第04話 「Senior」 ~何事も丈夫な体が資本です。
東京都、副都心
高い塀に囲まれた広大な敷地には、職人の手によって多くの樹々と水場が緻密なバランスで形成され、一帯は自然の清涼感に満たされている。
自然の森林と異なるのは、樹々の間と地面の下には巧みに隠蔽された最新鋭かつ最高のセキュリティ機器が配されており、もはや一般人の自宅とは呼べない鉄壁の防御システムを構築している点だろう。
敷地の中央には壮一郎と琉華の自宅、すなわち、霧島アビオニクス社を母体とするキリシマグループCEO兼会長と、その愛妻の居する大邸宅が建つ。
待ち合わせ場所で合流した晶、光希、大和の三人は、内装に高級感が漂う大型バンで迎えに来た屈強な黒服たちに守られるようにして霧島邸の再奥部、壮一郎の私室へと案内されている。
「会長は此方でお待ちです。……会長、お客様をお連れ致しました」
「どうぞぉー開けていいわよぉー」
黒服の一人が重厚な扉をノックして声を掛けると、中から間延びした柔らかな女性の声が答えた。
「これがホンマのVIPの家やねんな……。俺には一生縁のないもんやと思てたわ」
「でもなんか生活感無くないっすか」
「か、金持ちは、ひひ、平屋建てに住むって噂……初めて、し、信じる気になったぜ……」
重厚な樫の扉を押し開くと、壮一郎が手を振ってくる。
「やぁ、良く来たねお三方。どうぞさぁ入って、好きな所に掛けて下さい」
壮一郎は三人を室内へ迎え入れると、自分は背凭れのない低いスツールに座り、晶達には詰めれば大人が十二、三人は座れそうなL字のコーナーソファを勧める。
「うぉおおお……か、体が沈む……」
「ん? ……すげぇ、これフェイクじゃないな、本皮っすよ。はぁー、有る所にはあるもんなんすね……」
「そうやなぁ……。今どき人工もんちゃうんか……ごっついなこれ。金額的な意味で」
現在において動物の皮革は非常に高価だ。
環境の変化で動物が激減したことも一因だが、家畜、例えば肉牛なら、生産効率を極限まで上げる為に革や骨など、可食部以外の部位の耐久が下げられた改良種が主流になったこと等も要因に挙げられる。
「遠い所お疲れ様でした。帰りはうちので送りますからね」
「皆、昨日は大変だったわねぇ。私もびっくりしたわぁ」
「そうだね。あ、自宅だと思って遠慮なく寛いで下さい。飲み物は? なんでもあるよ」
「えと、じゃあオレはコーラでお願いします」
「肉。高いの」
「俺、生中」
「おぃい! 飲み物だって言ってんじゃん!? つか弓削さんアルコールはマズイっす!」
「か、噛まずに飲めば飲み物扱いで……」
「それは噛めよ! 消化に悪いわ!」
「ほう……横峯くん。なかなかええツッコミやな……」
感心したように晶を見る大和。
「まぁ大丈夫やで、アルコールは体内プラントですぐ分解出来るし、まぁ気分やん気分」
「どんな気分すか……」
「ハハハ、無ければ作らせるからなんでも言って下さいね」
僅か十分ほどで部屋に届けられた様々な|飲み物(、、、)を囲み、一息ついた所で壮一郎が話しだす。
「できれば皆をゆっくり案内したいんだけどね、期限まであまり時間に余裕は残されていませんから」
返答の期限は最大に引き伸ばして三日。
「……そやね。甚だ不愉快やけど期限は期限や」
「ははは、忘れがちだけど彼らは一応主神格なのだし、無闇に怒らせるのもちょっとね。……それじゃあ横峯君、お願い出来るかい?」
「うっす」
晶は軽く頷くと、ポケットから折りたたんだ紙を取り出し、何事か呟く。紙に書かれた複雑な文様が光を発すると、外部の音や窓から差し込む光まで遮断された事が他のメンバーにも見て取れた。
昨日取り戻した[ディフレクト]――勇者時代に会得していた固有スキル――で部屋全体を覆ったのだ。
「これで覗き対策は万全っす!」
「うん、これは凄いね、ありがとう。誰に聞き耳を立てられているか分かったものではないからね」
本来マナの薄い地球では術は行使できない。
今ここで晶が術を行使できたのは昨日、モクレノギヌスから再度ディフレクトを覚えさせて貰った上で、ヒルメギヌスから直接マナの供給が行われているからだ。
調律者の力を借りて、調律者を警戒するなど、本末転倒も甚だしいが、贅沢は言っていられない。使えるものはなんでも使うのが生き残るセオリーだ。
テーブルの横に届けられていたワゴンからティーセットを下ろした琉華が壮一郎の隣に着席する。
「では初めましょうか、まずは改めて。霧島壮一郎です。今は四十一、……いや四十二だっけ? ……まぁナノマシンを接種してるので歳は今更ですね。二十二歳頃だったかなぁ、召喚されて異界に渡ってから数年で帰還しました。御存知の通り、先日取り戻した能力は[誓約]、これは互いに交わした誓約を順守させる能力です。そして妻の――」
「こんにちは、うふふ霧島琉華です、壮一郎さんの愛妻ですよぉ?」
「ハハハ、よさないかい琉華。勿論知っているから」
胸焼けしそうな光景にうわぁ、と言う小さな声が漏れる。
「うふふ、本名はルクレシア。昨日、イシュ様って居られたでしょう? あの人の治めているイスラルテリア出身なのだけど、壮一郎さんが地球に帰る時にくっついて地球に来ちゃったの。だから、正確には皆と同じって分けじゃないのよ。出来るのは魔術……こちら風に言えば魔法かしら? が少しと、生まれつき[夢見]っていうスキルがあるわ。元はイシュ様から託宣を下ろすのに必要なスキルだからあんまり役には立てないかも知れないわねぇ」
「そばに居てくれるだけで十分だよ、琉華」
「うふふ、そう言ってくれるって信じてたわぁアナタ」
「リ、リア充過ぐる、ぜ、全力で床ドンしても許されるレベル」
「……独りモンにはきっついわ……」
ハハハうふふ、と笑い合う夫婦の視線を受けた晶が、グラスを戻して話し始める。
「あ、えっと、ども。横峯晶っす、今年十九っす。高一ん時に穴に落ちたら召喚されてました。言われるままに勇者やって、十八ん時に帰ってきて。んで高卒認定取って、今はバイトしながら大学行ってるっす。会ったのは昨日が初めてっすけど、たぶん昨日いたウザい金髪、あれがモッカの調律者っすね。能力は要るかなーと思って[ディフレクト]選びました。見て貰った後なんで説明は省くっすけど、まぁ防御スキルっす。得意なのは剣すかね、法陣術つってなんかに陣を描いて使う魔法がちょろっとだけ使えるっす」
「ディフレクトを還付して貰ったのは僕も良い選択だと思う。もし無ければ今、此処で悠長に話しなどしていられなかっただろうしね。じゃあ次は……」
壮一郎は晶を褒めながら、大和に視線を移す。
「ん、俺か。弓削 大和、今年二十七。拉致られてたのはハタチん時から三年ぐらいやったかな。魔法は無い世界やったから俺も使えん。けど、変わりに全身がちょっと特殊な義体にされてんねん。というより、生身の部分は殆ど無い」
「マジすか……」
「ヘ、ヘビー……」
軽く引く晶と光希。
「え? あぁゴメンゴメン、別にそんな顔させるつもりやないねん。今更グチグチ言うても俺の体は戻らんし、この体も意外と便利で気に入ってるねんで? どんだけ飲んでも酔わへんし、どんだけ食っても胃もたれせん! 撃てれても刺されても死なんし……、寿命なんか有ってないようなもんやしな。今は国防海軍特別警備隊第11小隊隊長、階級はやんごとなき、お歴々の判断で一等海佐。それと義体化技術、戦闘用サイボーグ研究のブラックボックス兼モルモット、それが俺や」
「なんとも……苦労が耐えない感じだね。義体化技術分野から資金を撤退させようかと思ってしまうよ……」
口の端を歪める壮一郎に対して、当の本人は軽く返す。
「またまた、そんなつもり無いくせに。まぁモノは考えようですやん? 調律者を許す気は無いけど、お蔭さんで階級特進したんも事実やしね」
「うん、まぁ撤退なんてしないけどね」
この辺りは経営者らしくドライな判断だ。
「あ、今更やけど自衛軍のSeaSOLID警備計画の現場責任者、あれ俺やねん。つまり今回俺は自分の仕事場ごとどっか連れてかれる訳。幸か不幸か、仕事上セキュリティやら軍管轄の駐留区域と軍需プラントの知識は持っとるから、これはアドバンテージかも知れん……って霧島サンは知ってたんやろうけど」
「まぁそうだね。仕事上、国防自衛軍もお得意様だから」
「なんや不自然なぐらい休暇申請があっさり通ったからなぁ。お陰で助かりましたわ」
ニヤリとした笑みを交わす二人。
「こちらこそだよ。話してくれてありがとう。……じゃあラスト、塚崎さん、お願いできるかい?」
「キ、キキ、キタ……つ、遂に拙者の番がぁッ! こ、ここ、こうなったら例のアレを出すしか……、我が右腕に封印されしッユウエスビィよ! 今此処に封印を解き放ち、その積もりし記憶を曝け出したまえ! あれ? 引っ掛かって取れない……ハッ!? まさか機関の妨害工作か!? おのれそこまで拙者のことが恐ろ」
「だぁああ! 厨ニセリフなげぇよ! んで生ハム置けよ!」
「ほら、あんまり時間も余裕ないやん?」
「だめよぉ光希ちゃん」
「お、おぉう、な、流れるようなツッコミにダメージが……? ん? これはこれで気持ち良い……? あ。取れた。こ、これ、オミヤーゲ」
そう言ってパーカーの袖の中から小さな細長い物体を取り出す。
「ジャ、ジャックとかありまする? これに合うやつ」
光希から受け取った物体をしげしげと眺める壮一郎。
「……もしかしてUSB記憶媒体かい? これまた随分とアンティークな物を持っているね。残念ながら此処には読み取れる端子はないなぁ」
「ふ、古い物のほうがクラックされ難いんだ。セ、セキュリティ命だし」
「ふむ、ちょっと待ってね。部下に端末を探して来らせよう」
「あー貸して貸して。……これやったら俺経由でそのまんま読めるわ。出力先は……あのモニターでええの?」
「なにそれ便利……。ただの脳筋かと思てた。立体データ多いからこっちで」
そう言って光希はテーブルの下に手を入れ、天板の立体表示をオンにする。
光希の持ち込んだUSBのデータは、大和の肩から伸びるケーブルを経て一度体内を通過してから、五人が囲んでいるテーブルの立体投影システムに出力された。
テーブル上には精巧なピラミッド状建造物の立体映像と共に、様々な資料が次々と表示されている。
「これは……SeaSOLIDだよね? でもこれ……区画整理図、排水量数値、管理システム概要、プラント区域への入居予定企業の情報まで……!? 塚崎さん……これはまさか」
「なっんでやねん! 一般公開されていないどころか、警備の責任者やってる俺ですら見た事無い情報まであるとか、笑ろてまうやろコレ」
「あらあら。光希ちゃん、どこから拾ってきたのかしらぁ?」
「やべぇ、コレ国家機密の塊っすね…………。アウト」
場の視線が光希に集中する。
「拙者の名は電子の精霊ミキティッ!! ……とか……、言ってみたかったんだ……。反省はしている……後悔もちょびっとしている」
引きつった笑顔で言い切る光希。
「あー、入居予定で、内部の土地を借り上げてる企業のリストにうちも載ってるから……本物だねこれ。……転移前に少しでも情報を集めようと奔走した僕の苦労は……こちらの方が余程精度が高い……はぁ」
「いやいや、霧島サン。考えたら負けや。政府の防壁を掻い潜るアホがおるなんぞ、普通は考えん」
「……そうだね。しかしこれも役立つのは間違いないか。ありがとう塚崎さん」
「お、おう、敬意を込めてミキティと呼んでくれていいお」
「精霊どこ行ったよ……」
「ハハハ、さてと。皆、ここからが本番です。昨日の調律者からの話ですが、私と琉華……妻は、細かな条件を記した契約を交わした上でなら受けても良いかと考えています」
集まったメンバーの顔が引き締まる。
「……霧島サン、一つだけ質問させてや? スキル……誓約やったっけ、それは調律者共にもキッチリ効果を見込めるもんなん?」
「その筈だよ。私のかつての二つ名、提案する者としてのスキル[誓約]は立場など一切関係なく縛るんだ。でも正直に言うと可能性が無いわけじゃない」
「……絶対では無いと」
「何事にも絶対など存在しないよ。ただ、僕らのポテンシャルを考えれば調律者と言えどもそう簡単には破ることは出来ない、そう考えているよ」
「なるほどなぁ……うん、分かった。大人しいモルモットしてるんも、ええ加減飽きたしな。行くわ」
「あ、せ、拙者も行く。き、基本暇だし、ゲ、ゲームしかしてないし」
「まぁ俺も行くっすけど。……これから頭プリンになるために、意を決して染めたというのか……畜生め……」
「……なんや、横峯クンも義体化したらええねん。髪なんぞなんぼでも生やせるようなんで?」
「いや、それはさすがに……」
髪を自在に生やすためだけに義体化する度胸はない。
そもそも晶が危惧しているのは髪の量ではなく、個性の薄さをいかにして打開するか、その一点なのだ。
大金を積んで頭皮のみ人工皮膚を移植する強者も居るには居るらしいが、そんな事を晶が知る筈もない。
「よ、横峯氏、存在感薄いし、プッ、プリンなっても誰も気付かないんじゃね? うぷぷ」
「うっせぇ傷エグんな! 誰がモブFだよ!!」
「え、あ、せ、拙者そこまで言ってねぇ……」
「くそう……、そういえば塚崎はゲームっぽい世界から戻ったんだろ。昨日何戻してもらったの? スキルとかたくさんあったんだろ?」
「く、くふふ、そりゃあもう多かったですぜ、な、なな、なんせゲームが元ネタだったからな。有名ドコロで言えば、サンダーガァ、ファーイガァ、ブリザーガァの三属性スキルとか、隕石召喚してド派手にインパクトォ! とか、炎の召喚獣イフリーツォとか……」
「どんな術なのかしらぁ、楽しみねぇ」
「む? せ、拙者的にはそのメロンの方が気になるですよ……推定100オーバーのルカたん」
自信満々な光希の発言に室内に激しい衝撃が走る。
「おぉおま、急に何言っちゃってるの!」
「あら、惜しいわねぇ。こないだお店で測って貰った時102のけ」
「琉華ー、止めなさい、光希ちゃんと晶くんも落ち着いて」
「お……すまそ、ちょっと羨ましかったんだ……」
琉華の胸と自分の体を見比べる光希。
「で結局、何を取り戻したんや?」
「ん? [ダグザの祝福]っつって……まぁ身体強化ですけど?」
空気が一転して、静寂に包まれる。
「は? 身体強化って、体力をあげたりするアレ?」
「そうそうアレ。あ、横峯氏のとこにも有った?」
「おぉ、地味だけど便利だよな……じゃッねぇよッ。さっきの派手魔法の羅列はなんだったんだよ!」
「い、いいだろ別に! ひ、引き女のひ弱さナメんな!」
「胸張って言うなよ!」
「は!? 張るほど無いとか言いたいのかッ! チクショウめ!」
「言ってねぇ!!」
「光希ちゃん、意外と堅実なのねぇ」
「奇を衒ったモノよりは良いかも知れない。体は資本だしね」
「順当やん。正直もっと訳分からんの選んでるんちゃうかと思とった」
納得顔の三人は、騒ぎ出した晶と光希を止めもせず、しばらく楽しそうに眺めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
霧島邸地下、ガレージ
透明な防水シートで梱包されたままの姿で立ち並ぶ様々な機器や機材。
それらは生活に必要な全てが揃うSeaSOLIDにも用意が無いであろう特殊な物ばかりだ。
その多くは、家畜に対して位置や体調をチェックするインプラントカプセルに関係する物等の動物の管理や、動物行動学に関わる物、生物の胞胚解析や改良などに使われる機材などバイオ技術関連の機材が多い。勿論壮一郎たちには扱えないものだし、それ以前に実際使うのか、必要なのかすらも怪しいが、途中で取り寄せることが出来ない環境なのだから準備しておくに越したことはないというのが壮一郎の持論だ。
調律者との期限に間に合わせる為に、金にモノを言わせ半場、無理矢理に各所からかき集めた物で、中には自社研究所から運び出させた機材も有る。
どの機材も一台で数億は下らないだろう。
期限の時刻前になれば、もう一度呼び出されそのまま現地へ飛ぶことになるだろうから、この程度の備品が増えても懸念にはならない筈だ。もしダメだと言われれば、留守を任せる優秀な部下たちが研究施設に戻すなり、売却するなりと上手く対処してくれるだろう。
運び込んだリストに抜けがないかチェックを行なっていると、いつの間にか、後ろに琉華が来ていた。
「やぁ、まだ起きていたのかい。今日は疲れただろう? 先に寝ていてくれて構わないと言ったじゃないか」
「うん。寝付けなかったの」
珍しく間延びせずに話す妻の表情は真剣なものだ。
壮一郎は電子ペーパー端末を小さく畳んで胸ポケットに入れると、話を聞くべく妻の方へと向き直る。
「……その……良かったの? アナタ、本当に後悔していない?」
妻の言う事は良く分かる。
やっと二人でここまで来たのだから。
昨晩、霧島邸で夕食を振舞った後も話は続いた。
元々が良く似た、非常に近い境遇の者同士なのだ。帰る頃には全員がお互いを名前で呼び合う程度には打ち解けていた。
そして。
結論から言えば、自分たちは要請を受ける。
調律者は神だ。
昨日の彼らが神としてどの程度の階位に居るのか、更に上がいるのかも分からないが、彼ら自身が自らを調律者などと呼称していても、神々の一柱であることに変わりはない。
その上で。
他の世界の住民がどうなろうと、またその管理を行っていた調律者がその様な責を負おうと、壮一郎には知ったことではない。
だが、基本的な大前提として、彼ら調律者は人間の一個体に感慨など抱かない。
断った場合、彼らがこの地球に何かしらのちょっかいを出さないと言う保証もないのだ。
この世界に生きる人間として、同じ世界に生きる人間が被害を被るのはやはり御免被りたい。大和君的に言えば「気に入らん」といった所だ。
だから受けると決めた。全員一致だった。
互いに知る情報を出し合っては、避けて通れないと予想される、様々な事柄を決めていった。
まずは、意思疎通の図れる者に対して何事も強制しない。
急に現れて、
「どうやら星が怒ってるらしいので、あなた達を保護しますね」
などと言っても、向こうからすれば、頭のおかしな宗教か、言葉遣いの丁寧な人攫いとなんら変わらない。
それに、絶対的な力を持つ者に従属や命題を無理やり課せられる辛酸を嫌というほど味わっている自分達が、他人に同じ事を強要出来るわけがない。
壮一郎が取り戻したスキル[誓約]に盛り込む内容も長い時間を掛けて議論し合った。
自分たちの安全確保と、どうにも胡散臭さい調律者達へのせめてもの抵抗とするためだ。
要約すると、
|雇用主(調律者)は、|被雇用者(帰還者達)自身と還付した能力、地球から持ち込まれた物品及びSeaSOLID内部で生産された物に対し、あらゆる干渉|(接触、改竄、転移、精神干渉等含む)を行わない事。已むを得ない場合は説明の上、十分な余裕(七十二時間以上)を確保した後に行わなう事。
誓約が為されている限りにおいて、被雇用者は事前の承認を得ずに任を放棄しない事。また契約内容の遂行に最大限努力する事。
雇用者側が誓約を破棄した時、担当者は非雇用者を速やかに所定の地に戻す事。これが為されない場合、対象には誓約の理において多大なるペナルティが生ず。
被雇用者に依って誓約が破棄された場合、雇用者は被雇用者の帰還に関する一切の責任を即時放棄出来るものとする。
という物が大まかな内容だ。
この場合『雇用主』というのが調律者。『被雇用者』が帰還者達だ。
相手は神。それもどうにも胡散臭い相手と交わす契約なのだ。
過剰にでも身の安全は確保したい所だが、調律者すら縛る術とは言え、双方の同意の下に契約が成立していなければ、当然その効力は発揮されない。
断らないとは思うが、ふっかけ過ぎて調律者達に誓約を断られば元も子もないのだ。
「うん。……そうだね。あの傲岸不遜極まりない神々、調律者がここまで赴いて頼み事をする。琉華も知っている通り、誓約は術というより、他神の力を流用した呪いだからね。破れば調律者とはいえ無傷では居られない。そんな軽くないペナルティを背負い、地球の調律者に頭を下げ、僕らを脅し、頼み込んでで。それでもさせたい何かがあるんだろうね」
何かがある。
勘の鋭い琉華だけではない。それは集まっていた全員が感じているだろう。
「そこまで分かっているならどうして? ……イシュ様の性質からしても必ず何か仕掛けてくると思うの。もう遅いかも知れない」
「そうだね。でもほら、晶君に光希ちゃん、そして大和君。三人とも良い子達だと思わないかい?」
「ええ、とってもいい子達だったわ」
「僕もそう思う。皆、話してくれた状況下で、よく曲がらずにいてくれたと思うんだ。……恐らく彼らは僕達が行かなくてもフォイラインに向かう事を選んでいた筈だ」
浮かない顔の妻をそっと、優しく抱きしめ、ぐっと近づいた妻の耳元に話し続ける。
「僕は彼らの助けになりたいと思っているんだ。なんだろうね、先輩勇者としての矜持みたいなのもあるかな。まぁ元とはいえ多世界の勇者が集えば多少の無茶も効くんじゃないかな……それに、何よりね」
ふっと体を離し、やや真剣な顔で言う。
「僕は調律者と名乗る神が大っ嫌いなんだ。……たぶん君もだろう?」
真面目くさった顔で放たれた変化球に、琉華も相好を崩してしまう。
「はぁ……ほんとにアナタは……。ふふ、今だから言うけど。無闇に上から目線のあの人は、私も大っ嫌いよ」
「ハハハ! 実はそうだろうな、と昔から思っていたんだ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とある邸宅のガレージに仲睦まじい夫婦の笑い声が響いている頃。
「貴女ね? ふふ、可哀想な仮初めの子。さぁ起きて。貴女に本当の命を与えましょう……暫くの間だけど世界を楽しみなさい……」
漆黒の闇の中では歪んだ女の哄笑が響いていた。




