勝ち⇔負け
「大手ですよ」
将棋盤の上でパチリと音が鳴ると同時に私は目の前にある王将をとると、彼の鋭い瞳が細く細められると、同時に将棋盤の上にあるコマたちが目の前の男の手によってジャラリと机の上に落とされた。
「もう一度、やる相手になれ」
生徒たちがワイワイと騒ぐ午前中とは違い放課後の教室はとても静かだ、この花桜高校では部活に真剣に取り組む生徒が多く教室に残る生徒など誰一人いないそんな空間が私は好きだった。そんな教室で私は将棋盤の上に決められた配置で駒を置き、数日前に買った将棋の本を片手に頭を捻りながら配置を変えていく。一人で楽しいの?と友達やら周りの生徒に言われがちだが、私は花桜高校のただ一人の将棋部だったりする。私自身将棋部を作ろうなんて大それたことは考えた事はなかった、一人で放課後に将棋を指すのが日常となっていた時に、ひょんなことかクラスの先生も将棋好きと分かり二人で指しているうちになぜだか部活になっていた。今日はその先生が会議で部活に参加できないということで一人将棋に精を出していたのだが、珍しくガラリと開いた教室の入り口に目を向けるとそこには花桜高校切っての天才とうたわれ崇め称えられている生徒会長様が立っていた。突然の来訪者がまさか有名人とは思わず私はポカリと口を開いたまま固まる。確か名前は桜木優斗という名前だったはずだ、外国人の母と日本人の父を持つハーフという事もあり明るいブラウンの髪、端正な顔、そして宝石のような美しい青い瞳をもつ彼は女子生徒の間でもとても人気が高い噂では、一日に何度も女子生徒から告白されるとか・・・地味に平穏に生活をという意味不明な座右の銘を持つ私としてはぜひとも関わりを持ちたくない相手だ。有名という点だけではなく私は彼が苦手だ。人を威圧するような態度が少し怖いわけで・・・・
「やはり今日もいるようだな」
いつも私がここいる事を知っているような発言に私は目を瞬いた。
私が彼を知っているのは分かるのだが逆は不思議過ぎないだろうか・・・
「はい 一応はここが部室という形になっているので」
不思議に思いながらも私は返答をすると、彼は教室の入り口をくぐり私の目の前にある将棋盤を挟み、正面に座り腕を組み威圧的に微笑むのだ
「一度 君と将棋を指してみたかった 相手になれ」
「へっ?」
突然の思ってもみなかった彼の発言に間抜けな声を出してしまった。
「僕に何度も同じことを言わせるな 相手になれ」
そしてもう一度彼は不機嫌そうに言った。
「はっはい!」
もう一度言ったら殺すぞと言わんばかりに言われた言葉に私は慌ててうなずいた。
部屋の中では時計の音、外から聞こえる部活の声、そして将棋の駒を指すパチンという音が響くだけだ。
彼の将棋は強いだけど、隙はある・・・
何時間たったか分からなかったが、勝負はついた。
「大手ですよ」
将棋盤の上でパチリと音が鳴ると同時に私は目の前のある王将をとると、彼の美しい青い瞳が細く細められると、将棋盤の上にあるコマたちが目の前の男の手によってジャラリと机の上に落とされた。
「もう一度、やる相手になれ」
外を見るとなかなかに薄暗くなり始めているのだが、彼の瞳からは終わりという言葉はない様子で、目が少し怖いです。
「あの・・・もう夜の7時も回っていることですし、そろそろ帰りませんか」
恐る恐る声をかけると青い瞳がこちらを見つめるというか睨むのだ、私は慌て目を逸らす。
「僕から勝ち逃げとは いい度胸だね 葵」
その発言に私は慌てて眼を見開いた、なぜ私の名前を知っているのだろうかと・・
確かに同じ学年であることは間違いないが彼と私の接点なんて皆無、早く言っちゃえば王族と農民ぐらいの格差があるのではないかと思う。
「あの・・・・なんで私の名前知ってるんですか・・・・」
恐る恐る尋ねると彼に大きなため息を付きながら、こちらを見た。
「初めにも言ったはずだけど 僕は君と将棋を指したかった、だから調べた」
「はっはぁ・・・・・」
納得いかないような、行くような感じだがそんな風に返事をすると彼の整った眉毛が顰められた。
「返事はそれだけなのか 僕にここまで言わせとていて」
「すっすみません」
また威圧的に言われて慌てて謝ってしまった。
「葵 今日のところは君の勝ち逃げを許してやる その図太さ嫌いじゃない」
そう言って椅子を引き立ち上がると同時に、彼は私の髪に毛を引っ張り顔を寄せたかと思うと威圧的に微笑んだ。
「僕は君を好きになりそうだよ」
良く分からないがどうやら私は彼に気に入られたらしい。
私としてはとても迷惑と思わないでもないが、今言える事は髪を引っ張られてとても痛いです。
「また同じ曜日にこの教室で」
髪から手を離すと、彼は教室から出て行ってしまった。
・・・・・はっきり言おう私はこれを発端に彼が嫌いになりました。
あれから数週間彼は宣言通りに私と将棋を指しに来た、そのたびに打ち負かしたが、そのたびに髪を引っ張られさんざんな目に会っている。
そしてさらに私は彼を嫌いになっていた。
今日の彼も威圧的に腕を組みながら目の前に座っている。
「今日は葵にはっきり言おうと思ってね 君を僕のものにすることにした」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
その発言に私の動きは固まった。
彼は一体、日々何を考えているのか訳がわからない。
「ここまではっきり言っても分からないのか?」
茫然としている私を他所に、彼はかわいそうな子を見る目で私を見ている。
「あの・・どうしてそうなったんでしょうか?」
恐る恐るそう尋ねると、彼はいつも通り私の髪を引っ張り自分の方に寄せた。
鼻と鼻がくっつきそうだ、そして目の前にある青い瞳に私はあたふたとしていた。
「はっ!?あの!えっ!??」
驚きのあまり意味不明の発言をしてしまう
「このまま負け越しは僕自身が許せない だから君自身を僕のものにする だから君は心を僕に渡せ」
そう言って唇を寄せてくる姿に、私はすかさず自分の手で自分の唇を死守した。
「あのっ!?桜木君 落ち着いてください むしろ冷静に考えてください」
目のいる彼から離れようとするが、髪を掴まれていてはどうにもならない。
「葵 僕を馬鹿にしているのか いつでも僕は冷静だよ」
あいかわらずギュウギュウと髪を引っ張ってくる彼に私も自分の髪を掴み、攻防する。
「いや あのっ・・・こういう行為はですね 好き合っている 男女がする行為でして・・・そうでない二人がやるものではないと思います」
「だから言ったはずだが 君が僕に心を渡せばそれだけで済む話だ 僕を好きになれ葵」
彼が私を引き寄せようとするが、私も負けじと体を引き離す。
「それが出来たら苦労していませんよ はっきり言いますが 私はあなたが嫌いです」
私がそう切り返すと彼の瞳が自信ありげに笑う。
「知っているよ そんなこと だけど君は僕を好きになる」
「!?」
暗示のような言葉に私の顔が火のついたように熱くなり押し黙ってしまうと、彼は髪を引っ張っていない方の手を私の顎に掛ると同時に重なった唇に先ほどよりもほほが熱くなり、抵抗していた気力すら無くなってしまう。数秒間の口づけの後に彼が唇を離すとまた自信ありげに微笑んだ
「抵抗しないということは、君はもう僕のものになったということだね」
「もう勝手にしてください」
相変わらずの発言に私は投げやりにそんな言葉を返した。
「言われなくてもそうする」
そう言って再び重なった唇に私は自然と瞳を閉じていた。
強引な彼に振り回される私はこれからどうなる事やら、とりあえず言える事は今日からの学生生活は地味で平穏ではないという事。