります。

 

 君は笑ってくれるかな? それとも、また呆れた顔をするのかな?

 あぁ……でも、そんな君の顔も全て、私は見ていたい。

 ずっと後ろから追いかけ続けた私が、今度は君に追いつくから。

 ねえ、だから……その時は、少しだけ褒めてください。


 終わる世界で、終わり続ける世界で、君のその背中を追いかけさせてください。


 それでは、この辺で。

 いつかこの手帳を読んで、自分は若かったと恥ずかしい気持ちになることはあるのだろうか。……いや、それはないだろう。


 では、またいつか。



                完

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