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第11話 「Framework」 ~このやり取りも懐かしいね。


 変わって、ザンノイオのキャビン内。


 通路の上には貴賓室と書かれたプレートが掛かっており、座り心地を優先されている座席は僅かに十一シートのみ。その幾つかは対面するよう回転させられている。


 当初、三人が案内されたグラース婆の小屋は倒壊こそしていないものの、肉眼で分かる程斜めに傾ぎ、壁との間に縦に長い直角三角形の隙間を作っていた。

 仮に中で話している途中で崩れてきたとしても、壮一郎は問題無いとしても、この世界の人が地球と同じ様に老化に伴う体力や反応の低下等を引き起こすと仮定すれば、倒壊へのカウントダウンが絶賛進行中の家屋にグラース婆を引き止めるのは流石にどうなのか。

 結局、壮一郎の提案でザンノイオのキャビン内に移動したのだが、回転翼の爆音をも遮断するキャビンの防音壁は外の潮騒を完璧に遮断する為、真面目な話をする分には結果的にいい選択だったと言える。

 そうこう移動している内にさっさと作業を終えた晶と光希も合流して席に着いている。


「神様じゃなくてただの人……。それも此処じゃない世界から来ただなんて…………」


 沈黙に続く言葉は”信じられない” 恐らくこれで間違いないだろう。

 三人は紛れも無い人間で、神ではない。改めてそう聞かされてまずグラースやアミィ達は頭を抱えた。

 自らの理解の範疇を超えた現象に遭遇した者としては至ってスタンダードな反応だろう。

 自分たちの立場や何処から来たのかなど、出自や目的に関して話すタイミングは壮一郎に一任すると決めていたが、隠し通すつもりは余り無いようだ。


 聞いた所、少なくともこの村には明確な”神”という信仰の対象はないらしい。人知の及ばない現象に対する恐れと敬いの感情に対して、神という曖昧な形容を使っているだけだ。

 精霊信仰、あるいは日本の八百万信仰に近いかもしれない。

 中でも、険しい山中に居を構えていたアルバァタリィ族は信仰心が高い。だからこそ、自分たちの危機的状況を救ってくれた人知を超えた事象――転移してきたSeaSOLID――にもさして悪感情を持たなかったようだ。


 ミトゥリアミィ――先ほど盛大に噛んでいた少女――と、その親類らしい、ノークと名乗る同種族の巨漢は、これまでの話に理解が及ばない様で二人して頭を抱え、うんうん唸っている。

 対して、グラースにそれほど同様した様子は見られない。

 話しに驚いてはいるようだが、渡されたミネラルウォーターのペットボトルを傾け、平気でぐびぐび飲んでは、壮一郎の説明に相槌を打っている。


「まぁミトリアミィさん達にイメージ浮かばないのも無理はないっす。立場が逆なら俺だって疑うだろうし」


 戸惑いっぷりに一定の理解を示す晶。


「……ミトリアミィ、です」

「う、ごめん」

「ざ、ざまぁ、ニコポなんてなかった」

「……うっせぇ」


 既に晶と光希は、ビットドロイドが収集した地形データの確認、崩れた家屋の数や規模。調律者から存在を聞かされている化獣に対して防御結界の展開に加えて、怪我人の治療まで全てこなしている。

 村人の怪我は手足を擦りむいた程度が殆どだったので晶の設置した治癒魔術のドームに入ってくれと指示するだけで事足りたし、救援物資として積み込んできた食料や造水機などはこの話の後で降ろす手筈になっている。


 村人たちは晶達の来訪に驚いていたものの、指示には意外な程に素直に従ってくれた。

 自分たちが神ではないと初めに宣言しているが、やはりそう簡単に理解して貰えるものでもないらしい。

 中には通りすがりの晶や光希に両手を合わせて拝みだす老人もちらほら見られる始末だった。


「いやいや、アミィとてお三方の言葉を疑うておるのではないのです。目の前であの三角、シーソッリドじゃったか、あれが目の前に実際出てたのを見ながら話を信じぬは愚か者のすることよ。ただ……儂らは違う世界どころか、この中央大陸以外に人の住まう土地がある事を知らなんだゆえ。色々と整理が付きませんでな」

「そうなのですか。いや良かった、正直に申しまして初めから信じて貰えるとは思っていなかったもので、そう言って頂けると。あそこに着水したのは僕達の意思では無かったんです、津波を止めれたのは幸運でした。とは言え、村に波を被せてしまったのは申し訳ない」

「そのように何度も謝って頂かなくとも。儂らの命が助かったのは変え様のない事実じゃて。それにしても……たった数人でそのような事を為さねばならぬとは、なんとも難儀な事を頼まれましたな」

「ええまぁ確かに大変です、恐らく数年は掛かるでしょう。ですから……」


 一度言葉を切ると、自分の鞄から数枚のA4サイズのデジタルペーパーを取り出す。角に付く小さなスイッチをスライドさせると瞬時にシートは見慣れた普通紙の質感を再現する。


「な!? 摩訶不思議な紙じゃ……。む、これは……麦……水に肉……じゃーじ……? じゃーじとはなんですかな?」


 壮一郎がアマテラスに頼んで準備してきた救援物資の一部が現地の言葉で記されているが、グラース婆には理解できない単語が含まれていた。


「え……ジャージって……、もっと他の服なかったんすか?」

「いや、アマテラスさんに動きやすい服ってお願いしてたんだけど……まさか下着以外は全てフリーサイズジャージだとはさすがに僕も……」

「な、なんというジャージプッシュ」

「いや、服に関して言うならお前発言権無いから」


 光希は常にコスプレチックな衣装を好んで着用しているらしい。一度目、調律者達に呼び出された時はスクール水着。霧島邸での二度目は二次元キャラようなゴシックロリータ。そして今日は、有名格闘ゲームのキャラが着ているらしいキャミソールにかなり際どいホットパンツを着用している。露出の多さに閉口した晶に、怪我とか怖くないのか? と聞かれた時、そのための身体強化です、と答えてその場の全員を戦慄させた。


「ええと、ジャージとは我々の世界のポピュラーかつ簡易的な衣服……です。まぁそこにあるのは当面の食料と水、衛生用品……身を清潔保つための道具などですね。造水機は海水から真水を作る道具ですよ」

「なんじゃ服なのか。名前からして薬草かと思うた……。それにしても海から水を作れるとは真ですかな?」

「勿論です、後で実際に動かしながら説明しましょう。グラース殿、村の状況は確認しました。原因の一端は我々にも責任が有ると考えています。まず救援物資としてこのような物を贈らせて頂いて、後の復興にもご協力させて頂きたいと思っています……」

「うそっ! 助けて貰った上にそんなに!?」


 アミィの反応は正しい。だがグラースはその先を読む。


「……代わりに、この村を物や集めた動物の置き場として使わせて欲しいということですな?」

「……半分正解です。見させて頂いた所、此処は外敵も少なく、地形も守りに適しています。何より我々の本拠地であるSeaSOLIDに最も近い。失礼な言い様ですが、この地は以前から食料の自給すら危うかったのでは?」

「ふむ。よくお分かりに為られましたな。その通りですじゃ、昨年の収穫だけではそのうち飢える者が出るやも知れぬとは思っとりました。そうならぬよう、畑を増やそうと。孫が増えたところでしたのでな」


「婆様……」


 現状でも十二分に苦しいアイビス村に受け入れて貰ったと矢先にこの騒動なのだ。アミィ達が原因ではないが、気の強さは鳴りを潜める。


「その様な顔をするでない。多少の危険はあるが漁を再開する事も考えておったのじゃ。心配はいらぬ」

「そこでですね、残り半分をご提案したい」

「いったい何を……?」

「まず土地をお借りしたい。集める動植物の集積地として我々が施設を建てて使わせて頂く。そしてそこで仕事を請け負って頂きたいのです。動植物の仕分けに世話や管理。増えであろう人々に色々と教える為の教育係も是非お願いしたい。要は僕らの仕事を支える様々な事をこの村の人達にご協力頂きたいのです。もちろんサポート業務だけで結構です、危ない所に行けなどとは言いません。ご協力願えませんか?」

「……儂らに畑を放り出して、仕事を手伝えと言われるか?」


 質問に質問で返すグラース婆だが……思いの外に表情は明るい。


「ええまぁ、有り体に言えばそうです。と言うのも、我々の技術でも一度海水を被った土壌の再生には数ヶ月は掛かるそうです。少なくともその間手持ち無沙汰でというのもお困りでは?」


 暗に土壌再生まで行なっても良いと言う条件を出す壮一郎。


「……そうじゃの。無為徒食(むいとしょく)をむさぼるのは本意ではない……」


 にこやかな二人の顔には、邪気もてらいも見られないが、水面下では何やら探り合いをしているようだ。


「ご助力頂けるなら、労働への対価として衣食住の全てを此方で援助させて頂きます。余裕が出れば畑仕事をして頂いても構いません。ただ……一度受けた業務に支障が出ない範囲にして頂けると助かりますが」

「うぅむ……こっからは本音で話させて貰いますぞ。儂らとしては好条件過ぎての、逆に信じきれぬのです。村に波を被せたのは故意にでもあるまいし、それどころかお陰で儂らは命が助かった。儂らはそなたらに恩義こそ感じはすれ恨む気持ちなど毛頭ないのは伝わっておるじゃろう。何故そこまでしてくれる」

「いいですね。その方が僕も話しやすいです。正直に言って打算が八割なんですよ。僕らにはあの三角、SeaSOLIDが有りますが、人的資源は乏しい。更に陸上拠点の獲得も今後を考えると必要不可欠です」

「壮一郎さん、ぶっちゃけますねー。つか打算80パーセントってほぼ大半じゃないっすか」

「ま、間違いなく傘持って出るレベル」

「ふむ、では残りの二割はなんなのです?」

「その二割は、困ったときはお互い様、というやつですよ。というのも僕らの故郷も頻繁に自然災害の脅威に晒されていた特異な国でしてね。災害時には助け合うのが染み付いているんですよ」

「なるほど…………うむ。此方としても願ったりかなったり。お手伝いさせて頂こう。じゃが見ての通り村は酷い有様じゃ。当分はそれらしいことは何も出来ませんぞ?」

「いやぁ良かった! ご協力に感謝します。今日は時間にも余裕が無かったもので、援助の極一部です。本格的な支援内容なんかもこれから詰めて行きましょう」

「こちらこそ、宜しく頼みますぞ」


 立ち上がって笑顔で握手を交わすグラース婆と壮一郎。


「え? て言うか、なんでよこれ!?」


 なんとなしに、グラースの持つデジタルペーパーを覗きこんだミトゥリアミィが思わず声をあげる。


「これ中央標準言語セントフィリア文字じゃない! やたら達筆だしッ? 来た所なんでしょ!?」


「あぁ……このやり取りも久しぶりですね。久方ぶりなので失念していました。ミトゥリアミィさんが疑問に思われたのは文字を何故僕が書けたのか、という点ですね? 仰る通り僕たちは到着して間もないですが、皆さんがお話されているセントフィリア語でしたか。これについては読み書きも含めて問題はありません」

「だからどうして……」


 中央共通言語セントフィリアとは、フォイン最大の中央大陸において、個々に生活を営む種族が多い中、交易を生業とするウァジネヴィス族が種族ごとの不均衡を解消する為、当時から最大の国家であったセト神国の言葉を広めたものが元になったと言われている。大陸のどこでも通じる共通の便利言語だ。


「驚くかも知れないっすけど、あれに乗って来ているのは皆そういう人間ばかりなんすよ。つかさっきから俺達とも会話出来てるっしょ」

「あ! そう言えばそうだわ……」

「い、いい、いわゆる勇者補正ってやつ。ス、スルーでおk」

「す、するでお……? ……分った」

「なんとも話を聞けば聞くほど人とは思えぬ程に人離れしておるが……今はその力が有難い。それよりソウイチロウ殿よ、書かれているこれはどういう……」


 その後は周辺の村人たちも交えた即席の説明会となった。


 村の北部方面、大きく開いている土地を自由に使って良いこと、浜に小型の桟橋と荷降ろし場の建設許可も得た。

 援助物資の内容と搬送方法やスケジュール。

 様々な物の使い方と、それに伴って代表者に簡単な日本語の読み方を覚えて貰う事。

 これにはミトゥリアミィを含めた立候補者の数名がその場で内定した。


 この村に生活に必要な物資を供給しようと思えば、語弊無く、”何もかも”を提供することも出来る。

 大陸が沈んでも生き延びれると言われるSeaSOLIDは、組成の類する海洋が存在する限り、荒れた大地を人の住める土地に復する技術と物資を作り出すプラントが有る。言ってみれば擬似テラフォーミングを手早く施す事も可能なのだ。


 しかし、それは出来ない。

 初っ端から過剰な援助を行えば住民の労働意欲、引いては自立心を容易に砕く。

 そして農産プラントから、播種率や保水性、成長速度を高め、過酷な環境に耐える性質を持たせた植物の種子を持ちだして、ばら撒けば、あっと言う間に在来種を駆逐してしまうのは想像に難くない。

 線引は非常に難しく、視点によっては現状ですら介入し過ぎだと取るだろう。

 だからこそ、必要な事以外はなるべく自重して行こうと決めている。


「今日はこれぐらいにしておきましょうか。残った物資の分配などはグラース殿にお任せしますので」

「助かる。今日は帰るのじゃろ、明日はどうするんじゃ」

「勿論、朝から来ますよ」

「いや、少しぐらい休んでも良いのではないかの?」

「今日来れていない仲間の紹介も済ませたいですし、桟橋や貸して頂く敷地への建設計画も早めに始めたいのです。村の方々も家のある暮らしに早く戻りたいでしょうし。我々としても早く陸地に拠点の一つも築いておきたいのですよ」

「さようか、アミィは明日からそちらに預けると言うことでよかったの」

「ええ、村の方々にも色々と動いて頂ければと思っています。勿論それに見合う援助はさせて頂きますので」

「貰ろうた食べ物と衣服だけでも十分じゃが……うむ、心得た。あの空飛ぶ道具が見えたら、皆を浜に集めておこう」

「助かります。グラース殿、ミトゥリアミィさん、それでは今日の所は失礼致します。二人共!? そろそろ帰るよー?」

「え? あ、はい! お気をつけて!」

「うっわ、もう暗くなって来てるじゃん」

「おぉお……晶氏、あ、あれ、ゆ、夕日超綺麗、スクショ撮りたし……」


 晶と光希に隅っこで様々な話を聞いていたミトゥリアミィ達三人は慌てて返事を返す、歳が近いせいか三人とも地味に仲良くなっているようだ。


 山に隠れる直前の夕日は調律者とのいざこざを忘れさせるほど美しく、網膜に鮮明に焼きつくかの様な鮮烈な赤だった。


 物資を降ろして身軽になったザンノイオは静かなエンジン音を響かせながら、乾きつつある多量の砂と共に夕日の空に舞い上がり、あっと言う間に帰っていった。


「明日も朝からじゃと。なんとも勤勉な御方々よの」


 グラース婆の苦労の滲む指には些か不釣り合いな指輪――調律者達に渡したものより色も薄く若干細い――が填められ、その手に握られるのは丸められた上質な紙。そこには今日話し合った内容が壮一郎の手で分かりやすく纏められている。


「婆様……あれを人が作ったなんて信じられない……」

「あれというのは、マナを使わず空を飛ぶ船の事か? それとも海の三角の事か?」


 グラース婆は遥かな海に浮かぶSeaSOLIDを指差す。


「全部……正直何もかもです。分けてくれた食料も、服も、海から真水を作る箱も……あの人達自身も……夢を見ているみたい。……信じていいのかしら」

「……話の中でソウイチロウ殿が意図的に隠している”何か”が有った。じゃがそれは些事なんじゃろ。儂らにはどうでも良いことじゃ、あの三角の方々が儂らに仇なすことは無い。」

「どうして言い切れるの?」

「そのつもりで来たのなら儂らはとっくの昔に死んでおるじゃろ。そなたが住み込みでの見聞役に立候補したのも興味が有っただけではなく、アキラ、ミキの両人と話して、少なからず信用したからではないのか? 随分楽しそうに話しておったではないか」

「まぁ……そうですけど」

「ふぇっふぇ。……今日は儂もさすがに疲れた。明日からどうなることか楽しみじゃてな、アミィも早めに休んでおくのじゃぞ。明日からはたくさん学んでくるがええ」

「……うん!」



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