序章 働く者達
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石造りの建物が建ち並ぶその街並み。
そこはこの大陸で住むものなら知らないはずのない、ユースフリット王国の城下町であった。真夜中にもかかわらず、酒場は賑わい、道にはガス灯が整備されて暖かい光で石畳の照らし上げていた。
そんな中、一件の石造りの建物から三人の男達がよろよろと出て来た。
すっかり酔っぱらっているらしく、三人はふらふらと歩きながら分かれ道に差し掛かると、一人と別れて二人の男は大声で笑い合いながら道を歩いていった。
そんな中、道に一人の少女がふらりと現れた。
突然現れたので、二人の男は少々面食らいながらも、すぐに下卑た笑みを浮かべて少女へと近づいた。少女は顔を上げて可愛らしい顔を傾げて男達に訊ねる。
「少々、訊ねたい事があるのですが、王城はどちらでしょう? 近道を教えて頂ければ嬉しいのですが」
「近道……ああ、教えても良いが、お兄ちゃん達とイイコトをしてくれれば……」
「教えて頂ければ、私に好き勝手に触れて構いませんよ」
少女は淡々と言う。それを聞いて男は顔を見合わせるとニヤリと笑って言った。
「あのな、実はここの路地裏を曲がった所に下水道があるだろう。そこから入ると王城の庭にあるマンホールから出られるんだ。それが裏道かな」
「元衛兵の俺達だが知っている事よ。内緒だぜ……さて……」
男達が下卑た笑みを見せて少女の手を伸ばす。少女は軽く恥じらうの表情を浮かべて、男達に手を伸ばしてその手に触れる。
ほっそりとした手が男達に直接触れ、たおやかなその感触が男達の気分を高揚させる。
だが次の瞬間、男達の顔色が変わった。突然、口元抑えて二、三歩後退る。
「やべ……飲み過ぎたか……?」
「う……わりぃな、お嬢ちゃん、また今度……」
男達はそう言いながらよろよろと道を歩いていく。それを見ながら、少女はさっきの表情とは一転、氷のような冷たい表情を見せて手を拭きながらふんと鼻で嘲笑って見せた。
「おやすみなさいです。……永遠に」
そして少女は手袋を嵌めると、男達の示した路地裏へと消えていった。
◇◆◇
「よい、しょっと」
僕は荷物を持ち上げると、それを運んできた中年の男性は苦笑いを浮かべた。
「毎度どうもね。ユキちゃん。しかしまぁ、大変だなぁ、ここから四階の姫様の部屋だろ?」
「馴れましたよ。もう。何年も彼女に仕えていますから」
御陰様で、と続けながら僕は荷物を片腕で持ち上げながら、もう片方の筋肉をぐっと誇張して見せた。それを見てオヤジはどこか感嘆した声を上げた。
「俺なんか書店で働いているのにそんなに筋肉ついてねえよ。若いって良いね……ああそうだ、忘れる所だった、領収書ね」
「はい、毎度ありがとうございます。それで、今週は何か面白いニュースはありましたか?」
領収書を受け取ってそれを眺めてから、僕は荷物を両腕で持ち直しながら訊ねると、オヤジは少し思案して言った。
「あー……米屋の娘が機織りの青年と結婚したかな」
「へぇ、恋愛結婚出来たんですね。親が邪魔していたとこの前聞いていましたけど」
「結婚できないなら自害する、とか言ったらしいな。娘さんも気丈なものだ」
本屋のオヤジは豪快に笑いながら、あ、それと、と付け足すように言った。
「元衛兵の連中が急性アル中で死んだらしいぜ」
「それはまた……」
「酒場の帰りで吐血して死んでいるのが道の真ん中で発見されてな。町医者はまともに検死しなかったが、まぁ、間違いなくアル中だろうな。ユキちゃんも気をつけろよ」
「いやいや、オヤジさんの方が気をつけなきゃいけないでしょ。また奥さんに内緒で『吟醸』の酒場に行ったでしょう」
「え、何で分かるんだ」
意外そうなオヤジに渡された『吟醸』と書かれた領収書を振ってみせる。それを見てオヤジさんは面食らった様子で後退った。
「これ、間違えていますよ。奥さんに渡して差し上げましょうか?」
「はは……冗談は止してくれ」
オヤジさんはポケットをまさぐって今度こそ本物の領収書を取り出すと、領収書を交換してそれをポケットに突っ込むと頭を掻いた。
「全くユキちゃんには敵わねえなぁ……また書店に来てくれよ。今度はお茶でも出してやるから」
「お茶菓子もお願いしますよ」
「はいはい、ちゃっかりしているんだからなぁ」
じゃあな、と書店のオヤジはそう言って手を振って立ち去る。
それを見送ってから、僕はさて、と呟いてその重たい本のぎっしり詰まった箱を持ち上げて背後を振り返り、背後に広がる巨大な階段を見てげんなりした。
ここはユースフリット王城玄関ホール。賓客を出迎えたり、注文の品を受け取ったり……早い話が外の世界との窓である。
そこで荷物を受け取った僕、姫の側近である森坂癒希人はせっせと姫の部屋まで運ぶ訳だが……そこまでの道のりが長い事長い事。
僕はため息をつくと重たい本が詰まったその荷物を持ち直して階段の方へと一歩踏み出した。
正直、階段がここだけなら救われるものだが、生憎、ここは王城。占領を防ぐために複雑な構造で出来ているのだ。全く困った物ではあるのだが……仕方ないか。
「おお、癒希人くん、お疲れ。また本かい?」
「そうですね。もう馴れましたよ」
「癒希人くん、パンが余っていますよ。食べますか?」
「頂きます」
「ゆっきー、今日も精が出るねぇ」
「はは、おじさんこそ忙しそうで」
行き交う兵士や文官、下働きの人達が声を掛けてくれる廊下を歩きながら、また階段を登るを繰り返していた。僕は貰ったパンをはみはみと食べながら四階まで到達すると、腕の心地よい疲れを感じつつも、やはりこの王城が気に入っているんだな、としみじみ思うのであった。
僕は姫の部屋の前に到達すると、パンをぐっと口の中に押し込んで身だしなみに気をつけながらその部屋をノックした。
つまりはこの物語は。
僕、森坂癒希人が。
姫の側近として時に堪え忍び、時は裏で動いたり、時にこうやって雑務をこなす……。
早い話が、側近はしたたかであれと伝えたいお話なのだ。
ハヤブサです。
今回、オーバーラップ文庫大賞応募作として書かせて頂いております。
基本的に私の書いているハーレム系統はこの地球上が基礎なので、完璧な異世界には初チャレンジとなります。
どうか生暖かい目で見守って下さいませ。