表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

あんた、この行動をどう思う?

「なんなんだよ……あいつは……」

 家に帰った後、西村陽一は呆然とした表情で呟いていた。


 立ち入り禁止となっている病院跡、いや廃墟……陽一がそこを訪れる気になったのは、ほんのちょっとした気まぐれだった。真歩路駅から電車で十分、バスで十五分ほどの位置にあるというその廃墟、一応は立ち入り禁止の札が立てられており、ロープも張られている。だが人気のない場所に建てられているせいか、入り込むのは容易だ。

 そして陽一も、その廃墟に入り込もうとしていた。いずれ書く予定の作品……そこにはアウトローが多数登場する。廃墟の中での取り引き……そのシーンを描くために、まず廃墟を自分の目で見てみたい。


 昼過ぎ、陽一は廃墟を訪れた。日が出ていて明るい時間帯だとはいえ、広大な廃墟は不気味な雰囲気を醸し出している。さすがの陽一も、いざとなると入るのがためらわれた。

 しかし、意を決して侵入した。周りを見渡し、ゆっくりと歩く。ひょっとしたら、ホームレスや家出少年などが入り込み、住み着いている可能性もある。そういった連中を刺激するのだけは避けたい。

 廃墟の中は、昼間だというのに暗く、見通しが悪かった。廃墟の隙間から射してくる日光だけが頼りだ。念のために懐中電灯を持ってきてはいるが、明かりを持って歩き回るのは目立ってしまう。

 だが、階段のそばにさしかかった時……陽一の耳にかすかな物音が聞こえてきた。さらに、人が話しているような声も……陽一はその場で立ち止まる。姿勢を低くし、様子を窺った。

 どうやら、上の階から聞こえてくるようだ。押し殺したような途切れ途切れの声が聞こえてくる。

 陽一は考えた。これは、引き上げるべきか?

 いや、待てよ。

 声の主は、こんな場所で何をやっているのだ?

 話し声からして、一人じゃなさそうだし……。


 陽一は迷った。しかし、結局は好奇心が勝利する。陽一は階段を上がり、音のする方を目指してみた。


「はい……そうです……わかりました……」

 聞こえていた声は、突然に止んだ。そして、人間の動きに伴うような音。いったい何が起きているのだろうか……物音は大きな一室から聞こえてくる。窓が付いている部屋のようだ。日の光が通路にまで届いている。

 そして、またしても声が聞こえてきた。

「あ、すみません……いや、それはどうでしょうか……はい……いや、それは私の方では何とも……はい……わかりました……」

 声が止む。いったい何なのだろうか。初めは誰かと話しているのかと思いきや、一人の声しか聞こえてこない。電話で喋っているのか。


 では、わざわざこんな場所で電話する理由は?


 通路の壁に体をピッタリと付け、そっと覗いてみる……。


 そこには、スーツ姿の若い男が一人、古びた椅子に座り、机の上で何やら手を動かしている。陽一の存在にはまるで気づいていないようだ。ここから見る限りでは、ごく普通のサラリーマンにしか見えない……顔立ちも服装も地味だ。

 しかし、ごく普通のサラリーマンが……こんな廃墟で何をしている?

 陽一はじっと観察を続けた。いったい何をしているのだろう。ここから見る限りでは、机の上で何かを調べているように見える。だが、何を調べているのかはわからない。

 すると突然、男が立ち上がった。そして部屋の中を忙しなげに歩き始める。何やらブツブツ呟きながら……陽一は心臓が止まりそうになり、顔を引っ込めた。そして、音を立てないように四つん這いでその場を離れる。そして階段を降りたとたん――

 バタバタという足音。何やら声も聞こえてきている……陽一は恐怖を感じた。あの男は普通ではない。この廃墟で、何か恐ろしい計画を立てているのではないか? ピアスの男との喧嘩など、比較にならないほどの恐怖が全身を蝕んでいく……。

 次の瞬間、陽一は走った……廃墟の廊下を走り抜け、そして外に出る。振り返ってみたが、誰も追ってくる気配はない。

 陽一はホッとした。そしてバス停に向かい歩き始める。日射しが実に心地よかった。陽一は初めて、日の光に感謝する。この明るさがなかったら……自分の心は恐怖に支配されたままだったろう。


 バスに乗り、そして電車に乗って、陽一は家に帰ってきた。改めて、男のことを思い出してみる。陽一は確かに、一瞬ではあるが男と目が合ったのだ。男は自分の存在に気づいたはずだが……。

 それにしても、あの男は恐ろしい目をしていた……感情が全く感じられない不気味な瞳……そんな瞳で、男は何者かと会話していたのだ。しかも、その会話の内容は、ごく普通のものだった。あんな異常な環境下でするようなものとは思えない……。

 陽一は立ち上がり、両拳を握り構えた。そしてパンチを放つ。恐怖にとらわれた時ほど、体を動かせ……そんなことを書かれた本を読んだ記憶がある。陽一はひたすら虚空にパンチを打った。左でジャブ、右でストレート……その時、陽一の頭に閃くものがあった。


 あいつ、どこかで見た覚えがあるぞ……。

 そうだ……ニュース……いや、ネットの記事か何かで見た記憶がある……。


 ・・・


「鉄さん、残りの二人ですが……中島の方はわかりました。南部の方はまだですが……」

 事務所のソファーで寝ていた藤田鉄雄。だが、その眠りは火野正一の声により妨げられた。鉄雄はやや不快なものを感じながらも、体を起こす。そして正一を見上げた。

「そうか……で、中島ってのはどんな奴だ? 今どこにいる?」

「あ、ちょっと待ってください……今日は仕事しながらあちこち電話かけたりメールしたりで……飯食う暇もなくて……疲れましたよ……」

 言いながら、正一はどっかりとソファーに座る。そして段ボール箱の中からカップラーメンを取り出し、お湯を注いだ。

 鉄雄は正一の動きを横目で見ながら、ポケットの中に手を入れた。そしてぐちゃぐちゃになった一万円札の束を掴み出し、正一に渡す。

「正一……とりあえず家賃代わりだ。しばらく、この事務所で世話になる。いいな?」

「へ? いや、俺は構わないですけど。あ、ところで……その中島って奴のことなんですけどね……あれは昔も今も変わらない、本物のクズですね」


 中島隆一ナカジマ リュウイチ。覚醒剤の所持使用で何度も逮捕されている。三年前に実刑判決を受けて刑務所で服役し、半年前に出所した。現在は生活保護を受給しながら、真面目に生活しているのだという……うわべだけは。


「中島の奴は……薬物依存のために働けない、なんて言って申請を出してるんです。そのくせ、金が入るとちょいちょいシャブ食ってるみたいで……どうしようもないクズですよ。まあ、寺門や肥田に比べりゃマシですがね……」

 カップラーメンをすすりながら、喋る正一。

 それを聞きながら、鉄雄は考えた。ひょっとしたら、犯人の次の狙いは中島なのかもしれない……打つ手がない今、藁をも掴むつもりで当たってみるしかなかった。

「正一、まずは中島に話を聞いてみるよ。奴は今どこに――」

「よう、お前らずいぶんと仲良しだな……ひょっとしてお前ら、ふしだらな関係なのか?」

 声と同時にいきなり事務所に入って来た者、それは刑事の高山裕司だった。高山は掴みどころのない、奇妙な表情を浮かべてこちらに近づいて来る。

「い、いや……やだなあ、妙なこと言わないで下さいよ……」

 食べかけのカップラーメンをテーブルに置き、ぎこちない笑みを浮かべて立ち上がる正一。だが、高山は片手を上げて制した。

「いいよ……まずはそいつを食ってからにしろ。お前との話はそれからだ」

 そう言うと、高山は鉄雄の前に腰を降ろす。そして、猛禽類のような目で鉄雄を見つめた。鉄雄は無表情で見つめ返す。

「なあ藤田、お前はここで何やってる?」

「何って……別に何もしてませんよ」

「さっき黒川運輸に問い合わせたんだがな、お前は腰を痛めて仕事が続けられなくなり、辞めたって聞いたぜ。腰を痛めたわりには元気そうだな」

「腰以外はどこも痛めてませんからね」

 すました顔で、答える鉄雄。だが、内心では困惑していた。なぜ、自分ごときのことを細かく調べるのだろう。それでなくても、この辺りは大変なことになっている。銀星会のチンピラが殺気立っているのだ。さらに、マスコミの姿も目立つようになった。まるで映画にでも登場しそうな、グロテスクな事件……ネタに乏しい昨今、こんな事件にでも食いつくしかないのだろうが。

「藤田……お前は他のチンピラとは違う。何か目的があってここに来たんだろうが……まあ、それはいい。お前に聞きたいのは……五年前の話だ。お前、この男に見覚えはないか?」

 高山は一枚の写真を差し出す。鉄雄は写真を手に取り、じっくりと眺めた。だが、まったく覚えがない。どこにでもいる、平凡な男の顔だ。鉄雄は頭の中で、これまでに会った人間の顔と名前を片っ端から思い浮かべてみる。しかし、写真の男と一致する人物はいない。

「いや、見たこともないですね……こいつは何かやらかしたんですか?」

「五年前の夫婦惨殺事件……その殺された夫婦の子供だよ。運良く生き延びたんだがな……あ、すまん。ちょっと失礼」

 高山はいきなり立ち上がり、携帯電話を取り出す。そして扉に向かって歩き、話し始める。

「もしもし……ああ、わかった。今行く……」

 携帯電話で話しながら、高山は鉄雄に向かい片手を上げる。そして向きを変え、扉から出て行ってしまった。


「何だったんですかね、あいつ……いきなり来て、いきなり帰って行って……訳わからないですね」

 カップラーメンをすすりながら、呟く正一。鉄雄はもう一度、写真を眺めて見た。そう言えば、この男の名前を聞いていなかった。まあ、知る必要はないだろう。自分には何の関係もないのだ。それよりも、先にやらなくてはならないことがある。

「正一、中島の居所はわかってるんだよな?」

「え……あ、はい、わかってますけど」

「じゃあ教えてくれ。今から行って、話だけでも聞いてくる」

 そう言うと、鉄雄は立ち上がった。この事件が解決しようがしまいが、自分には関係ない。しかし、形だけでも動かなくてはならなかった。

 それに……個人的に一つ気になることもある。

 五年前に襲われたというカップル……どんな目に遭わされ、そしてどうなったのか?


 ・・・


 俺は……闇の底にいる……。

 そして……俺の目の前には……恐ろしく醜い怪物がいる……。

 怪物は大きな両手で何かを掴み、鋭い牙の生えた口を開けて……貪り食っている。

 俺は恐怖のあまり、動くことができない。

 怪物は……俺の目を真っ直ぐ見つめながら……何かを……いや、誰かを食べている……。

 誰を?

 男と……女だ……。




 気が付くと、既に夕方になっていた。仁美一郎は慌てて体を起こす。まさか、会社で居眠りをしてしまうとは……一郎は周りを見てみるが、誰もいない。どうやら、皆は先に帰ってしまったらしい。後で問題になるかもしれない。大森部長あたりに呼び出されたりすることになるのだろうか。

 だが、それより気になることがある。

 またしても、あの夢だ……いったい何の意味があるのか。あの醜い怪物は何なのか。


 あいつは、俺をじっと見ていた。

 俺の顔を見ながら、人間を食べていた……。

 馬鹿馬鹿しい。

 しょせんは夢だ。

 そう、しょせんは……夢……現実には、あんな怪物はいない……。

 本当に……いないのだろうか……。

 あの怪物がいた世界……本当は、あちらが現実ではないのか……。

 では、今が夢の中なのか……。


 一郎は苦笑した。頭を振って、頭をよぎる馬鹿な考えを追い払う。自分はどうかしている。さっさと帰って寝よう。

 そういえば、今日はおかしなことがあった。会社の中に、鳩が迷いこんで来て大騒ぎになったのだ。開いている窓から入り込んだのだろうか。会社の中をバタバタ飛び回り、追い払うのに苦労した。寝てしまったのも、恐らくはそのせいだろう。


 まあいい。今日は帰るとしよう。


 いつもと同じく、バスに乗り、そして電車に乗って帰る。代わり映えのしない日常。時おり、今日が何曜日なのかすら忘れそうになる。うかうかしていると、記憶が全て消えてしまいそうだ……。


 記憶……。


 嫌なことは全て、忘れてしまえばいい。

 覚えているべきほどの価値のあるものなど、この世には存在しない。

 真実の記憶……そんなものは、ただの錯覚だ。

 錯覚ならば……俺の頭で勝手に創り上げればいいのではないか?


 気が付くと、真歩路駅に降りていた。一郎はそのまま歩く。自宅までの道のりを真っ直ぐに――

 だが、その途中……吸い寄せられるように公園に入っていった。


 設置されている公衆便所に入る。相変わらず汚い。血痕は消えており、跡形もない。

 次は遊具の方に向かう。昨日、女と会った巨大な滑り台……しかし、今日は誰もいない。一郎はあちこちを探して見たが、どこにも居なかった。

 一郎は落胆した。ここに来れば、もう一度あの女と会えるのではないかと思っていたのだ。しかし、女はいない――


「お前さん、こんな所で何をやってるんだい?」


 突然の声。一郎は慌てて振り返った。

 よれよれの着古した感じのコートを着た、目付きの鋭いタフな雰囲気の中年男が立っている。

「お前さん……こんな所で何する気だい。まさか、変な趣味があんのか?」

 言いながら、男は近づいて来る。近くで見た時、一郎はようやく思い出した。この男は刑事だ。名前は……確か……。

「高山さん、でしたよね……」

「おう、高山さんだよ。なあ、さっきから何やってんだ……お前さん、はっきり言って挙動不審だぜ」

 言いながら、高山はポケットに手を入れ、タバコを取り出す。一本抜いてくわえ、火を点けた。

 煙を吐き出し、空を見上げる。

「近頃じゃあ、禁煙の場所が多くてな……困ったもんだぜ。こちとら、わざわざ高い税金払ってやってんだぜ。しかも、命まで縮めてよ。なのに……今は愛煙家ってだけで迫害されるんだぜ。少しは考えて欲しいもんだ」

「だったら、止めればいいじゃないですか」

 一郎は不快な表情を浮かべて言い放つ。自分はあの女に会いに来たのだ。少なくとも、会えるかもしれないという淡い期待を抱いて……なのに、よりによってこんな男と再会することになるとは……。

 すると高山の顔に、面白い表情が浮かんだ。

「馬鹿言うな。俺はな、お前が生まれる前からタバコ吸ってんだ。今さら止められるか。肺ガンになっても吸い続けてやるよ」

 吐き捨てるように言った後、高山は再びタバコをくわえる。一郎は不快な思いがさらに増していくのを感じていた。この刑事はいったい何なのだろう。刑事ならば、さっさと犯罪者を逮捕しに行けばいいのだ。自分のような無害な人間に、何の用があるというのだろうか。

 少なくとも、自分は刑事に用はない。


「すみません。俺はいろいろと忙しいんで……失礼します」

 そう言って、一郎は立ち去ろうとした。すると、高山に肩を掴まれた。

「そうか……忙しいのか……じゃあ仕方ないな。ところで……お前さんが勤めているのは……羽場商事だったな?」

「そうですが、何か」

「……わかった。すまないな。もう行っていいよ」


 ・・・


 大和武志は車に潜み、じっと様子を窺っていた。中島隆一のアパートは目の前だ。天田士郎の情報によると、中島は覚醒剤の依存症……いわゆる「ポン中」だという。ポン中は覚醒剤を射ち始めると、家の中にこもったきり何日も姿を現さないケースもあるという。

「ポン中は……相手にすると面倒だぞ。まあ肥田ほどデカくはないから、運ぶのは楽だがね。今回も俺に任せろ。俺が絞め落として連れて来る」

 士郎の言葉に、武志も同意せざるを得なかった。最近、どんどん食欲が落ちてきている。夜もよく眠れない。その影響は、武志の肉体に如実に現れている。わずかな間に体重が五キロ減ったし、体力もかなり落ちた。寺門の時のように、自分一人だけの力で気絶させることは難しいかもしれない。

 結局、士郎に一任することにした。


 しかし、ここで思わぬ事態が起きたのだ。

「士郎さん……何ですかあいつは……」

 車の中で、唖然とした顔で呟く武志……運転席でスマホをいじっていた士郎が顔を上げ、視線を移した。すると……。

 中島の部屋の前に、一人の男が立っているのだ。身長は百八十センチを超えるであろう。肩幅が広く、首も太い。がっちりした体格だ。肥田と違い、鍛え抜かれた雰囲気の体つきである。背を向けているため顔は見えないが、頭はスキンヘッドだ。服はトレーナーを着ているだけの軽装だが、分厚い革の手袋をはめている。

 大男はドアを叩き、そしてじっと待っている。時おり、辺りを窺うような素振りをみせる。その目付きは鋭く、何かを警戒しているようだ。


「あいつは……かなりヤバいな……」

 士郎は呟くように言うと、次の瞬間――

「武志、今日は中止だ。引き上げるぞ」

「え……ちょっと待って下さいよ……どうしてですか――」

 だが、士郎は無言のままで車を発進させた。




「士郎さん……一体どういうことですか……何で……何であいつを……」

 家に戻ると同時に、士郎に尋ねる……いや、詰め寄っていく武志。口調そのものは静かだが、その表情は真剣だ。殺気に近いものすら漂っている……。

 だが、士郎はその殺気をものともしなかった。鋭い視線を平然と受け止める……士郎の冷めた迫力に呑まれ、武志は動きを止めた。

「武志……俺はプロだ。少なくとも、プロのつもりだよ。俺はツキや流れを重視する。俺の調べた限りじゃ……今の中島に、家を訪れるような友達はいない。家族からも見放されてる状態だよ。そんな中島の家に、あんな得体の知れない奴が訪れる……これは完全に想定外の流れだ。こんな時に無理して続行すると、大抵は失敗する。だから今日は引くべきだと……そう判断したんだよ」

 穏やかな表情と静かな口調で語る士郎……武志の表情が、少しずつ和らいでいった。それに伴い、張りつめた空気も変わっていく。

「それにな、あのスキンヘッドだが……ただのチンピラじゃねえ。間違いなく荒事専門の男だよ。ひょっとしたら……中島が狙われていることに気づいた奴がいるのかもしれないな。だとしたら……厄介だぞ」

「どっちにしても同じですよ……邪魔するようなら、あのデカい奴は殺します。どうせ、あいつもヤクザ……あるいは、その同類なんでしょうし……」

 静かではあるが、冷たい口調で吐き捨てる武志。そう、何者が相手だろうとも今さら後戻りはできない。これは……ゲームとは違うのだ。リセットボタンを押して、最初からやり直すわけにはいかない。始めてしまった以上……どんな形であれ最後までやり抜くしかないのだ。

 士郎は、そんな武志を憐れみのこもった目で見つめる。そして、ため息をついた。

「武志……お前、本気で銀星会と殺り合う気なのか? 俺はごめんだぜ。なあ、武志よう……ギリギリいっぱい生きようや。死ぬのは何時でもできる。そのうち、どんなに嫌でも死ぬ時は来るんだぜ」

「……わかりました」

 武志は複雑な表情をしながらも、一応は頷いて見せた。そして、床にあぐらをかいて座る。まだ納得がいっていないようだ。

 そんな武志の様子を、じっと見つめる士郎。ややあって、声をかける。

「じゃあ、また明日来るからな……俺は久しぶりに女と会ってくる。お前もたまには羽目はずせ」

 そう言って、士郎は立ち去ろうとしたが――

「士郎さん……あの……士郎さんの……彼女さんて……どんな人なんですか?」

「どんな人? うーん、足クセが悪いな」

「足クセ?」

「ああ。変なことを言うと、蹴りが飛んで来るんだよ……痛いんだぜ」

 士郎は顔をしかめる。その普段とかけ離れた表情を見て、武志の顔がほころんだ。

 いや、それを通り越して笑い出した……。

「おいおい、笑いごとじゃないんだぜ。痛いんだよ……あいつ、空手の黒帯なんだからな……」

 言いながら、士郎は苦笑した。

 そして、言葉を続ける。

「なあ武志……いい機会じゃないか。今夜は一人でじっくり考えてみろ。こいつを終わらせたら……その後はどうする? それからの人生の方がずっと長いんだぞ。お前は……こっち側の人間にはなれない。真っ当な生き方はできないかもしれないが……それでも、人として生きることはできるんだ」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ