頭痛原因の推測と不穏な呼称について
最初にあったのは、感じた事の無い様な頭部への痛みだった。
強烈な頭痛は沈み込んでいた意識を強引に引き上げ、覚醒した意識が痛みを認識、それを切っ掛けに頭痛は一層激しさを増す。
「ぐっ……!」
頭を抱える様に身体を丸めるが、痛み激しさを増すばかり。
涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら、のたうち、転げ回り、気絶と覚醒を繰り返す。
ようやく痛みが引いてくれた時には、擦り傷と打ち身が全身隈なく作られていた。
「……最悪だ」
適当な樹に背を預けながら、嗄れた声で何度目かの呟きを零した。
辺りを鬱蒼とした樹々に囲まれて、座り込む俺。
痛みと火照りが身体を駆け巡っている。
森林特有の、日の届かぬ涼しさが僅かな救いだった。
「最悪だ」
何度となく同じ言葉を繰り返す。事実、気分は最悪なのだ。
期待と不安で臨んだ異世界復活。
それが狂いそうになる程の頭痛で始まり、結果として肉体はボロボロ。
おそらく復活のサービスであろうクリーム色の簡素な上下服は、早くも汚れ果て、あちこちに破れが見える。
本来なら異世界の空気に感動したい所だが、ぶち壊しの現状だ。
それもこれも頭痛のせいで、一応その原因については予想がついていた。
「……光線」
伸ばした指先から放たれた光が、進路上にあった樹を貫く。
『光線』。
特典にて取得したレーザーを射出する魔法である。
頭痛が治まった時、この魔法の効果、使い方が頭に流れ込んで来るのを感じた。
実際に使って見れば、身体の方も光線の発動を手慣れた事のようにこなしてみせる。まるで時を掛けて修得した技術を扱うみたいに。
言語も同様だ。
頭にある知識は、四つの異世界言語を細部まで知り尽くしているし、文字を書けば日本語を書く時の様に淀みない。
頭痛はこれらの知識と動作を脳に『焼き付ける』過程で生じた負荷が原因なのだろう。
分かった所で現状をどうしようも無いが。
「……動くか」
とは言え、こんな森の中で腐っていてもしょうがない。
身体は既にヘロヘロだが、動く必要があるだろう。
これだけ傷だらけだと熱が出る可能性もあるし、早い所人里へと着きたかった。
土地勘なぞあるはずも無いので適当に進路を取る。
拾った石で樹々に印を付けるが、怠い身体には意外な程の重労働だった。
そうして歩く事数時間。
疲労と喉の渇きがピークに達しようという頃、前方に光が射し込むのが見えた。
「…………やった」
遅々とした速度で進めば、森の切れ間が大きくなる。
その先には小さいながら地平線。
手にした石を投げ捨て、重い足を引きずるようにして歩く。
小さな森だったのか、それとも進んだ方向が良かったのか。どちらにしろ、森を抜けられるとは運が良い。
「はは……しかも村まで見える」
まだ幾らか先にある森の出口。その先に小さく、家屋が並ぶ集落が見えた。
一瞬、廃村ではと不安が過る。
が、目を凝らすと立ち昇る煙が見え、そこに人の営みがある事を教えてくれる。
日はまだ高い。
あそこ迄なら、休み休み向かっても明るい内に着けるだろう。
ーーキュッ!
脚を早めようとした矢先、何処からか動物の鳴き声が聞こえた。
ーーキュッ! キューッ!
悲鳴のような鳴き声が辺りに響く。怪我をした動物でも近くにいるのか。
構ってられん、無視して行こう、と足を踏み出すが、直ぐに立ち止まってしまう。
疲れているし、急ぎたいのに、前世で身についた『善行を積む』習慣が、先へ行く事に心的抵抗を及ぼす。
もしかしたら善行のチャンスが?
反射思考が顔を出して、モヤモヤして仕方が無い。
「あー、くそ! 何処だ?」
鳴き声がした辺りに見当を付けて動き回れば、声の主はすぐにも見付かった。
ーーキューッ!
尻尾の二つあるリスが、罠に掛かってもがいている。
近付く俺を警戒してか余計に暴れ方が酷くなる。
動けば動く程罠が食い込むのか、鳴き声が大きなものになった。
迷う所だ。
罠は意図があって仕掛ける物で、これでリスを逃がせば、仕掛けた人間の意に反するだろう。
ーーそれは善行と言えるのか?
そこまで考えて苦笑する。ここはもう地球じゃないし、俺を縛る家訓も無いのだ。何が善かなんて考えなくて良い。
モヤモヤするなら好きにすれば良いのだ。
「ちょっと待て。外してやるから暴れんな」
罠は……トラバサミか?
歯は大して鋭くなさそうだから、相当バネが強いんだろう。閉じた両顎がリスの脚を完全に捉えている。
現物を見るのも始めてだから、当然外し方など知りようはずもない。
「動くなよ」
リスの身体を左手で掴み、右手をトラバサミに伸ばした。
「悪いな……光線」
放たれた光がバネを焼き切る。流石はレーザー。熱量が半端じゃない。
「と。良し。外れたぞ」
トラバサミを投げ捨ててからリスを離すと、先ほど迄と一転、大人しくなったリスが俺を見上げていた。
「感謝しろよ。疲れた身体で助けてやったんだ」
立ち上がると倦怠感が全身を包む。
まぁ良い。村は近いのだ。もうこれ以上道草を食う事も無いだろう。
そう思っていた。
「……勇者様?」
背後から、不穏な問いを掛けられるまで。