第06話 「MediumGirl」 ~生後二日のアンチノミー。
世界間の転移という現象を一行で纏めると、分解と再構築。
分解された直後に意識は途絶え、目的地に適合する肉体に再度構築され直すに従って意識も戻る。
転移に掛かる時間は、世界を隔てる諸々の距離や規模に依って変化し、物質の方が生命体より再構築に掛かる時間は少ない。
今回、全ての再構築が完了するまでの所要時間は十数分は掛かるとの事だった。
「仲良くお喋りやて!? なぁめてんのか!」
五人が意識を取り戻す中、最速で意識の戻った大和が開口一番大声で叫ぶ。
「……くっ、大和君……頭に響くから……これだけは何度体験しても馴れないね……」
再構築の始まった自分のこめかみを擦り擦り、壮一郎がボヤく。
「それにしてもイシュ様の不気……、薄ら笑いの意味はこれですか……恐らく誓約の儀で大きく縛られることを見越して、事前に細工していたのでしょうが……。そもそも心身が不安定な転移は危険だと承知しているでしょうに、あの場面で暴露するとは、本当に悪趣味な方だね」
SeaSOLIDの運用に欠かせない、人工知性体アマテラス。そこに不確定要素をねじ込むと言う、イシュの発言にはさすがに面食らった。
「あー。あのAIを使わないってのは無理なんすかね?」
「は? む、無理に決まってんだろJK。に、人間だけで動かすなら専門家五百人は要るし」
「マジか!?」
「困ったわねぇ。とりあえず呼んでみるのはどう? 魂を与えられたのでしょう? 本人とお話出来るはずよね? アマテラスちゃーん?」
突然、晶の背後に光が集まり、話の当人、人工知性体アマテラスが出現する。
「お呼びですか」
「う、うぉおおお!?」
晶がふらついた瞬間、背後に居たはずのアマテラスが回りこみ、仰け反った晶が無様にコケる前に、”背中を押した”
「……え? いいい、触っとる!」
「どういうことだ?」
「……アマテラスさん貴方、魂を受けて受肉した?」
「いいえ。私に肉体はありません、敢えて言うならこのSeaSOLIDが私の肉体と言えなくもありませんが、今は魂を持っただけの電子生命体と言えばお分かり頂きやすいかも知れません。触れたのは、空間を微細振動させることによって物質への干渉を可能にする、元々私に……と言うよりはSeaSOLIDに実装されている標準的な機能の一つです。重量物は保持できませんが」
「ビビった……でもスゲェ……助かったっす」
「いえ。出現地点は私の選択ですので、お気になさらず」
「うっす。……うん? え、わざと急に後ろに出たんすか? まさか知性体がそんなこと……え?」
「…………それよりも」
「無視の仕方が不自然っ!」
「これは驚いたな。魂を得てからまだそう経っていないだろうに」
艶やかな黒髪を軽く後ろで結わえた変形巫女服の少女は、無表情さを含めても随分と人間らしい。同じ立体映像でもテレビに出演していた時とは天と地の差がある。
「あ、失礼。アマテラスさんどうぞ続けて下さい」
「はい、皆さんがお悩みなのは今後の私の処遇に関してですね?」
「あぁ、見られていたわけですね。その通りです」
室内の壁の数カ所に埋め込まれている小さなカメラを見上げる壮一郎。
「はい、先程からこの第二四中枢管制室で話されていた内容も一部始終記録しています。魂を得る前の出来事及び、獲得に至った経緯もについても同じです。ですから……今のうちに私に機能制限を掛けられますか?」
「ふむ」
顎をつまんで考える壮一郎。
「ど、どゆことなの?」
「私は魂をと言う不確定な概念を植え付けられてから、今この時まで世界中のデータベースを洗いざらい検索し、その結果、あなた方に類する境遇の人物を多数確認。過去のゴシップとして残っていた彼らの体験談や自伝などから考察するに調律者と呼ばれる思考体は、自己中心的で傲岸不遜、およそ信頼出来るとは考えにくい対象であると判断します」
辛辣な意見に苦笑が漏れる。
「更に、あなた方は調律者と名乗られていた方々とは一時的に協力しているだけであって、必ずしも友好的な関係にはないと推察します。私は魂を得ましたが、本質的な部分に変わりはありません。あなた方日本人の身体及び精神状態も含めた快適性と、身の安全の確保は最優先事項です、故に」
「自分の権限を制限しておくか、と。…………随分大胆に斬り込んでくるんだね、アマテラスさん」
「その方が安心なされるのでは? …………元がプログラムですので、霧島様」
ウィットを感じさせる返しに少し頬が緩む壮一郎。
「そう……その通り安心なんだけど、でもこれは……難しい問題だね」
SeaSOLIDには、自衛軍の施設や軍需品関連プラントだけではなく、トレイルローバーなどの歩行建機に各種車両。高性能な義体に汎用ドロイド。思いつくだけでもこれだけの危険な物があるのだ。
有事に備えて現代科学の粋を凝らした技術が散りばめられている事が、この場では仇になる。
しかし、アマテラスが居ないとSeaSOLIDをまともに機能させることは難しい。
アマテラスの行動に制限を掛ければ、イシュがなにか横槍を企んで利用しようとしても、実行出来る幅が狭ければ危険度は飛躍的に下がる。
だが、それは同時に、不測の自体――例えば強力な外敵の襲撃など――が起こった時に、対応が遅れる可能性をも示唆しているのだ。
長期間に渡る精神的安心と、緊急時の物理的安全。簡単に二者択一するには難題だ。
「難儀な話や。量産したトレイルローバーに適当に武器と装甲付けて、ドロイドでも乗せたら戦争できてまうもんなぁ。複雑な命令は無理やろうけど、進め、撃て、位なら可能や。俺らが元勇者やなんや言うても、数の暴力には敵わん。変な気ぃ起こされたらちょっと怖いなぁ」
現場で指揮を取っていた者だけに、大和の言葉は重い。
「んでも……霧島サン。俺はその知性体の権限維持に一票入れますわ」
「んん? うん、理由を聞かせてくれるかい?」
前言を翻すような大和の言葉に少し訝しむような壮一郎。
「まぁ、”蒸気船は一人では動かん”って言いますやん? こいつが艦の運用に不可欠なんは言わずもがなやし」
「それは坂本龍馬かい? 渋いね」
「親父の趣味やってん。それは置いといて、霧島サンの[誓約]がキッチリ機能するんやったら、奴らは俺達の持つ物に対して干渉出来ん筈や。それやったら基本モジュールを義体にでも移しておけば干渉の危険性は下がる。二つ目。此方には干渉を弾ける晶クンの便利能力が有るやん。もしもの時はシャットアウトすれば良いんちゃう?」
「なるほど。もしもの時に対処できる手段もあると」
「そう。三つ目やけど……そんなちびっ子に俺らの都合を押し付けて縛るのはなぁ?」
「うん、そうだね……え? 見た目の問題なのかい? いや確かに彼女は生まれたてだけど」
アマテラスはプログラムが完成してローンチされてからまだ数年。魂を挿れられてからだとまだニ日だ。
「あらぁ、大和君。女の子を庇うなんて見なおしたわぁ」
「いやいや、別に庇うとかそういう事ちゃうんやけどね。……生身が無いっちゅう意味では俺もコイツも似たようなモンやから。多少親近感はあるかも知れんね」
AIベースの電子生命と、生身を持たない強化サイボーグ。共通点は無くもない。
「うん、分かった。それじゃあ今後、アマテラスさんには僕らの六人目の仲間として頑張ってもらおうと思うけど。皆もそれでいいかな?」
「いいんじゃね? むしろ美少女は必須栄養素っていうかー」
「オレも大丈夫っすよ。魂を得たってことはオレらと変わりないってことっすよね。別に前の世界にも精神体とか居たんで抵抗は無いっす」
「言い出したのは俺やからね。勿論是や」
「私も賛成よぉ」
「うん。なら、そういうことで。アマテラスさん今後宜しく。歓迎会は落ち着いてからでいいよね」
「分かりました。宜しくお願い致します」
琉華の拍手に全員が乗っかる。
「アナタ、アマテラスちゃんの体を作らなくっちゃ。着いたら作りに行ってくるわね? でも、この立体映像と同じって言うのも芸が無いわよねぇ」
可愛らしく腕を組んで考える琉華。押し上げられた胸が腕から溢れようと激しく自己主張する。
「アマテラスちゃんはどういう感じがいいの?」
「外観にこだわりはありません」
にべもないが、この程度で琉華はへこたれない。
「だめよぉ、色々好みとかもあるじゃない。ねぇ?」
「…………え? なんで俺見てんの?」
「好み。それは対異性に求める個人的な趣味性、あるいは趣向という意味で間違いありませんか?」
「そうよぉー。素が可愛いんだから基本ポイントは高いわよねぇ。後は体格とかかしら……」
「……だからなんで俺を見んの?」
苦笑する大和。
アマテラスの権限維持に声を挙げたのは別に他意があった訳ではない。
「外観とか、そのまんまでええやん」
映しだされているアマテラスを見やる大和。アマテラスの身長はかなり小柄な光希と比べても大差がない、つまり小さい。
「そのままって……大和さん意外とコアっすね……」
「あぁ、いやいやいや、違うねんで、別に悩まんでも、そのままの感じで大きくしたらええんちゃうのん? って事で」
誤解を招かないよう慌てて説明を補足する大和。
「そ、そそ、それはつまりこのままおっぱいだけを大きくしろっていうことか!!」
「なんでやねん!!」
「ヤ、ヤマとんて、ロ、ロリなの? ロリきょぬーフェチなの?」
「ま、待てや! ち、違う! そんなんやないねん! おまっ! 誤解を招くやろ!」
「お、おお、おまわりさーん! こっちにロリきょうぅ痛いいたた痛い痛い!」
「やめ言うとんのじゃぼけぇええええ」
「あ、で、出る、なんか出るぶぁああ! アーーッ…………」
大和に正面から顔面を鷲掴まれてぶら下がる光希の四肢から、すとん、と力が抜ける。
「ほらほら、そろそろ着くよ? 皆遊んでないで衝撃に備えて……」
「アナタ、放って置けば? あの子たちもその内飽きるわよ」
調律者達もSeaSOLIDの事はある程度、理解している様だったので、まさか陸地の上に放り出される事は無いだろうが、場所が悪ければ衝突や座礁など重大な事故になりかねない。……が、待つメンバー達の殆どに緊張感は微塵も無い。
「はぁ、そうだね。若いって羨ましい」
和気藹々とした空気の中――――――――着水した。




