来世の舞台に求める事について
「では復活先に対する具体的な御希望を」
巨大機器を操作する鬼女の問いに、考えをまとめながら、ゆっくりと答える。
「まずは言語修得と体調の維持に関する特典を低コストで取得できる世界ですかね。
欲を言えば現代日本人が生活に不便さを感じない世界であったら助かります」
最初の希望は最優先条件だった。
潜り込める世界であったとしても、言葉が通じないんじゃ文字通り話にならない。未知なる病気も恐らく存在するだろう。
かと言って、その二点をクリアしても、他の有用な特典を得ずして生きて行けると思う程、俺は自分を信頼できない。
生活の不便さ云々は叶えば嬉しいが、現代日本より文明度が低いのだから難しいかもしれない。
「生活の不便さを感じないでは判断が付きませんので、具体的にお願いします」
「入浴習慣、住居衛生面の高さ、あとは……そうですね日本に近い食文化が確立されている事、で」
「かしこまりました。
では相対的に見て、お求めの特典に必要ポイントが低い世界を割り出します。
その上でもう一つの御希望を検索条件として絞り込もうと思います」
言うや否や、鬼女の指が素晴らしい早さで踊り始める。キーボードの打ち込みの様なものなのだろう。
淀みの無い動きが結果を導き出すのはあっという間の事だった。
「候補世界が二つに絞り込めました。
一つは、地球でいう所の古代ローマに近い文明度ですね。建築技術に優れ、上下水道も開発済み。衛生面は高いと言えるでしょう。
言語数は多いですが、普及率の高い物を低ポイントで修得可能です。
しかし複数の大国が混乱期にある事と、地殻変動による災害が各地に見られるためお勧めはしません」
その世界の生活風景を切り取ったのであろう映像が、機器に映し出される。
入浴する男性、刺身らしき食べ物、敷石が綺麗に並ぶ街道。
生活様式は馴染みやすいかもしれない。
しかし危険度の高さを窺わせる状況は、復活先として望ましくなかった。
「もう一つは中世ヨーロッパに近いです。
言語形態も地球のそれに近い為、複数の言語が低ポイントにて取得頂けます。
また技術的には先の世界より劣る点が多々ありますが、代わりに魔法が生活利便に高い効果を発揮しているのでその点も問題は無いと思います」
「……魔法?」
さらりと放たれたが、聞き逃すはずも無い言葉だった。
僅かなタイムラグを経て、映り変わる映像の中には、右手の平から火炎放射器よろしく火を放つ老人の姿があった。
「魔法があるんですか?」
「ありますけど、何か?」
それが何だよと言いたげな視線。しかしそれも、次第に気押されたように萎んで行く。
「俺も、魔法、使えますか?」
ゆっくりと、力強く、問いかける。
きっと俺の瞳は今、爛々と輝いている事だろう。
ーー魔法。
それは俺のような家庭用ゲーム機世代の男なら一度は憧れを抱く対象なのだ。
使えるなら、使いたい。火を出したい。
「ええっと……特典を取得すれば、使えます、けど」
「けど何ですか?」
「……この世界には魔王と呼ばれる存在がいまして、人間社会に危機をもたらす可能性が」
魔王か。
その世界も相当にゲームじみている。
魔法は使ってみたいが、別に俺はゲームの世界に入りたいわけじゃない。
自分の人生がかかっているのだ。冷静に判断せねばならない。
「二つの候補。どちらが危険性は高いですか?」
俺の質問に受け付け嬢は曖昧に首を傾げた。
「それは何とも……。避け得るという可能性なら、まだ魔王の方がマシかと思いますが」
個人的な意見としてなのだろう。彼女にしては歯切れの悪さが目立つ。
「言語と体調の特典を取得した場合、魔法を使えるようになるだけのポイントはあるんですよね?」
「はい、あります」
「この二世界以外だと、希望した特典の取得に必要なポイントは大分違いますか?」
「ええと……はい。そうですね。もう一つポイントの低い世界はありますが、石器時代です。不便な生活を余儀なくされますね」
「そうですか……。分かりました」
石器時代に生きる気にはならない。
チラリと機器を再見すれば、変わらず心踊る映像があった。
魔法。
防衛手段としても間違い無く有用だろう。
深呼吸を一つ。意を決する。
「魔法のある異世界でお願いします」
来世の舞台を定めた。




