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第09話 「FirstVillager」 ~口から血、垂れてますよ。


 辺境の村落アイビス


 村長グラースの小屋に程近い、開けた砂浜に住人から発言力のある十数名が集まり、砂地にタップリと染み込んだ海水で尻が濡れるのも構わず、車座になって話し合いに没頭していた。


「やっぱり、何か不吉なもんじゃねぇのか……」

「皇国の新しい兵器とか……」

「あぁ……黒いしな……」

「うん、光ってるしな……」

「だな、尖ってるしな……」


 口々に不安を言葉にする若衆。

 突然現れて強大な力を示した後はなんの動きも無く、ただ水面に浮かぶ巨大な姿を見ては、不穏な想像の一つや二つ出て来るのも道理と言ったものだろう。


 一様に彼らが身に着けているのは、襟を前で合わせてから紐で縛るタイプの簡単な衣服で、足元は革を縫ったモカシンの様な靴を履いている。

 下半身の服装は男女毎に違うようで、男性はゆったりとしたシルエットのハーフパンツの様なズボンを、女性はキュロットスカートと言っても語弊のない物を履いている。どちらも海辺での作業を考えてのものだろう。

 衣服の多くは地味な色合いだが、襟だけを染めていたり、種族を表す物なのか角の文様が背中に染め抜いている物もチラホラと見受けられる。


 砂浜の輪の中には当然ながらグラース婆が、隣にはアルバァタリィ族の翼主としてミトゥリアミィの参加する姿がある。輪の周りは、会話に参加しないものの話の内容を聞き漏らすまいと残りの住人達が囲んでいる。


 議題は勿論、――突如現れた三角をどうするか――だ。


 正確には”どう対応するのか”と言ったほうが正しいかもしれない。


 波を止めてくれたのは事実。だが敵か味方か、それすら分からない。

 もし敵なら一刻も早く逃げるべきであり、味方なら、それはもう尊い存在に違いない。


「ちっがうわよ!! よく見なさいよあの神々しさを! あんなものが人に作れるの? 作れないわよね!? もっとこう……凄いなにかよ!!」


 若衆のマイナスイメージを怒号で蹴散らすアミィ。


「まぁ……それはそうじゃな。あんなもんは皇国でも無理じゃろう……」

「確かに。しかし味方とは限らんの」

「いやいや、村を救うてくれたのじゃぞ。味方でのうても、敵と言うこともあるまい?」

「神かのぅ。まぁ確かにそう見えんこともない……」


 今度は老人たちの意見だ。


「焦れったいわね!! なんでも良いけど、とにかく遣いを出してお礼を申し上げないと!」


 東の海を指さして叫ぶアミィ。


「波を滅して下さったのは有難い事。確かに礼はせねばと思うが」

「高台に積んどったクリルの実は無事じゃったが、差し出す程の余裕はないな」

「手ぶらでは格好がつかんのぅ」

「ねーねー。じぃじー」


 神妙な顔の大人たちの中に退屈を耐えかねた、子供が割り込んでくる。


「かみさまに、くもつ、あげないと怒られるのー?」



 その純粋な質問の意味を考えたその場の大人たちは顔色がみるみる青ざめてゆく。


「考えられぬことでは……ないのか?」

「し、しかし救いの神じゃぞ? そのような」

「でもよっ、もし三角の主様がお怒りになられたら……」

「この村なんぞあっという間にじゃろう……」

「ばっ婆様……!!」


 縋るような視線を受けたグラースは大きく息を吸うと、


「かぁあああああああああッ!!!!」


 一喝した。


「…………よいか皆の衆、儂らがこの地に落ち延びてもう十余年じゃ。此度の地揺れで我らホルスナバリの者は、またもや存亡の危機にある。アルバァタリィとてそうじゃな。しかしな、じゃからと言って命を救われて礼も言わん程に落ちぶれてはならん!」


 誰一人、身じろぎもせずに聞き入っている。


「あそこにおわすお方がなんにしろ、命が救われたのは紛うことなき事実。まずは遣いを立て、此度のことに礼を申し上げ、然るべき供物は後日届けることを約束してくるのが道理。敵方か味方なんぞ言う話はそこからじゃ!」

「……ホルスナバリの者は恩を忘れぬ」

「そうじゃの。恩義には礼を尽くさねば」

「そんなのアルバァタリィだって同じよ!」


 グラース婆の話しに賛同する村人たちとアミィ。


「うむ。ではまず使者に発つ者を選ばねばな」

「おいっ! あ、あれっ!」


 話が纏まりかけていたその時、誰かの大声が砂浜に響く。


「……なんじゃ? あれは」

「鳥……いや、蜂?」

「いやいやもっと大きい」


 件の”三角”の方から何かが空を飛んで、真っ直ぐ村に向かって来ている。


「慌てるでない。むぅうう。もしや、待ちくたびれて向こうから遣いを出されたのやもしれぬ……。こうしてはおれぬ、皆の者! 出迎えの準備じゃ!」


 一斉に弾けるように散った村人達は、謎の主を出迎える準備を始める。

 ……とは言っても流れ着いた浜の流木やゴミを集めて、自分たちの着衣の襟を正す程度だが。


「婆様」

「……アミィか。準備は」

「一応ね。だって海水に浸かっちゃって。何にもにもないんだもの」

「仕方あるまいよ。……業突張りな神でなければ良いのじゃが」

「やっぱり婆様も神様だと思ってるの?」

「そういう訳ではない。じゃが、これから鬼に会うと思うて待つより、なんぼか良かろ?」

「ふふ、それもそうね」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 村人達が遠巻きに見守る中、大型ヘリコプターは開けた砂浜に向かって徐々に高度を下げてゆく。


 少し前に海水を吸った砂浜は、通常時より多少引き締まっているとは言え、ザンノイオの巨体を支えられる程ではなく、接地した車輪がずぶずぶと砂地に埋まっていく。

 結局機体の腹が砂浜にピタリと付いたようだが、着陸には問題は無さそうだ。


「うわー。直に見ると結構荒れてるっすね」

「おぅふ……う、上から見た感じ、か、川、とかも無かった。ま、まずは水と食いもん?」

「壮一郎さん、先に物資降ろした方がいいっすか?」

「いや、それも急ぎたいけど、まずはここの防御を整えたいね。話している内に横槍が入るのはゴメンだからね。事後承諾になるかもしれないけど僕が話を通す間に二人でお願いできるかな」

「了解っす、んじゃオレは要所に敷陣してくるっす」

「あ、ついでにこれ立てて来てくれるかな、地面でも樹木でも取り敢えず突き刺して固定するだけで起動するから」


 そう言って渡すのは、杭状の物体が詰め込まれたザックを手渡す。三十センチ程の杭の頭に付いているのは高感度カメラや近接センサー等の警戒監視装置だ。


「せ、拙者は被害の、確認から、始める。つ、追加した方が良さそげ物あったら、え、N-fonで上げとく」

「うん、数なんかは後で話しあおう。じゃあ降りようか。二人共終わったら早めに合流してね」


 ドアをくぐって、降ろされたタラップを砂浜に降りる三人。


「しかしスムーズっつーか……捗るっすね」

「せ、拙者も思ってた。も、もうソロとか出来ないでござる」

「そうだねぇ……経験者が居てくれるのは大きいね」


 過去の転移時には独りだったのだ。

 現地で信頼出来る仲間を得ていたとしても、特殊な加護やユニークスキルを取得している自分と同等の動きが期待できる事もなく。

 結局は自分で考えて説明し動くのが常だった。だが、今回は勝手を理解している経験者と分担できる。その恩恵は非常に大きく、有り体に言って楽だ。


「そうだ光希ちゃん、村の人に怪我人でも出ていたら事だから、設置式の治癒スキルとかあれば助かるんだけど。なにかあるかい?」


 壮一郎は最近のゲームやライトな話題にも強い。本人が好きなだけなのか、どこかから知識を仕入れているのかは不明だが。


「あ、ある。……で、でもスキルはコスパ悪いからな……ここじゃムリぽ」

「俺多分使えるっす。ショボいけど消費も少ない術なんで」


 砂浜にしゃがみ込むと、指で陣を書き始める晶。


「あー、あれ? どんなだっけ、えーっと。……うし合ってる筈……。癒しの聖風を大地に纏わせよ[エルジェントスペリア]!」


 晶が陣に右手を付くと、描かれた幾何学模様がぶわっと広がり、直径五メートル程の円陣が完成する。よく見ると陣の上には淡い緑色のドームが現れており、どうやらその中が効果範囲の様だ。


「合ってた合ってた。でもやっぱマナ激薄っす。多分二時間も持たないっすね。スンマセン」

「いやいや十分だよ、ありがとう。お陰でつかみも……上々だね」


 壮一郎の視線の先では、三人を遠巻きに見ていた村人の顔が尊敬と畏怖で半々に染まり、何人かはその場で跪き始めた。


 当然だろう。得体のしれない奴らが空からやって来たかと思えば、いかにも神々しい輝きの術を披露して見せたのだから。

 晶に小声で礼を返す壮一郎へ、近づいてきた人影が声を掛ける。


「も、もし。あ、貴方様が三角の主様で間違いなかろうか?」


 近づいてきた老婆は外見年齢にしては体格がよく、頭部には五センチ程の短い角が二本生えている。

 よく見ると周りにいる住人たちも総じて体格が良い者が多いようだ。中には翼を持つ人間も数人見える。


「三角? あぁ、なるほど確かに。遠目に見れば三角としか言い様がないですね。そうです僕たちはあそこからやって来ました」

「それでは……貴方様が」

「いえ。遮って申し訳ないんですが、誤解のないように先に申し上げておきます。私どもは神でも、それに準ずる者ではありません。紛れも無い人です。少し実地経験が豊富ですが……。そして、ここに居る私達には序列もありません。これは向こうに残っている仲間たちも同様ですが」


 数を言わずに、不特定の仲間がまだ本拠に居ることを相手に匂わせる。腹の探り合いだ。


「左様でございますか……儂はこの寒村の長などやっております婆でホルスナバリ族のグラースと申します……此度の事、村人一同誠に感謝しております。此奴は……」

「は、初めめぇまして! ご、ご紹介にあずかりましたッ、アルばッタリの翼主、ミトゥリアミぃともがふッ! しゅるッ!」

「あ……はい。どうもご丁寧に……大丈夫ですか?」


 気まずい空気の中、涙目のアミィの口の端から、ツーっと赤いラインが縦に引かれる。

 舌か頬の内側か。どこかを強かに噛んだなというのが一目瞭然だ。


「ぷ、……もがっふしゅるう……ぷぷ」

「!!?! ぃいいいッ! はんぬぇひゅかぁッ! ひゅちゅるわぁあああ!」

「お、落ち着くのじゃアミィよ!」


 怒っているようだが、何を言っているのか全く分からない。


「光希やめとけよー。えと……オレは晶っす。と、とりあえずそこの結界に乗って下さい、その……血垂れてるんで」


 ポケットから出したハンカチをミトゥリアミィに渡す晶。


「!? ひゅぃあひぇん!」


 真っ赤に茹で上がった顔を渡されたハンカチで覆いながら小走りで結界に飛び込むミトゥリアミィ。

 混乱しているからなのか、随分思い切りが良い。


「それじゃ二人共、あんまり遠くに行かないようにね」


 壮一郎一人を残し、すたすたと歩いて行く晶と光希。面白いように人海が割れてゆく。


「お、お二人は何処に行かれるのですじゃ?」

「あぁ、すいません。調査ですよ。すぐに終わると思いますし皆さんに害はありませんので、好きにさせてやって下さい。彼らが戻るまで私の方から色々とご説明させて頂こうと思うのですが、どこか落ち着いて話せる場所などは?」

「では此方に……粗末な所で申し訳有りませぬが、儂の家に案内しますよって。ほれ! アミィも早う付いて来んか」

「ひゃい、すぐいきまひゅ……」


 痛みは引いたもののまだ話しづらい。


「カ、カミカミっ子萌えー!」

「う、うるひゃい!!」


 耳聡い光希の言葉に反射的に反応するアミィ。お前もだ! と言わないのは辛うじて村を救って貰った恩を忘れていないからだろう。

 ただし、アミィの脳内には『ミキ=敵』としっかり刻まれている。



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