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100のお題

引き金

作者: 紅瓶

脳みそが起きはじめると、まぶたの裏側が真っ赤になっていることに気づいた。

太陽の光が強いんだ、と伊莉亜は理解する。幼稚園で習った「手のひらを太陽に」の歌詞にもあった。

すかしてみれば、真っ赤なちしおが、うんたらかんたら。

もう少し寝ていたい気持ちを押して、伊莉亜は目を開ける努力をする。手足が砂まみれで、気持ちが悪いからだ。

目の前に広がる景色に、伊莉亜は口をあんぐりとあけた。

辺り一面が、だいだい色。砂と岩しかなかった。風が吹いて、丸く絡まった枯れ草が右から左へと流れていく。

テレビで見た事がある気がした。たしか、荒野、というやつだ。さっきまでは、おじいちゃんのおうちで寝ていたはずなのに。なんで?

心の中が不安でいっぱいになる。目には涙が浮かんだが、ここは我慢。お母さんに「簡単に泣いちゃだめよ、もうすぐお姉ちゃんになるんだから」と言われているからだ。

そう、お姉ちゃんになるのだ。そして、もうすぐ小学生にもなる。おなかの大きいお母さんと、まだお母さんの中にいる赤ちゃんを頭に思い浮かべて、立ちあがった。

「へいお嬢ちゃん、そんなところで何してるんだい」

大きな声がする方へ顔を向けると、そこにはウェスタンハットをかぶった大男がいた。いつかテレビで見た、せいぶげき、の主人公そのものだ。腰にはピストルを提げている。

今時こんな格好をする人がいるんだなぁ、と思って目をお皿にしていると、大男はかってにしゃべり始めた。

「実は僕も迷ってしまってね。いやぁ、走り慣れているはずの荒野なんだが、うっかりルートを外れてしまったんだ。しかも困ったことに、僕の愛馬も逃げ出しちゃったんだよぉ。ああ困った。凄腕ガンマンの僕としたことが。ところでお嬢ちゃん、街までの道を知ってたりはしないかい?」

大げさな身振り手振りを交えて、早口で一気に話す大男。伊莉亜は頭で理解するのが追いつかなくて、目をガラス玉にして大男の次の動作を観察した。

大男は、「しないかい?」のポーズのまま、伊莉亜を見つめ続けている。

ようやく伊莉亜は自分がなにかを聞かれている事に気づき、慌てて口を開いた。

「あのね、さっきまでおじいちゃんのおうちで寝ていたんだけど、起きたらなんでかここにいたの。おじさん、ここはどこ?」

大男は「しないかい?」のポーズをようやく解き、次の瞬間大声で「わからんっ!」と叫んで両手を大きく広げた。



ウェスティーは困り果てていた。護衛の仕事の道中で賊に襲われ、愛馬を囮にしてなんとか逃げ切ったはいいものの、広大な荒野で道を見失ってしまった。幼少期の座学を真面目に受けていなかったせいで、地理に関しては無知も同然だった。

太陽の位置から街の方角を推測することは出来たが、歩くとなると何日掛かるか、見当もつかなかった。

なんとしても道を見つけ出して、行き交う馬車に拾ってもらわなければ。ウェスティーは決意を新たに、ずんずんと荒野を進む。

「おじさん、まってぇー」

この子のことを忘れていた。とてとてと駆けてくる。

偶然出会った少女。見たところ、5、6歳ぐらいだろう。名はイリアと言うらしい。妙な名前だ。

成り行きで連れていくことになってしまったが、正直言ってかなり足手まといだった。10分ごとに休憩をせがむし、疲れたから「だっこ」をしろとしきりに訴えてくる。「だっこ」も「おんぶ」も意味が分からないから無視をした。

「つかれたよ、おじさん」また休憩か。

空を見上げると、いつの間にか日が傾いていた。

「よしお嬢ちゃん、今日はここで野宿しよう」

「のじゅくって、なに?」そんな事も知らんのか。

「野宿って言うのはだねお嬢さん、ここで寝るって言うことさ」

ウェスティーは勢いよく地面を指さした。

イリアは目を点にして、指の先にある地面を見つめた。

「お布団は?」

「おふとんってのは、なんだい?」

イリアは目が点のままウェスティーへ視線を向け、ゆっくり首をかしげていった。

同じようにウェスティーも首をかしげ「君の言っていることはよくわからない」と正直に告げた。

イリアははっとしたように首をもとに戻した。

「もしかして、ここは日本じゃないの?」

ウェスティーは首が痛くなるほどさらにかしげた。

「にほんってのは、なんだい?」


火おこしの道具を持っていて助かった。荒野のど真ん中。風を遮るものは何もないから、夜はかなり冷える。

ウェスティーは焚火の近くで横になり、うつらうつらしていた。

イリアはウェスティーと対面に陣取り横になっていたが、しばらくして「さむい」とつぶやいてウェスティーの懐にもぐりこんだ。

確かに麻の布1枚だけでは寒い。イリアが脱ぎ捨てた麻布を引っ張り、2枚かけた。

イリアが寝息を立て始めると、つられるようにウェスティーも眠りに落ちた。


どどど、どどど、どどど。

不吉な音で覚醒した。生まれてからこれまで、いやと言うほど聞いてきた、馬の足音だ。

目を開けると、朝になっていた。

ひひーん。

こんな荒野の辺鄙な場所に現れる馬に乗る奴は、賊しかいない。ウェスティーは飛び起きた。

「こんなとこでなにしてんだい、げへへ」

下品な大声に、イリアも目を覚ました。

「来るな賊共、僕たちは何も持っちゃいない」

ピストルに手を掛ける。かすかに手が震えていた。

「おめぇその恰好からすると、ガンマンだな。その銃寄越しな。ガンマンのそれは高く捌けるんだ。げへへ」

賊の手下共も短刀を手にげへへ、げへへ、と言いながら近寄ってくる。

ウェスティーはピストルを抜いた。引き金には指を掛けない。相変わらず手は震えている。

ちらりと隣を見ると、イリアも麻布にくるまってぷるぷると震えていた。

「ん?その顔、なんだか見たことあるぞ」

賊の視線はしばらく宙を彷徨い、閃いたように「あ」と声を上げた。

「おめぇ、弱虫ウェスティーだろ。街では有名だよなぁ。一度も引き金を引いたことがないガンマン。腰抜けにも程があるぜ。げへへ」

手下共のげへへが一層大きくなった。

イリアがぷるぷると震えながらガラス玉の目を向けてくる。こっち見んな。

賊の言っていることは正しい。ウェスティーは、生来の弱虫だった。

護衛で賊に襲われると要人をほっぽり出して逃げ、決闘を申し込まれても絶対に受けない。

なんでガンマンやってるの?とよく聞かれ、だってカッコいいじゃないか、と返している。

ウェスティーは、人を殺す事が怖かった。なぜなら、弱虫だからだ。

「こいつ、足まで震えてやがる。げへへ」

踏ん張れ、という脳の命令を受け付けず、今にも逃げ出そうとするウェスティーの足は、ほとんど地団駄のように激しく震えていた。



ウェスティーの地団駄による振動が、伊莉亜のおしりにまで伝わってくる。

伊莉亜も怖かった。ものすごく怖い顔のおじさんたちがじりじりとにじりよってくるからだ。

今までウェスティーの方を向いていた怖いおじさんたちの目が、ぐるん、と回転して伊莉亜を捕らえた。ひぃっ。

「お、なんだこの子供は。売れそうだな。持ってけ野郎共」

「よせ、やめろ」

ウェスティーの途中で裏返った震え声と共に、どんっ、という銃声が響いた。

弾は誰にも当たらなかったが、怖いおじさんたちは目を丸くしていた。

伊莉亜も銃声に驚いて、目がビー玉になった。

でも、一番目を丸くして驚いていたのはウェスティー自身だった。

「ついに」

ウェスティー口から声が漏れる。震えも収まっているようだった。

「ついに引き金を引けたぞぉ」

飛びあがって喜ぶウェスティーに、伊莉亜は思わず拍手を送った。

「さぁお前たち。僕はもう弱虫ウェスティーなんかじゃない。ガンガン撃ちまくるから覚悟しろよ」

ポーズ付きでウェスティーが威勢よく宣言した。怖いおじさんたちは後退りを始める。

「ち、引くぞ野郎共」

怖いおじさんたちは去っていった。

「すごいよ、ウェスティーっ」

「ありがとう、イリア。君のおかげだ」

ウェスティーの事なのに、まるで自分の事のように喜べた。

次の瞬間、伊莉亜の視界がぐるん、と暗転した。



目を開けると、見慣れた天井が目に飛び込んできた。ここはおじいちゃんのおうちだ。

「なんだ、ゆめか」

目をごしごしとこすると、伊莉亜は自分の右手が何かを握っていることに気づいた。

手をパーにすると、そこにあったのはピストルの薬きょうだった。

伊莉亜は首をかしげた。

「ゆめじゃなかった……?」


とちゅうであきる。

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