第七話 強き者がこの門罷り通る
「何故だ? 出来ぬだと!?」
「ひぃ! 愛莉さん、怒らないで下さいよ……ヴェルグル様の仰せなんです……」
「将軍殿が――何故……!?」
「本人に聞いて下さいよ! 愛莉さんとお友達なんでしょう!?」
「む……!」
城の中に入ってみると、そこでは愛莉と受付嬢が揉めている様子であった。どうやら、入城届を発行するにおいて一悶着があったらしい。
僕と由美が玄関ホールに入ると、守衛の待機するその場所で愛莉とその受付嬢が同時にこちらを見た。
「あ、癒希人さん……!?」
「すまん、癒希人……」
驚いた様子の受付嬢と、そして申し訳なさそうな愛莉。
僕はそちらに歩み寄りながら声を掛けた。
「駄目なのか? 愛莉」
「うむ……サーシャ、どうにもならんのか……?」
受付嬢の名を呼びながら、愛莉は僅かばかり申し訳なさそうに問いかける。
サーシャはちらちらと僕を伺いながら、少し俯いてしまった。
サーシャは愛莉の従妹だ。強い意志を秘めた同じような凛々しさを持っている少女である。だから、彼女が言う言葉は――。
「通せません。この城は……何人たりとも」
やはり、責務を重んじている。
それを表す言葉をサーシャは重く吐き出す。僕は肩を竦めてため息をつく。
「勝負、か?」
「はい」
「強き者がこの門罷り通る……全く、藍の祖母様も面倒な事を申し上げたものだなぁ……」
僕はため息混じりに剣に手を掛ける。サーシャはおどおどとした態度はもはや見せず――いや、捨てたのだろう、剣呑な雰囲気を漂わせて守衛所から出る。その出際に長き獲物を取って。
「薙刀……つくづく面倒な獲物だな」
「私は面倒な女ですので」
サーシャは剣呑な気配を僕にぶつけてくる。が、その前に立ちはだかったのは愛莉であった。腰から長剣を抜き、緩やかに対峙して見せた。
「ここは私が相手してやろう」
「また愛莉さんですか……良いですよ、掛かってきて下さい」
朝の城の前で殺気が溢れ出す。話を聞きつけた暇な兵士や文官、従業員が覗きに来る中、僕はのんびりと来客者用の椅子の方へ足を向け、由美と一緒にそこへ腰掛けた。
「――放っておいて、良いんですか?」
「まぁ、来客を連れてくれば日常茶飯事だからねぇ……今日はどっちが勝つと思う?」
「え、あ……? どっちの方が強いんですか?」
由美は少しおどおどしながら対峙する二人に視線を注ぐ。
僕はその頭に手を置きながら、ふむ、と言葉を漏らす。
「まぁ、二人は各々の武器の名人だからなぁ……ああ、いや、強いて言うなら、サーシャの方が薙刀を扱っている時期は長いけど」
「へぇ……リーチが長い分、薙刀の方が有利ですよね。でしたら、愛莉さんの方が不利では?」
ちらりと僕の様子を伺うように由美は視線をくれる。その頭を撫でながら首肯してみせた。
「良い判断だ」
「えへへ」
褒められて嬉しそうにする由美。だが、僕はその手を離して顎に手をやりながら呟いた。
「だが、それだけは愛莉に届かない」
「――え?」
由美が僕を振り返った瞬間、対峙していた二人は地を蹴った。
次の瞬間、光が交錯する。その結果、吹き飛ばされたのはサーシャであった。薙刀を地面に突き刺しながら吹き飛ばされた身体を無理矢理安定させ、苦笑いを浮かべる。
「リーチが長くてもそれで致命的な一打を加えなければ、意味がない。愛莉にはその腕の力が凄い。様々な鍛錬を経て、その力はもはや城内の誰よりも勝っているよ」
「つまり、リーチがあってもそれごと平伏させる……?」
「そういうこと。合格だ」
僕はそう言いながら笑って頭を撫で回すと、由美は目を細めて嬉しそうに笑った。
そして視線を戻しながら由美は僅かばかり楽しそうに訊ねる。
「じゃあ、戦績も……?」
「とも限らない。サーシャはサーシャで色々考えているからね」
さて、今回はどんな策を弄してきているやら。
僕は少し楽しみに思いながらサーシャが薙刀を中段に構えるのを眺めた。由美も僕の顔とその試合の様子をちらちらと見比べている。
いつの間にか彼女らの決闘の周りでは人が囲っており、賭けを始める人や物を売り始める人も現れ始めた。日常茶飯事が故のこういう暢気な光景だ。
「よっ、ユキちゃん」
「あ、おじさん」
ふと、厨房のコックが通りかかった。恰幅の良い身体を揺さぶりながら、手に提げた籠からパンを二つ取りだして笑ってみせる。
「ユキちゃんにはサービスだ。お、隣のお嬢ちゃんもどうだい? 焼きたてだぞ」
「あ、いただきます」
暖かいパンを二人で頂き、はむはむと食べながら観戦を続ける。愛莉とサーシャは三回目の激突を終え、互いに肩で息をしていた。
「サーシャさんに動きがありませんが?」
由美はパンを一口食べながら小首を傾げる。僕はふむ、と顎に手を置く。
「まだその切り札を出すか出さないか悩んでいるように思えるけど……それ自体、ブラフかも知れないな」
現に、愛莉は何か隠しているのではと勘ぐって踏み込んだ攻撃が出来ない様子だ。
それを見てサーシャは薙刀を下段に構えて警戒の態勢を取る。辛抱強い試合になりそうだ。
「ちなみに過去最高記録は三日続いたこともある。まぁ、愛莉も辛抱強い性質だからな」
「そんなに待ちますか?」
「いざとなれば城内から寝具を持ってくるよ」
「ふふ、お兄様とお泊まりですね」
上機嫌そうな由美が僕の肩に甘えるように身体を預けてくる。僕はその頭に手を置きながら、少し苦笑いを浮かべて城を見上げる。
いずれにせよ、長引けば長引くほど藍の機嫌が悪くなるに違いない。
ふと、愛莉がちらりをこちらに視線を送ってきた事に気がつき、僕が頑張れと手で合図すると、彼女は慌ててそっぽを向き、こくこくこくっ! と凄まじい勢いで三度頷いて剣を構え直した。
次の瞬間、愛莉は迫撃砲の如く撃ち出された弾丸のようにサーシャへ地面を蹴り飛ばして肉迫する。
サーシャは下段から斬り上げると見せかけ、一気に上段へ薙刀を振り上げる。だが、そんな堂々とした振りを見逃すほど、愛莉は甘くない。身体を低くしてサーシャの懐へ飛び込む。
「あ」
それと同時に僕と由美は声を上げていた。そのサーシャの唇に刻まれた薄い笑みを見て。
次の瞬間、振りかぶった薙刀の石突きから、ぼんっ、と音を立てて何かが飛び出た。それは目と鼻の先にいる愛莉へと降りかかる。
「くっ!」
愛莉は咄嗟にその場で足を地へ突き刺すように踏ん張り、それを並々ならぬ身体能力でかわそうとする。が、上体は完璧にそれによって捕縛されてしまった。
それは網。どうやら、薙刀に仕込んでおいたらしい。
愛莉はそれを解こうとするが、特殊な繊維で出来ているのか、斬る事も敵わず、ますます絡まっていく。
「これは貴方みたいな力馬鹿のために作った力では絶対に斬れない網ですよ」
サーシャはわずかに笑みを浮かべると、薙刀を上段に振りかぶった。由美が、ふぅ、と諦めに似た息をつく。それを片目に僕は頬杖をついて呟いた。
「あーあ、全く……」
愛莉が薄く笑みを浮かべるのを見ながら。
「サーシャはいつも詰めが甘い」
次の瞬間、焦げ臭い何かと共にその網が弾け飛んだ。
サーシャは目を見開く、がさすが武人、すぐに飛び退いて立て直そうとする。が、そこまで隙を与えるほど愛莉は弱くない。
一瞬で間を詰めると長剣で薙刀を絡めて封じ、懐から抜いた短刀を首元に突きつけて囁いた。
「甘いぞ、サーシャ。貴様は口を慎む事を覚えた方が良い」
「くっ……」
サーシャは悔しそうに歯噛みして両手を上げる。それを見て、周りの観客が一斉に湧いた。
「――え?」
由美は状況を理解できていない様子だ。その手を引いて立ち上がりながら僕は笑って言った。
「摩擦熱。全く、馬鹿力にも程があるな」
彼女はあの体勢で全身の筋肉を使って網を激しく摩擦させたのだ。きっとシバリングの要領だろう。力が効かないということは大体、そういう脆い点がある。
一瞬で見極めた愛莉にも脱帽なんだが。
剣を収めた愛莉の元に行くと、彼女は嬉しそうな笑顔を見せた。
「どうだ? 癒希人」
「文句なし。よくあそこで踏み込んだな」
僕は彼女の肩を叩いて褒め称えると、彼女は目を泳がせて口を噤むと、少し俯き加減でぼそぼそと呟いた。
「――下手に時間を使って、癒希人とのデートをふいにしたくなかったから……」
「――……」
見ると頬が微かに紅い。
僕らは気まずく視線を泳がせ合っていると、コホンという軽い咳払いが響いてきた。
「仲がよいのを見せつけてくれますね。愛莉さん」
そちらに視線を向けると、少しむくれた様子のサーシャがいた。覇気をすでに失せ、最初の受付嬢のときのような愛想の良さが見え隠れしている。
僕は苦笑いしながら僕の背にまた隠れてしまった少女を手で示して言った。
「サーシャ、すまないけど、手続きしてやってくれないか? うちの妹で、由美というんだ」
「――分かりました。癒希人さんだったら大丈夫でしょうね」
「何だ、私は信頼無いのか」
今度は愛莉の方がむくれてしまった。サーシャは意趣返しが出来たと少し笑って見えると受付へと急いでいく。僕はその背中を見送って……ふとあることを思い出し、思わず引きつり笑いを浮かべた。
「なぁ、愛莉」
「ん? 何だ? 癒希人」
「絶対、姫、怒っているよな……」
「あ……」