墓参り
穏やかな春らしい陽気になったので、約束していた墓参りに梅都と訪れていた。
朱院と清院は店の手伝いをするのが最近の日課になっているので、今も動き回っているのだろう。
『君は優しいから裏切られることがあるかもしれない。それでも君は誰も恨まないんだろうね』
墓の前で手を合わせると、零れ落ちたかのように彼の言葉が浮かぶ。
梅納寺寿次、享年二十六。梅納寺家の後継ぎとして有望だった人。彼の死について考えない日はなく、おそらくこれからもずっとそうなのだろう。
「すんだか?」
「ええ」
先に終えていた梅都がそっと手を差し伸べてくれる。数段を転ばないよう気をつけながら降りきる。
実は家に帰ってすぐ着物が全て女性物だけにされ、かなり久しぶりで歩きづらくてよく転びそうになっていた。
父に尋ねると「きちんとした姿でいろ」とだけ言われたので意図は汲めなかったが、「嘘を吐くな」ということなのではと推測する。
「俺が思うにさ、親父さん……おまえにちゃんと女性として人生歩んでほしかったんじゃねぇかって。せっかく女に生まれたんだからよ」
珍しく空気を読んだ言葉に目を丸くする。
「なんだよ、何か変なこと言ったか?」
「いえ、あなたらしからぬ発言だと思いまして。でもそうですね、そういう考え方もありますね」
「ぶっちゃけおまえが男として生きてられたら世の中終わりだぜ」
肩を竦めて話す梅都に詰め寄る。まるで何かをしでかすかのような言い様にむっとした。
「どういう意味ですか」
「自覚ねぇのな。おまえ、結構有名なんだぜ」
「行いがですか?それは困りましたね」
「ちげぇっての。あー、いいやもう。で、次どうする?」
やけくそのように頭をかきむしって梅都は言う。
「桜が見たい」と答えれば、梅都は笑って「おまえほんとに桜好きだよな」と言いながら歩き出す。
その後を追おうとして視線を感じ振り返れば、知らない男がこちらをじっと見つめていた。
目が合うとふと逸らす。どこか見覚えのある顔立ちに頭を捻ると、男は寄ってきた。
近づいてきてやっと思い出す。それは、夢次だった。
「まさか夢次殿……」
目を合わせてくれないが紛れもなく夢次だった。どこか寿次に似ているが、彼よりも繊細な顔つきは夢次の特徴。
「まさか男性だったとは露とも思いませんでした」
「こっちだって、まさかあなたが女性などとは……」
「お互い様ということですね」
思わず笑みがこぼれる。夢次は居心地の悪そうに視線を泳がせ、観念したように溜息を吐く。
「兄上が継ぐことは決まっていたから、才能の無い俺はあれしかできなかったんだ」
「夢次殿……」
「だからあなたが羨ましくて。悪かった」
ぶっきらぼうな謝罪。それでもその気持ちが嬉しくて、やっと近づけたような気がする。
「私もあなたが羨ましかった。自信に満ち溢れていて、いつも輝いていたから」
驚いたように顔を上げる夢次。やっと視線が合う。
「寿次様のこと、お詫びのしようもありません」
「あれはあなたのせいではない。あの時は取り乱していて……どうか忘れてほしい」
どこかで下手な鶯が鳴く。まだ春なんだなと心の隅で思う。
もしかしたら夢次は家業を継ぐことになったのかもしれない。だから本来の姿で現れたのだろう。あの時のことが悪い方向へ向かなかったことに安心する。
「ひとつ聞いてもいいですか? なぜあなたは“梅姫”ではなく、“桜姫”を探していたのでしょうか」
梅都から聞いて一番不思議なことだった。朱院の話だと“梅姫”も“桜姫”も同じ役目を背負っているということだけしかわからなかった。力のことも聞きそびれていて彼女もそれ以上は話さなかったし、不明慮なまま聞くのは憚られた。
夢次は今までにないほど眉根を寄せ難しい顔になる。営業用の笑顔しか見たことなかったから、こんなにも感情豊かな人だったとは新たな発見だった。
「“桜姫”が一番だからですよ。言い伝えとして残るほど、彼女は美しく聡明で高貴な姫だったとか。女として生きるならば、家の為になる事は何でもするつもりでした」
それが最善だったというように、きっぱり告げる。
彼には彼なりの考えがあってのことだったのだろう。
「でもだからといって清院殿を縛りつけるのは悪趣味です」
「あくしゅ……!? そういうわけでは……ただ」
「ただ?」
「あまりにも、似ていたから」
自分に、と付け加えると夢次は大きく溜息を吐く。
自分に絶対的な自信があるのと同時に、他人に劣等感を持ちながらも強くあろうとする姿は、真似できるものではない。
あの「部屋」でのこと、夢次の言葉を思い返すとたしかに二人には共通部分がある。自分と向き合うことは誰もが一番恐れることで自然だ。
自分も少なからず朱院に近づくことを恐れていた節があるので、なんとなくわかる。
「清院殿にきちんと謝ってくださいね」
夢次はあからさまに目を逸らすも、小さく返事をした。
そっと右手を差し出す。
「では、これからもよろしくお願いします」
言葉を付け加えれば理解したとばかりに、夢次も手を差し出し握手する。
「こちらこそ。負けません」
夢次らしい自信に満ちた表情が戻っていた。
「おーい、壺鈴ー!」
声に振り返れば、梅都が駆けてくる。気づかずに結構な距離を進んでいたらしい。彼らしいといえばらしいが、少しひどい気がする。
「誰だそいつ」
「もう忘れたのか、梅」
「ぎゃあ!? 夢次様?」
「なんだその悲鳴は」
「も、申し訳ありません!」
慌てて頭を下げる梅都におかしくて吹き出すと、夢次も笑う。梅都だけがわけがわからないといった顔だった。
「夢次殿、よろしかったらこれからご一緒に花見などいかがですか」
「では、お言葉に甘えて」
「え? え? どういうことだ」
「ぼうっとしてると置いていきますよ、梅都殿」
「少しくらい頭使ったらどうだ、梅」
混乱している梅都を引っ張り、三人であの橋へ向かい歩く。
きっと満開の桜だろうと期待しながら。
梅桜物語本編完結です!ありがとうございました。
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