あんた、この過去をどう思う?
僕は一体、どうすればいいんだ……。
西村陽一は途方に暮れていた。昨日、突然の天田士郎からの電話……その時に放たれた言葉が、未だに頭から離れてくれない。
(藤田鉄雄は窃盗から殺しまで、なんでもござれだ。プロの仕事人だよ。君一人くらい、奴は簡単に殺す。俺が君の立場なら、奴とは関わらないね)
確かに、鉄雄は裏の世界に生きるプロの仕事人だろう。それは言われなくてもわかる。人一人くらい簡単に殺す、それもわかる。
だが、僕を殺すだろうか……。
僕は、あの人の仲間なのだ。
いくら何でも、仲間を殺すはずがない……。
陽一は自分を納得させようとした。無理やり自分にとって都合のいい理屈を数えあげ、自らを安心させようとする。しかし、不安は消えなかった。士郎は鉄雄を本物だと言っていたが……確かに鉄雄には、氷のような冷たい目をする瞬間があったのだ。いざとなったら、平気で自分を切り捨てるだろう。そう、鉄雄と自分とは友達ではないのだ。
はっきり言うなら、自分は鉄雄の子分……いや、子分ですらない。ただの使い捨ての道具だ。
用済みになったら、殺される。
いや、それ以前に……。
現金強奪……そんな真似が自分にできるのだろうか……。
出来るわけない……。
ベッドの上で大の字になり、天井を見上げる陽一……もはや、この事態は自分の手に余る。何もかも投げ出してしまいたい。もう、あんなことはしたくない……。
陽一の脳裏に甦る記憶……殴られた痛み、刃が肉を貫き通す感触、返り血、そして死体と化したピアスだらけの男。
僕は人殺しなのだ。
もう、僕の手は汚れている……。
今さら、何をすればいいと言うんだ?
陽一は体を起こした。虚ろな目で、パソコンを見つめる。今まで存在自体を忘れていたが、自分は小説を書いていたのだ……誰も読まない小説を。普段ならば、毎日のチェックを欠かさなかった。しかし、ここ二日ほどの間は一切チェックしていない。
久しぶりにパソコンに向かう陽一。彼は結局、頭を悩ませている問題から気を逸らせたかったのだ。明日、自分を待ち受けているはずのものから……。
しかし、そこにあったのは……。
「……」
ディスプレイの前で、思わず苦笑する陽一。またしても、このサイトに投稿されていた小説――陽一の作品でないのは言うまでもない――が書籍化されることになったのだ。
しかも、その作品はひどいものだった。前に書籍化が決定した『幻界突破』をも上回る駄作である。あまりにもお粗末でご都合主義な展開、行動に一貫性がなく人として薄っぺらな主人公、頭の悪すぎる上にリアリティーの欠片もない悪役、大した理由もなく主人公を好きになっていく大勢の美少女キャラ、日本語の使い方があやふやな作者……そしてタイトルが『真・異世界転生ノクターン・ハーレム・マニアクス』……全てにおいて、呆れ果ててしまう内容だったのだが、なぜか評価は高かった。
そんな作品が、書籍化されることが決定してしまった……。
もはや、陽一は笑うしかなかった。今まで自分が書いていたものは、一体なんだったのだろうか……こんな作品に負けるような内容だったのだろうか。
いや、違う。
これが現実なのだ……。
僕は今まで、何をやっていたんだろう。
僕の書いたものなど、評価されるはずがないじゃないか……。
陽一はようやく、自分の思い違いに気づいた。そう、間違っていたのは自分だったのだ。『幻界突破』、そして『真・異世界転生ノクターン・ハーレム・マニアクス』……こういう作品の方が好まれる、それが現実なのだ。いくら立派な作品を書こうとも、読まれなければ存在していないのと同じなのだ。
そして自分には、人に読まれない作品しか書けない……。
そうなのだ。何のためらいもなく、多数の人々にウケる作品を書くことができる……これは立派な才能なのである。自分には、どうあがいてもそれが出来ない。無理にでも書こうとすると、必ずどこかで筆が止まる。自分の中にある何かが拒否反応を起こすのだ。
その、何かの正体は不明だ。それがプライドなのか、あるいはセンスなのか……いずれにせよ、書くことができない。
結局、自分には……大勢の人間に読んでもらえるような小説は書けないのだ。
自分以外に誰も読まず、誰も求めないような小説しか書けないのだ……。
やっとわかったよ。
僕は今まで、本当に無駄なことをしてきたんだな……。
もういい。
もう、やめてやるよ。
こうなった以上、明日を戦い抜くしかない。自分を認めなかった世間の人々……そいつらの鼻を明かしてやる。今回の襲撃事件を成功させ……必ず生き延びてやる。
そう、明日の戦いに勝ち……下らない価値観で、だらだら生きている世間のクズ共を嘲笑ってやる。
僕はお前らとは違うんだ……。
明日、それを証明してやるよ。
その時、電話が鳴った。またしても知らない番号……陽一はスマホを手に取った。
(俺だ……藤田だよ。今から事務所に来い。明日の打ち合わせと準備だ)
「……はい」
(それと……今日は事務所に泊まってもらう。明日の仕事が終わるまで、家には帰れない。いいな?)
「……わかりました」
・・・
「おい、念のため言っておくが……今さら後戻りはできねえんだぞ。万が一、来なかったらどうなるか……わかってるな?」
(……そんなこと言わなくても大丈夫ですよ。あと一時間くらいしたら、行きますから)
「そうか。なるべく早く来い。とにかく、明日の仕事を終わらせれば……お前は全てが変わるんだ。わかるな? お前の人生を変えられるんだ」
(はい……)
電話を切った後、鉄雄は考えた。陽一は変わりつつある。初めて会った時は、記憶にも残らない平凡な少年だった。ところが、最後に会った時には……。
かなりの年月、裏社会で生きてきた。鉄雄は未だに、自分がこの業界に向いているのかわからない。いや、恐らくは向いていないのだろう……だからこそ、これを機に引退することに決めたのだ。
しかし、ごくまれに存在するのだ……怪物としか表現の仕様のない者が。桑原徳馬などはまさにそのものだし、天田士郎もそうだろう。二人ともタイプは全く違うが、裏社会に蠢く怪物という点では相通じる部分がある。生まれつきのものなのか、あるいは何かとんでもない体験を経てああなったのか……自分にはわからない。
確かなことは一つ。自分は、あの二人のようにはなれないということだ……今まではストイックに肉体を鍛え、自己を管理し、いろんな事に気を配り慎重に生きてきた。そのおかげでどうにか生き延びてこられたし、少しは名前も売れた。
しかし、この稼業で大成するには……自分には決定的な何かが足りない。
そして……その何かを感じたのだ。ただのひ弱な少年であるはずの、陽一から……。
「鉄さん、どうしたんですか?」
火野正一が尋ねる。こちらを案ずるかのような表情だ。
「何でもない……それより、ガキはあと一時間で来るそうだ。チャカは用意してあるな?」
「ええ、用意しました。ところで……あのガキ、本当に始末するんですか?」
そう言いながら、ドアに鍵をかける正一。そして拳銃を取り出し、テーブルの上に置いた。鉄雄は眉をひそめる。正一の口ぶりからして、陽一を始末することには気が乗らないのは明白だった。
「正一……てめえ、まだそんなこと言ってんのか? 言っておくが、あのガキがあとあと銀星会に取っ捕まってみろ……俺たちは終わりだ。奴らはタイだろうがどこだろうが追っかけて来るぞ」
「そうですよね……」
頷きながらも、どこか浮かない表情の正一。この男には、人を殺した経験がない。しかも、未だに甘さを捨てきれていないのだ。今までは下調べや運転手などをやらせてきたが……正一もまた、この業界では大成できないタイプだ。やはり、今が潮時なのだろう。
「正一……いい加減に腹くくれ。あのガキは頼みもしないのに、こっち側に来やがったんだ。どうなろうが文句は言えねえよ。せいぜい、使い捨ての道具として利用させてもらうだけだ」
言いながら、鉄雄は拳銃をチェックする。実際に撃ったことは二度しかない。しかも、その時は単なる威嚇射撃だった。今回は本当に人を撃つのだ。さすがの鉄雄も緊張は隠せない。
「そうっすよね……ところで、ガキはどこで始末するんです?」
「それだがな……まず金を奪ったら、あの病院の跡地に行く。ガキが人を殺した所……あの薄気味悪い廃墟だよ。あそこなら、死体もしばらくは見つからないだろうが」
そう……この計画を立てた時から、鉄雄はあの場所に目をつけていたのだ。広い上に人の寄りつかない廃墟。隠れ家としては申し分のない場所だ。しかも人を始末するにも、うってつけである。
仕事を終えたら、真っ先に廃墟に向かう。そして陽一を始末した後、死体を隠す。そして自分たちも着替え、完全に別人の出で立ちで廃墟を出ていく。仕事に使用した車――言うまでもなく盗難車である――は、廃墟の近辺に乗り捨てていく。
あとは空港までタクシーで行けばいい。既に飛行機のチケットは手配してあるし、何も問題はない。
しかも……都合のいいことに、売り上げ金の運搬係が二人に戻っているのだ。つい二、三日前までは五人で売り上げ金をガードし運んでいたのだが……。
ひょっとしたら、自分が桑原に話した嘘のおかげかもしれない。銀星会の組員を狙っての猟奇的な両手両足切断事件……しかし、その犯人はもうすぐ引き渡される――少なくとも桑原はそう思っているだろう――はずなのだ。犯人は組織の人間でも何でもない……ただのトチ狂ったチンピラであり、動機は怨恨だったと伝えてある。きっと桑原は、あたかも自身の手柄であるかのように、周りに吹聴したことだろう。もっとも、その嘘がバレたら自分の命はないが。
いずれにせよ、自分にとって好都合であるのは間違いない。流れは自分の方に来ている。あとは、その流れに乗るだけでいいのだ。
拳銃の手入れを終え、ほくそ笑む鉄雄。彼は今、ツキが自分に味方していることをはっきりと自覚していた。今までの経験からして、この流れならば絶対に上手くいく。あとは、自分が致命的なヘマさえしなければ……。
明日の大仕事……確実に成功する。
・・・
頭が痛かった。割れそうに痛む……仁美一郎は錠剤の入った小瓶を取り出し、数粒を口の中に放りこむ。水なしで噛み砕き、そして飲み込んだ。だが、その時……またしても疑問が浮かび上がる。
何だ?
この錠剤は何なんだ?
俺は……この錠剤をいつ、どこで手に入れた?
震える手で、瓶にこびりついていたラベル――欠片ほどしか残っていないが――を見る。しかし……ボロボロで読み取れない。
一郎は頭を抱えた。自分は一体、何者なのだ……そもそも、このアパートの家賃や光熱費などはどうなっているのだ? 誰が払っている?
俺は今まで、そんな簡単なことにも気づかなかったのか……。
こんな当たり前のことにも気づかぬまま、今まで生活していたのか?
部屋を見回した一郎……まるで刑務所の独房のようだ。生活に必要な最低限の物しか用意されていない。テレビ、冷蔵庫、電気ストーブ、扇風機……独房よりはマシ、という程度でしかない。だが、どれ一つとして買った覚えがない。
そもそも、自分はいつからここに居たのだ?
一郎は必死で、過去の記憶を辿る。しかし、ひどく曖昧だ……そもそも、どれが現実でどれが妄想なのかが判別できない。会社での記憶が甦る。存在していない同僚、ありもしないプロジェクト、そして大森部長……いや、大森医師。
俺は今まで、ずっと囚われていたのか……。
妄想という名の牢獄に……。
再び頭痛が襲ってくる……一郎は頭を押さえた。これから、どうすればいいのだろう? 明日から何をすればいい? 俺はどうやって生きればいい?
だが、その時……一郎の脳裏に甦った記憶。会社の中で接した覚えのある、もう一人の人間……名前も知らないし、話したこともない。だが、自分はその人間から金を受け取っている。何度となく……。
そうだ……。
俺はあいつから金を受け取っていたんだ。
何度も何度も……。
そう……自分はあの事務員の女から、給料を受け取っていたのだ。封筒に入れた現金を、手渡しで……考えてみれば、妙な話だったのだ。今のご時世で封筒に入れた現金を直接、渡すなど……。
だが、事務員から受け取った現金はまぎれもなく本物だった。現に、自分の財布の中にも紙幣が入っている……事務員から受け取った封筒に入っていた紙幣が。そして自分はこれまでに、その紙幣をあちこちで使っている……ニセ札ではない。
それなりの額の現金を毎月支払い、俺の妄想の世界を守っていたというのか?
あの事務員は、何のためにそんなことをした?
またしても膨れ上がる疑問……だが、これで一つはっきりした。あの事務員は、自分のことを知っているのだ。自分の妄想の中での世界を、黙って見ていたのだ……。
何のために?
一郎は立ち上がった。こうなったら、行ってみよう……羽場商事のあったはずの場所に。ひょっとしたら、事務員の女もそこに居るのかもしれない。このまま家にこもっていても、何も解決しないのだ……一郎は服を着替えた。いつもの出勤時と同じスーツ姿である。もし万が一、会社が存在していたとしたら……その思いから、スーツに着替えたのだ。
本音を言えば、存在していて欲しかったのだ……羽場商事に。今まで見ていたはずのもの全てが妄想……それはまさに、悪夢のような事態だ。自分自身の目や耳に、騙され続けてきたということなのだから。
「何だこれは……」
一郎は目の前の光景が信じられなかった……呆然とした表情で、ただ呟くことしかできなかったのだ。
羽場商事のあったはずの場所……そこには巨大な廃墟がそびえていた。入り口付近にはロープが張られ、立ち入り禁止の看板も設置されている。かつては病院だったらしいが……今ではその面影はない。妖魔の潜む城のような、不気味な雰囲気を醸し出している。さしもの一郎も、入ることがためらわれた。
だが勇気を振り絞り、中に侵入する……張ってあるロープをくぐり抜け、廃墟に入った瞬間、一郎は立ち止まった。
中の様子は、暗くてほとんど見えない。しかし、この感覚には覚えがある。この廃墟内に流れる空気……これは独特のものだ。他の場所では絶対に感じられない。あえて言うなら、妖気のようなものが漂っているのだ……。
しかも、かすかに人の気配もする。誰もいないはずの場所……当然、人の姿など見えない。しかし、何かが潜んでいる気配がするのだ。部屋の四隅、天井、さらには隣の部屋や上の階など……。
一郎はようやく悟った。ここは普通の人間の居るべき場所ではない。この場所で、かつて何があったのかは知らない。しかし、人でない何かの気配が漂っている。何かの念も感じられる……一郎は今すぐにでも出て行きたかった。
しかし、出て行かなかった。いや、行けなかったのだ。ここには何か秘密がある。単なる妄想だけではなかったのだ。自分に幻を見せた何者かが、この場所のどこかにいる。一郎は歩いた。
そして歩いている最中、通路で何かを見つけた。錆びた果物ナイフだ。何の気なしにそれをポケットに入れ、一郎はさらに歩き続けた。
・・・
既に辺りは暗くなっていた。大和武志は公園のベンチに座っている。士郎と待ち合わせをしているのだが……少し遅れている。
今日は合わせたい人がいる、という話だった。どういうことなのかはわからない。ひょっとしたら、訳のわからない宗教家でも連れて来て、命を粗末にしてはいけない、などと説得させるつもりだろうか……などと考えていると、士郎が歩いて来た。相変わらず飄々としている。いつもながら思うのだが、士郎はどこから見てもただの人だ。この男が、缶コーヒーを飲みながら死体を解体していた現場を見た今でも……そう感じてしまう。
「武志、遅れてすまなかったな……ちょっと来てくれよ」
士郎はそう言うと、くるりと向きを変える。そして、武志の返事も聞かずに歩き始めた。
「え……あ、ちょっと待って下さいよ……」
公園の外には、黒いバンが止まっていた。士郎はバンに近づき、後ろのドアをノックする。そして――
「俺だ……ショウだよ。開けるぜ」
すると、車内で何やら動く気配。士郎はドアを開けた。そして武志は、後ろから中を覗きこむ。
バンの中に居た者……それは年齢不詳の女だった。化粧っけのない地味な雰囲気、日に当たっていないのか異様に青白い肌、怯えた表情。
そして次の瞬間――
「おいショウ! 誰だこいつは! あたしは聞いてないぞ! ドア閉めろ!」
女が血相を変え、わめき始める……士郎は慌てて女の横に座り、同時にこちらを向く。
「武志、乗れ。出発だ……ちょいとしたドライブに付き合ってくれよ。おっさん、発進してくれ」
士郎のその言葉に従い、武志はバンに乗り込んだ。そしてドアを閉める。女は凄まじい形相でこちらを睨んでいるが、士郎が隣にいるおかげで落ち着いたようだ。そして、運転席にいる男――顔は見えないが、中年男のようだ――が車を発進させた。
だが、ドライブは十分ほどで終わった……女――士郎はリンと呼んでいた――はろくに話そうともせず、警戒心を露にして武志を睨み付けていた。士郎は気を遣い、武志とリン両方に話しかけるが……リンは完全に、武志を拒絶している雰囲気だったのだ。しかも、士郎に対しても不機嫌そうな表情で接している。士郎はため息をつき――
「おっさん、車止めてくれ……俺たちは降りる。おっさんは、リンを送ってやってくれ」
「ああ、構わねえよ」
運転席の男は答える。武志はふと、妙なことに気づいた。その声には聞き覚えがある。どこで聞いたのだろう……しかし思い出す前に車が止まった。
「さっさと降りろ。俺はリンを送って行くから……ショウ、お前さんもほどほどにしとけ」
「仕方ねえ、しばらく散歩でもするか……すまねえが、俺の話に付き合ってくれよ」
そう言うと、士郎はゆっくり歩き始めた。武志もまた、並んで歩き出す。武志にはわからなかった。あの女は何者なのか? 士郎とはどういう関係なのだろうか……。
もしや、前に言っていた足クセの悪い彼女なのだろうか?
「あいつは……リンは久しぶりに外出したんだ。かれこれ十年……いや、もっとだ。リンは十年以上、外に出られなかったんだ」
不意に口を開く士郎。武志は何も言わず、次の言葉を待った。
「もう、十年以上前の話だよ……俺とリンはまだ高校生だった。修学旅行に行った時だが、崖道を走っていたバスが転落し……乗っていた人間のほとんどが死んだ」
静かな表情で、淡々と語る士郎。武志は驚きを隠せなかった。今、士郎は自身の過去を語ろうとしている……武志は思わず――
「じゃ、じゃあ……リンさんは、その事故が原因で――」
「違う。事故を生き延びた後、生き残った俺たちは……キチガイ共に襲われたんだよ」
「え……」
「事故を生き延びた者は六人いた。しかし……その後、キチガイ共に三人殺されたんだよ。人殺しが好きでたまらないっていう、異常者の集団に捕まっちまってな。俺は小便もらし、リンはゲロを吐きながら戦い、そして殺した。結果、どうにか生き延びた……だが、その代償は大きかったよ。俺はキチガイの仲間入りし、リンは外に出られなくなった」
士郎は立ち止まった。そして、夜空を見上げる。
「リンは……もう普通の女子高生じゃなくなってたんだ。まず、外に出られなくなった。そして、見知らぬ他人が接近すると暴れだすようになった……杏子ちゃんのようにな。そして俺は……殺しがないと、生きていけない人間、いや……化け物になった」
その瞬間、士郎の顔に様々な感情がよぎる。怒り、憎しみ、悲しみ、そして絶望……だが、それらはすぐに消え去った。
「なあ武志、俺もリンも無様に生き延びちまったんだよ……人間って奴は、生きるにせよ死ぬにせよ理由ってものを欲しがる。カッコつけるためにな。だがな……相手の流した血で、真っ赤に染まっちまった俺たちには……カッコ良く死ぬことは許されないんだ。俺とリンは……この先も無様に生き続けるよ」
そう言った後、士郎は武志を見つめた。
「みっともねえよな……生きてくってのは。武志……一日やるから、よく考えてみろ。頭だけでなく、心でも考えるんだ。もし、それでも決心が変わらないのなら……俺がお前を殺してやる。苦しまずに逝けるようにな」




