第10話 「Reactor」 ~純情なキリングマシーン。
SeaSOLID下層、ロボティクスプラント。
晶や壮一郎が村で活動している間、琉華、大和、アマテラスの三人は、義体やドロイドを生産する専用プラントの一角を訪れていた。
「ここ初めて見たけど、なんちゅうか……さすが採算度外視で作っただけあるなぁ」
近年の義体技術は、誰かさんを解析する事で目覚ましい発展の一途を遂げており、それはもう頻繁にモデルチェンジやバージョンアップを繰り返す。
生産する設備も機能の多角化と多様化、技術の高度化と、新しい機材が生み出されては次々と過去の物になっているが、そんな中でもこのSeaSOLIDには最新鋭の設備が備えられている。
大きなガラスが部屋を二つに分けており、手前には琉華と所在無さ気な大和が。
ガラスの向こう側、完全に電波遮断が為されているクリーンルームのベッドには新生アマテラス用の最新義体が横たわっている。
と言ってもまだ有機皮膚などの生体部品が未装着な姿なので、金属の外骨格が剥き出しだ。
「C-3POやなぁ、俺も中身はそうやけど。知ってる? C-3PO」
「……古典SF作品に登場するドロイドですね? ですが、客観的に見てもあらゆる面で此方の義体、そして私自身の方が高い能力を有しています。それ以前に私はこれから外装を施すのですから、その表現は些か心外です」
アマテラスはSeaSOLIDに設置されているスーパーコンピュータ[PHASE-eleven]で演算処理を行なう事を今後も継続するが、人格やプライベートな思考や記憶を含め、殆ど全てを義体に格納する。
リモートではなく本体をまるごと入れておくのは、調律者対策でもあるが、「自分の体ないと嫌やん?」という大和の案が可決されたからでもある。
今は機能の一部を、[PHASE-eleven]から義体へ移植する下準備が医療用ドロイド達によって行われている。
「機能移行の準備が整いました。……先程もお伝えしましたが、私の管理システムも一時的に遮断する必要がありますので、複数のエリアが一部システムを停止するでしょう。予想されるのは、精油、クレーン制御、海水精製、そして波力発電管制の一部です。これらの停止に伴って電圧降下など他のエリアに異変をきたす事も考えられます。最悪、このエリアの電源供給が断たれた場合はそちら側で私、アマテラスシステムの強制再起動をお願いします」
「随分さらっと言っているのだけど、もし再起動した時ってアマテラスちゃんの記憶や魂ってどうなるのかしら?」
「記憶はデータで保存が可能ですが、魂に関する記述も経験もありません。私見ですが、恐らく人間で言う所の死に相当するのではないかと。勿論再起動後の私でもSeaSOLIDの管理は可能ですし、言ってみれば本来の状態に戻るだけですのでSeaSOLIDの運用には支障が出ないことをお約束できます」
(本来ならもっと積極的に再起動を進言すべきなのでしょうね)
プログラム規則に従って人間の保護を最優先するならば、むしろ不確定要素を孕んでいる自分の強制再起動を強く進言するべき。
(でも……)
とてつもなく広く、透き通った世界を知ってしまった今、自身の消失がこれほどに恐怖を感じるものだったとは。
「なんやねんそれ……。電気がアカンかもって言うても別系統があるんやろ?」
「このSeaSOLIDは、太陽光、波力、バイオマス、核融合など様々な発電施設を有しています。ですが統括管理が不可能な状況下と判断すれば自動的に病院、研究地区、融合炉の炉心冷却系など、一定以上のプライオリティを設定されているエリアに対して、優先供給するよう切り替えられます」
「困ったわねぇー。こういう時の為に何か用意されてないの?」
「ありません」
「……即答かいな」
「即答です。そもそも分散設置される[PHASE-eleven]とリアルタイムリンクするアマテラスシステムの不完全な形での強制再起動が必要になる状況など元々想定されていません。なぜなら……これは私見ですが、そうなった時はSeaSOLIDが沈む時ですので」
「沈む時て……そらそうか」
完成後も正式に国防軍の精鋭達が駐留する事が決まっていたSeaSOLIDだ。
統括システムを強制再起動する場面などそうそうに考えられない。
「……全てをAI任せにして、利便性を追求した結果がこれよねぇ」
「ルカ、その認識は少し間違っています。少なくとも管理者権限を持つ技術者が存在する地球上で運用される分には問題は無かったと思われますので」
「そうねぇ、その人達も連れてきたら良かったわぁ」
物騒な事を言い出す琉華。
「作業中に少なくともこのエリアだけ電源が落ちんかったらええんやろ? ……屋内工事が終わってへん上層から工事現場用の発電機を集めて運んでくると言うのは? 自衛軍の倉庫にも発電機ぐらいあるやろ?」
「…………。カメラネットワークで計測した限り、数、出力共に全く足りません」
「チッ……アカンか」
本来コンピュータという物は凄まじく電気を喰う物だ。最大四十万人が生活できるSeaSOLIDを支える、スーパーコンピュータともなればその必要量も尋常ではない量が求められる。
「んー、どうしましょぉ大和君、なにか良い案は無いかしらぁ?」
「…………あー、臭い芝居はもうええよ。琉華サン、元から予想してて連れて来てたんやろ?」
「あらぁ! 嫌だわぁ。失礼よぉ? 人を……狐みたいに。ふふ」
「ルカ、ヤマト、どういう事ですか? 説明を求めます」
「あー、つまりやなぁ…………俺の体にも融合炉が内蔵されとるんよな。小っさいけどこれはクソノヴァウェイ製で高出力やねん。稼働率上げたらバックアップするぐらい余裕ちゃうかってこと事」
「!? それでは……」
「そやね。始めっからこの為に連れて来られとったんよ、俺は。ったく、とんだ策士やわ」
「やだわぁ。……策士具合で言えば、私なんか足元にも及ばないわよ? そうねぇ私が五十ならあの人は五万ぐらいじゃないかしら?」
「……おっそろしい夫婦や」
「しかし、宜しいのですか? 小型の融合炉にそこまでのエネルギー発生負荷は厳しいのでは?」
「地球の技術やったらな。さっきも言っけどこれは特別製。多少出力を上げても問題無いやろ」
「そうですか……。わざわざ申し訳ありません。ありがとうございます、ヤマト」
「……え、ええよええよ。さっさと義体に移そうや」
「うふふー、照れてる照れてる、可愛いわねー。大丈夫よ大和君。生体パーツの選択権は譲ってあげるからね?」
「なッ!!?! なに言うとんねん!!?!」
全身義体の生体パーツの換装箇所など、皮膚以外では極限られている。
「これが照れている状態ですか」
「そうよぉ? 可愛いでしょう」
「これはなかなか……気分が良いものですね」
「くそ……ア、アカン! これ以上おったら毒されてまう! 早よ作業を開始してくれッ!」
巨体を崩れさせた大和が引きつった顔で懇願した。




