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第一章 ① ―ハジマリ―

自分が書いたものの中では、残酷描写が多めです。そこだけ気をつけてもらえれば……。

 「――世界を滅ぼします」


 入学式も終わり、最初のホームルーム。

 高校一年生になったばかりの相高渡織アイタカトオリの斜め隣に座る少女が、さも当たり前のように発言した。

 冗談かと思い、同じく紹介を終えたばかりの担任が薄く笑う。それが正しい反応だと思ったかのように、一部の心優しいクラスメイトも何かの冗談だと小さく笑う。

 黒髪を赤いシュシュで結えたポニーテルを揺らし、嘘などついたことのない真っ直ぐな瞳。顔は可愛さを終え、既に大人としての美しさを漂わせる。

 こんな冗談でもクラスで浮くような発言をしない限りは、かなりモテたのかもしれない。

 少女は言葉を続けた。


 「まずはこの学校を滅ぼします。その後、この街を。そして、国を奪いにいきます。その頃には、日本という存在はなくなっているはずです。私には準備がある。用意がある。ただ、滅ぼすだけでは、不満もある。そのための自己紹介をしています。一応、私の世界滅亡を止める人がいるのではないかと思って、言ってみました。……見たところ、そんな様子の人はいませんね」


 見下すようにキョロキョロと見回せば、既に笑っている人はいない。クラス中が困惑をしていた。

 担任教師にしてみれば、これ以上に話が伸びるなら今すぐにでも止めようかとする様子だ。

 それはそうだ、こんなの当たり前に生活する学校という小さな空間では――自殺行為とも呼べる状況。高校生という年代は、一つの突出した異常を許容する気持ちを持てるほど世界を知らない。

 弱く異質を怖がるのが、今の若者の多数だ。

 滅ぼすという少女は止まらない。


 「ヒーローでもバケモノでも問いません。止めれるなら、止めてみなさい。それすらも、私にとっては喜び。この私が絶望を、貴方達は希望を渇望なさい。できることといえば、それぐらい。では、来るべきXデーにお会いしましょう」


 少女は歩き出す、真っ直ぐについ数十分前に入ってきた教室の扉へ向けて。そして、くるりと無言のクラスメイトに向けて振り返る。長い後ろ髪が舞うように揺れる。


 「――以上、波佐間覇照ハザマハテルの自己紹介を終わります。……ごきげんよう、皆様」


 スカートをつまみ、まるで絵本のお姫様のように優雅な仕草で頭を下げれば、教室の外へと歩き出した。

 その時、渡織の中には息が詰まるような、不思議な感覚が胸の中に膨れ上がっていた。苦しいけど、辛くない。楽しいけど、嬉しくない。

 言葉にすることは難しい、しかし、ひたすらにドキドキと胸は激しく鼓動を打つ。

 この感情、口にしてしまうなら――。


 (――俺は、波佐間覇照に惹かれている)


 その瞬間から、世界を破滅に導く存在に心を鷲づかみにされた気がした。望んでいたのだ、渡織はずっと”破滅”を実行する存在を求め続けていた。閉じられた扉を見ながら、強烈過ぎる覇照という女の存在感が残留しているようだった。



              ※



 どこにでもある公立高校。そして、そのあまりにも平凡な学生生活を送るのは相高渡織。

 第三者から見れば友人が多いわけでも、少ないわけでもない。どのようなタイプの人間ともそれなりにこなせるのが彼。しかし、それは、ある意味では自分がないともいえた。ただ彼かしてみれば、自分がないというのは、少し正しくはない。彼は、自分というものを殺して生きることのできる人物でもあった。


 教室の角で長い前髪を搔き、読書に集中する彼はカッコいいかどうかと聞かれれば、三割がそうでもないと答えて、七割はそれなりに顔が良いと答える。良い意味で平凡、男からも好かれ女からは喜ばれる顔をしていた。

 そんな彼がずっと熱中しているのは、今、手の中に広げている本の物語ではない。

 顔を上げれば、教室をぐるりと見回す。


 (波佐間覇照……)


 今日は二年生の始まりの日。ホームルームさえ終われば、今すぐにでも帰れるという状況にクラス中は浮き足立っている。

 おそらく、今この教室内で彼女のことを考えているのは自分だけだろうと思う。

 あの入学式の日から、彼女は通学していない。担任の先生が何度も、家に窺ったのだが常に留守だった様子だった。そして、誰にも知られず世界の波の中に埋もれるように彼女はこの学校の生徒ではなくなった。

 それでも、渡織は待ち続ける。

 探しにいけばいいのかもしれない、しかし、どうせ見つからない。そんな予感があった。――だって、彼女は世界を破滅へ導く存在。

 人は今生きている世界で、目の前のものに破壊をぶつけ、憎しみを吐き出す存在。しかし、普通は、思わないのだ。自分の目の前の光景を恨むことはある。だが、世界を壊すというのは、方法すら分からない。それに、方法を知ったとしても、それは絶対に叶うわけがない。それが、幼稚過ぎる世界の滅亡という夢幻。

 だから、渡織は思うのだ。


 (世界を滅ぼす、なんて発想は壊れているんだ。そして、俺はそれを――)


 いつからか、渡織は自分の異常性に気づいていた。

 渡織の過去は、世界という大きな存在に殺された。その時から、渡織は起きる出来事一つ一つに世界を感じていた。そう、きっと、今だって――。


 ――キャアア――!


 どこからか悲鳴が聞こえた。そして、渡織は席を立ち上がる。

 クラスはざわざわと揺れる波のように気持ち悪い。読んでいた本を、机にそのまま置く。読みかけの本だが、仕方ないだろう。


 「遂に来たんだ」 


 そう口にすれば、教室の扉付近にいたお調子者の男子生徒の頭が弾け飛んだ――。





 静まり返り、その後、耳を裂くような絶叫。クラスメイトは床を這い回り、弾け飛んだ彼の近くにいた生徒達は腰に力が入らなくなったのか、その場に膝をついていた。


 (みんな、何をしているんだ……?)


 阿呆だと渡織は思った。

 早く、教室の外に飛び出すか、窓から逃げるぐらいした方が安全だ。

 それなのに、クラスメイト達は窓際に集結する。そして、次に動けなくなって尻餅をついていた生徒数人の頭が弾け飛んだ。

 中途半端に残った頭が転がり、潰れたトマトのように床に転がる。


 ――!


 大絶叫。耳元で叫ばれたような声の嵐。


 (うるさいから、イヤホンでもしてようか。いや、そんなことしたら、俺も死ぬな。……それは望んでいない)


 もともと窓際だったせいか、不幸にもクラスの人間達の最後尾に立っている。


 「人間の盾だな」


 そう呟けば、誰も気づかない。

 みんなそれこそ死んだように静かだ。

 視線が一点に集まり、その先には異形の怪物が立つ。


 「なるほど」


 道理で、納得。教室でもあまり喋らない渡織だったが、声を出してしまうほどには驚いた。

 そこには、鹿男がいた。

 どういえばいいのか、そうとしか表現できない。

 黒いスーツに頭のところは、鹿の頭。例えではない、顔が細長いわけでも、やたらと長い耳があるわけではない。あの薄い茶色の毛に、二本の枝分かれした本物の角。一見すれば、邪気の感じない黒いつぶらな瞳。頭が長いせいか、その身長は二メートル以上あるようだった。単純に言ってしまえば、男の頭をそのままに鹿の頭部に入れ替えた感じだ。


 「しかせんべい、しかせんべい」


 その口がもごもごと動けば、人語を喋り出す。声は男のものだが、マイク越しに話をしているかのように、何故かエコーがかかって耳に届いた。しかし、わけのわからない。何が、”しかせんべい”なのか? そう思った途端。


 ――パァン! 絶叫。悲鳴。泣き声。

 最も鹿男に近い生徒の頭が弾け飛んだ。スプリンクラーのように噴出する血液に吐き気を感じるものの、一つだけ特性を理解した。


 (”しかせんべい”は、攻撃方法。それを口にするこで、頭を粉砕したのか)


 それを教えようと思ったが、教室中はそれどころではない。

 逃げようと動き回るが、外に出ようとした生徒が真っ先に――。


 「しかせんべい」


 ――の餌食となった。三つ目の潰れたトマトに目をそらして、渡織は諦めていた。この混乱が落ち着くことはない。もしかすれば、息を合わせ、全員死亡するという結末は覆すことができたかもしれない。しかし、今の状況では不可能。

 教室中を走り回り逃げれば隅に行き、教壇の下に隠れたり、窓から逃げようとしたり、この空間から出ようとしたものは、”しかせんべい”の攻撃を受けた。

 絶命していくクラスメイトの中、死体が小山のように折り重なった場所で渡織はそっとその場に寝転がった。


 (奴は飛び出して動くものを目で追っている。逆に動かなければ、生きているかどうかの判断もできないのではないのだろうか。……ダメならば、ここで死ぬだけか)


 ここでダメならば、それまでの命。

 悟りきった存在のように、クラスメイトの悲鳴を耳に目を閉じ、片手だけ動かして、自分の顔に先程まで息のあった人間の血を塗る。これも、なるべく相手の目を騙す手段だ。ニオイで判断されたら、たまったものではない。

 正直、クラスメイトには申し訳ないと思う。こんな壊れた心の自分でなければ、もっと冷静にクラスをまとめることができたのかもしれない。すまない、もうしわけない、罪悪感もなく軽く謝罪するように心の中で謝る。

 声が少なくなり、聞こえなくなった。どうなったのだろう、そう思い薄めを開ける。


 「ひぃ……ぃやぁ……」


 足元をガタガタと震わせて、女子生徒が尻餅をついていた。目を動かしてみれば、そこには、ただ一人だけ。

 鹿男と女子生徒。


 (……町屋慧)


 町屋慧マチヤケイ。大きな分厚いメガネに、おかっぱの黒髪。時代外れの格好をした女子で、いじりに近いいじめを受けていた。不思議な女で、明らかにいじめだろうと思う光景なのに、「いじられキャラだから仕方ない!」なんてわけの分からないことを言っていた。

 それはいい、だがこれはチャンスでもある。ヤツの興味は一人に向いている。反撃をするとすれば、この瞬間。ここでじっと待っていても助かる可能性はあるが、奴がこの教室に待機するならその可能性はかなり低い。

 血まみれの体をそっと起こせば、そろりそろりと鹿男の背後に回りこむ。ぬかるんだ地面に足を滑らせるような間抜けはしない。転がる死体に躓かないように、鹿男の後ろに立つ。


 「しかせんべい、いる?」


 振り返る鹿男――。


 「しかせ――ァギィ!」


 ――その目にカッターの刃を突きたてた。

 ゼリーを掻き混ぜるその感触に気色の悪さを覚えつつ、ぐりぐりと掻き混ぜれば、鹿男は太い悲鳴を上げていく。


 「しぃ……かせ――」


 無事な方の黒い目が、渡織を追う。


 「――おっと、あぶねえ」


 目に刺さったカッターを抜き、もう片方に突き刺す。

 鹿男は唾液を口元から垂らしながら、


 「しかせんべいぃ! しかせんべいぃ!」


 悲鳴にも似た声を上げ続ける。


 「お前、目で見たものしか、殺すことできないんだな。なら、弱いよ」


 カッターの刃先を全開まで出せば、そのまま脳髄を貫き貫通し頭を掻き混ぜるように動かし続けた。そして、鹿男は激しい絶叫と体制を崩していく。

 カッターがうまく抜けずに、そのまま突き刺した状態で渡織はバックステップでその場から逃げ出した。

 大きな音を立てて、ピクリとも動かない鹿男はこれで絶命したようだった。


 「ふう、やれるものだな」


 息を吐けば、呼吸をしたことを後悔した。肺に流れるのは吐き気を催す臭い。これは、たぶんこの教室だけのものじゃないはずだ。


 (とにかく、ここから離れよう)


 そう思い、渡織は教室の外へと歩き出そうとするが、ズボンを引っ張る感触に足を止める。


 「ん?」


 「た……たすけて……。私をたすけて、くれるんじゃない……の……?」


 どうやら腰に力が入らないようで、そこで尻をついている様子。

 慧の存在を忘れて渡織は、うーん、と考えるように頭を搔く。


 「どちからというと、俺は助けるって感じじゃない。それでもいいか?」


 「へ……?」


 涙まみれの顔で慧が、渡織を見る。


 「――世界を滅ぼしにいくのさ」


 鹿男の出現から完全に無表情だったが渡織は、その発言と共に口の端を大きく曲げて笑った。

 

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