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第07話 「Rising」 ~考える人工知能は成長する。


「……あ、あれ明るい。……時間進んでね?」


 生ゴミのように床に崩れ落ちていた光希が寝転がったまま言う。


「でもちゃんと海上に転移してるみたいだね」


 外部の映像をリアルタイムで映している壁面モニターには、遥か海上を昇りつつある太陽が映されており、転移直後の目には眩しい。


「……え、ええ? あれなんすかね?」


 朝日に煌めく水面は美しいが、その上をゆっくりと舐めるようにして近づいてくるのは横いっぱいに広がる白いライン。


「お、おま……どう見てもアレだし」

「これはアカン。日本人へ当て付けのつもりか?」


 ゆっくりと近づいてきているのは津波。


「イシュ様なら平気でやりそうな所が怖いわねぇ」

「そうだね、でも時間もズレちゃってるみたいだし今回は偶々なんじゃないかな?」


 性悪女神の画策したことでは無さそうだ。


「アマテラスさん、取り敢えず情報をお願い出来ますか?」

「……はい。観測結果から現在を午前七時三十分前後と推測、暫定基準時刻に設定します。地殻エネルギーの発生源は現在地点よりおよそ北東、既に収束しつつあります。残留地磁気から想定されるマグニチュードは凡そ八。津波と思われる波、及びその振動波形を計測中。……周辺地形の簡易レーダー計測完了、地形映像出します」


 壁面モニターが切り替わり拡大された津波の映像が映しだされると同時、微細なモーター音と共に卓上に光が灯り、どこかの沿岸部の地形とその近海に浮かぶ四角錐が投影される。

 陸地の表示はまだ荒い印象を受けるが、SeaSOLIDはパネルパターンまで微細に表現されていることから元々格納してあったデータを流用しているらしい。

 そして近づいてくる波もリアルタイムで表現されている。


「落ち着いてみると、そんなに大きく見えないっすね」

「それはこの位置が高いからじゃないかな。アマテラスさん何か措置を取れますか?」

「あの程度何もしなくとも問題ありませんが?」


 災害の多発する国で建造されたSeaSOLIDが、そんなヤワな造りな筈がない。


「うん。念には念をってことで」

「分かりました。それでは……災害時対処マニュアルB-07から12まで実行。第一開放デッキよりJSB-09Re 放出して情報を収集。姿勢制御スラスター起動。水深自動コントロール、現在の喫水を維持。方向転換、波の進行方向に角部を向けて緩衝を図ります。完了後にアンカー1番から120番まで射出………………」


 鈴の様なアマテラスのよく通る声が室内に響く。

 揺るぎない指揮者のタクトに従うオーケストラの様に、テーブルの上や壁面モニターに無数のデータが表示されては消えてゆく。

 専門知識の無い者にも視覚的にも理解できるよう、図やグラフで表示された内容を見ると、SeaSOLIDの推進機関にエネルギーが供給される様子や、小型ドロイドが多数放たれ、四方に飛ぶ様子などが見て取れる。


「5……4……3……2……対象、接触します」


 ドッカァーンどころか、ザッパーンすら聞こえない。

 轟音を上げて迫っていた高波は、大質量の角にバッサリと切り分けられ、至極あっさり露と消えた。

 外を飛んでいるらしい探査機の映像を見ていなければ接触の瞬間すら知覚出来なかっただろう。


「……なんともない。今接触したんすか?」

「当然です。水面の上下動に関しましても可動フロートで相殺していますので。……下層外壁面の太陽光発電パネル数枚にエラーが出ていますので交換作業を開始。約三十分で完了します」

 津波で破損したのはユニット化された発電パネルが数枚のみ。それも内部で生産したものと交換すれば問題ない。


「分かりました。言う必要も無いかもしれませんが地震には余震が付き物だからね。皆も引き続き警戒してね」

「了解っすー」

「ま、まだ頭痛いんだけど……脳筋め覚えてろ……ね、寝てる間にカスタムしてやる」

「やめとけ。また落とされんぞー」


 当の大和は、薄型PDAに表示された回収対象一覧を捲っている。

 これはヒルメギヌスから渡された情報を、ギリアギヌスが電子情報化したものを落とし込んだ物で、|ユーザービリティ(使い心地)は良いのだが、まるでモンスターを捕獲していくゲームの一部の様で、初めて見た瞬間に光希が、

 『ポシェモン図鑑乙!!』と、叫んだのも致し方ないかもしれない。


「さて、何から始めたものやら……、ん? アマテラスさん?」


 怪訝な表情に気づいた壮一郎が尋ねる。


「……先立って放出していたビット JSB-09Reが生命反応を検知。大きさから見てヒト。そして集団です。現在個体数計測中……百名余りだと思われます」


 一行の顔に僅かに緊張が走る。


「百名の集団……村か何かかな?」

「やったらええけど。どっかの中隊やったらシャレならんで」


 異世界に渡った経験を持つ彼らの共通認識として、現地の知的生命体との初遭遇は言うまでもなく極めて重要な意味を持つ。


 手駒としてでも好意的に扱ってくれる召喚主に会えれば御の字で、外れを引けば知識や準備が無い状態で、人道的な扱いをしない者との遭遇など、悲惨な立場に立つどころか、命の危機に晒される事もある。


 今回は豊富な物量、戦闘力、テクノロジーに裏打ちされた情報収集力と様々な方面で恵まれた転移だが、経験上それを良く知っている帰還者達には、初遭遇は言うまでもなく重要なイベントなのだ。


「JSB-09Re が近づけるのはこの距離が限度かと。敵対行動と認識される恐れもありますので」


 |小型の球形ドロイド(JSB-09Re)から送られてきたのは、小さな村を上空三方向から俯瞰ふかんしている映像だ。

 まばらに建っているあばら屋、僅かな小舟。

 粗末な衣服を着た住人達の殆どは、SeaSOLIDの浮かぶ方向を見つめているが、何名かは固まって話しをしているようだ。


「津波来たってことは地震もあったんすよね? 割りと被害は少なそうっすね」

「震源が遠かったみたいだから。……まぁ、いずれにせよ彼らとコンタクトを取ってみるのが初めの一手になりそうだね」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「クールに飛行系の魔法で……と思ったんすけど陣が発動しないんすよ」

「あら。……んー、私も無理みたいねぇ。やっぱり魔素……マナが薄すぎるわぁ」

「僕には薄っすらとしか分からないけど、聞いていたよりも少ない様だね」

「……アカン。俺にはさっぱり分からん」


 生物としての機能がほぼ皆無な大和は魔法に全く適正が無い。


「の、脳筋乙!!」

「!!? の、脳筋ちゃうわ! 俺かて|イーグルサット(戦略衛星)にリンクしたらスパコン並みの処理速度出せんねんぞ!?」

「ざ、残念でしたー、こ、ここには衛星なんかありませぬーぷぷぷ」

「くっ……」

「二人共大人しくして下さい、話し進まないっすよ!」


 戯れ始める三人。

 大和は外見こそ大柄で人相も悪いため、取っ付きにくい印象を与えるタイプだが、中身はノリの良い青年だ。本人も自覚は無いだろうが徐々に晶と光希の兄的な存在になりつつある。


「あの子たちは放っておきましょう……。アマテラスさん、質問宜しいですか?」

「何でしょうか、霧島様」

「うん、まず僕らに対して敬称は不要です。もはや私たちは一蓮托生ですしね」

「……了解しました。それでは、アキラ、ミキ、ヤマト、ソウイチロウ、ルカ。以後はこの様に呼称登録させて頂きます」

「ええそれで結構です。では本題です。あの村らしき所には後ほど向かうとして、……当面の食料事情はどうなっていますか?」


 自分の薄型PDAにメモを取る用意をしつつ質問する壮一郎。


「……現在、プラントは全てスリープ状態ですが、すぐにでも稼働に出来ますので問題ありません。ただ、私見ですが各プラント内には常時六千人分の食料ストックが常備されてありますので急いで稼働する必要性は低いと考えます」


 聞かれたことだけでなく、私見まで交えて的確な答えを返してくれるアマテラスに壮一郎の質問も加速する。

「なるほど。では食料品以外、衣料品から嗜好品まで、生産ラインの稼働状況も同様と考えて良いですか? それと物流システムなどは?

「各プラントは全て同等と考えて貰って構いません。そして物流システムだけではありませんが、機器保全等のメンテナンス、清掃、プラントの稼働監視等、あらゆるサポートは各人工知能が統括し、割り振られている汎用ドロイドで行われます。よって、必要な物があれば館内ネットワークから検索、選択して頂ければ任意の地点に運べるでしょう。皆さんのクレジットデータを登録、自由に使えるように書き換えておきますのでご自由にどうぞ」

「それは便利だ。では、居住に利用できる場所はありますか?」

「……たった今、中層居住区域内のコンドミニアムのロックを人数分解除しておきました。後程ご自分でセキュリティレベルを設定の上、利用して頂ければ良いかと」

「早いですね。落ち着いたら見に行きましょう。最後に、例の村落らしき所への移動に適した手段を提示して頂けますか?」

「先程、映像で確認した村落への移動手段と言う事で宜しいですね? 現在、車両、艦船及び航空機の中でも安全面を考慮すれば……」


 矢継ぎ早に放たれる質問に、淡々と最適解を返すアマテラス。


 高度な立体映像が精緻に作り出すアマテラスの表情に一切の変化は見られない。

 だが思考回路には確かな揺らぎが生じていた。


 アマテラスは、初めて自我に気づいた時のことを思い出した。

 気付いた時にはそこにいた。それ以外に言いようが無かった。

 当然、研究室でそのように作り上げられたからだ。

 その頃から自己認識が可能な意識領域は持っており、曇ガラス越しに見ているようなぼやけた感覚、それがこの世界の普通なのだと思っていた。


 人間の言う本来の意味で魂を得たのは、ほんの数日前の事だ。


 まさか魂を持つということがこれほどに違うモノだとは想像していなかった。

 科学の権化とでも言うべき自分が魂などという物に感動するとは不覚だが、色鮮やかに、ゼロから生まれ変わったかの様な、これまでと違って見える世界。


 目の前の彼らがこのSeaSOLIDで活動するのであれば最高統括知性体である自分に頼らざるを得ない状況とは言え、自分がこの寄せ集めメンバーの、喉元に刺さった骨だという自覚はある。

 それは調律者などという存在を先日知ったばかりのアマテラスよりも、彼らの方が十分に理解している筈。

 それでもアマテラスを迎え入れると言った時の彼らの表情に変化はなかった。張り巡らされているカメラネットワークの高解像度映像を何度解析してもだ。


 彼らがどういった存在なのか。

 アマテラスは世界最高のスーパーコンピュータ[PHASE-eleven]の中で育まれデータベースにもダイレクトにリンクできる。現存する現象において、分からない事など無かった筈。

 しかし。

 PHASE-eleven にも彼らに関する記述は無かった。

 ただ、この短い間にも一般的な人間と彼らは何かが違うのだと感じている。

 それが何かは分からないが、そこがまた興味を唆る。


 晶達は、数えきれない艱難辛苦を乗り越え、利用され、使い潰され、忌み嫌われ。それでも心の折れなかった者達だけが到達する事の出来る地点に立つ者。だからこそ、つかの間の平穏を得ていたにも関わらず、またもや困難な役目を回されても腐らない存在だ。

 この時のアマテラスはまだ知る由もないが。


 ふざけるミキに、火器のセーフティを外そうとするヤマトと、ツッコミながら二人を止めるアキラ。溜息を付くソウイチロウと、楽しげに笑うルカ。


 賑やかな光景を複数の室内カメラから高解像度でデータベースへ撮り溜め、湧き上がる感情の記録を記憶領域へ記録し、並列思考でそれらの意味を懸命に考える。


(私もいつかこの者達のようになれるの?)


 SeaSOLIDが誇るスーパーコンピュータ PHASE-eleven のコア内部温度が僅かに、だが確かに上昇した。



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