折れた剣と業の剣について
アニエスが率いる村人は、百人に近い人数のようだった。そのほとんどは後方で待機していた老人や女子どもだが、前面には男衆が武器を持って構えている。
「降伏して下さい! 貴方達はもう六人だけ! 火も直に消し止められます! レクトゥルールの、アキト様の勝ちです!」
高らかに謳われた勝利宣言。立ち惚ける野盗達。
しかもここで、更なる追い打ちが続いた。
「遅くなっちまったなぁ。すまねえ」
荷台を囲むように、ブノワさんが男衆を引き連れて現れたのだ。
左右に別れて三十人ばかりか。残りの男衆は、この場にいない村長の指示で、消火や打ち壊しをしているのだろう。何にしても、背後の心配すら無くなった。
「……降伏を勧めますよ。ブノワさんのお陰で、俺の指先はあんたにだけ向けてられる」
後ろを見やれば、既に五人の野盗からは戦意が消え失せているように見えた。敗戦ムードとでも言うべきか。
あとは頭目が降伏を認めれば、全てが終わる。
「どうします?」
答えを促しても、頭目は何の言葉も口にしない。項垂れた後姿は、やはり部下達と同じく敗北の衝撃を隠し切れないからなのか。
「降伏して下さい!」
再度響くアニエスの声。泣き虫だと思っていた少女が立派になったもんだ。そんなに付き合いは長く無いが。
しかしそれくらい、衆を率いる彼女の姿は堂に入ったものだった。ジルトールさんの、英雄の血を受け継いだ娘だと、心底納得する。
不意に、頭目の肩が震えた。
「……クッ。ククク」
「……何を?」
笑っている? この状況で?
「クハハハハハ!!! アーッハッハッ!!! おい、てめえ等! お、俺達が! 傭兵として幾多の戦場を渡り歩いて来た俺達が! こんなちっぽけな農村ごときにこうまでやられるとはよお! カハハ! こんな笑える話はねえなぁ、おい!」
肩を震わせ、腹を抱えて、野盗の頭は笑っていた。それは負け惜しみでも、気が触れたようでも無かった。
嘲り。まるで第三者の立場から追い込まれた自分達を笑い者にするような、そんな嘲笑がそこにはあった。
「降伏をーー」
「ひいっ! は、腹が痛え! かはは! そう思わねえか?」
「……くくく、確かにそうっすね」
「ガハハ! ちげえねえ!」
「とんでもねえ笑い話だな、確かに。ふふふ」
後方の五人から、荷台に捕らわれた野盗達から、罠に掛けた盗賊をアニエスが連れて来ていたのか、村人の中からも下卑た笑い声が上がる。
笑う。咲う。嗤う。
絶体絶命の中で、心から楽しそうに腹を捩る男達の姿は奇異なものに映った。それは異様な光景だった。
何でこいつら笑えるんだ?
理解の出来ない思考に、漠然とした不安感が生じる。
村人も同じなのだろう。動揺と緊張を浮かべた表情が並んでいた。
「坊主」
振り返った頭目の言葉に、差し向けていた指先が跳ねる。
「大したもんだぜ、お前さんはよお。アキトっつったか? 才がある。部下に欲しいくらいな」
「はは、頭ぁ。そいつは無理でしょ」
「そうそう。なんせ光の魔法を使う勇者様ですぜ」
「かはは。ちげえねえ。確かに俺の部下に収まりはしねえわなぁ」
肩を竦めて呟くと、野盗の頭はニタリと笑った。
「……策を練ったのも、俺達と打ち合ったのも、魔法を使ったのもお前さんだ。って事は、だ」
「くくく」
「きひっ」
「俺たちにも、まだ活路はあるわなぁーーやれ、おめえ等!!!」
「っつ!?」
振り返ると、戦意を取り戻していた五人の野盗が俺に向かって走り出していた。
異常な光景に飲まれていて、反応が遅れる。
「そいつの魔法は早えが直線だ! 連射もきかねえ!」
近づいて来る頭目の声。光線の特性を見抜かれている? 挟み撃ち?
「光線!」
蛇行しながら最も速く接近していた敵に、魔法を放って逃げようとしてーー
「いかせるかよぉ!」
「ぐっ!?」
身体がバランスを崩す。
脚を掛けられた? 誰に?
転びながら、それが荷台に捕らわれていた野盗の仕業だった事を知る。
しまった。油断していた。
「アキトを助けろっ!!!」
「アキト様っ!!!」
ブノワさんとアニエスの声。
「小僧を殺したら隊列を組むぞ!」
「おう!」
更に近づいて来る野盗達。急いで立ち上がる。間に合うか!?
「もらったぁ!!!」
「くっ、光線!」
放ったレーザーが野盗の脚を貫いた。
しかし倒れ込む野盗の陰から、高速で近付く存在があった。
「死ね」
頭。振り降ろされる剣。
「く……!」
歪んだ剣を、その軌道上に噛ませた直後、甲高い金属音が響いた。
「っ!?」
「かはは! 終わったなぁ、坊主!」
半ばで折れた剣先が、円を描いてあらぬ方向へと飛んで行く。
英雄の剣が壊された……。
「おらっ」
「ぐっ!」
腹部を襲った衝撃にたたらを踏んで、それが蹴りに依ってもたらされたものだと気付いた時には、既に二度めの凶刃が天上へかざされていた。
「さようなら、勇者アキト
光を反射する刃が、俺へと近づいて来る。まるでスローモーションを見ているかの様にゆっくりと、しかし確実に。
ーー光線を。
思って指を向けようとするが、俺自身の動きも酷く遅いものだった。
間に合わない……死ぬ? 俺は、死ぬ?
ぞくりと背を駆けた恐怖が反射的に目を瞑らせる。
「アキト様っ」
アニエスの声。
ごめん、アニエス。俺は村を救えなかったかもしれない。
しかし考えられたのはそこまでで、直ぐに恐怖が全てを食いつぶして行った。
俺は死ぬ……!
スローモーションの世界。死への恐怖を味わい続けるくらいなら、いっそ一瞬で斬り殺された方がマシだと思える。
しかし、いつまでも訪れない痛みへの恐怖は、頬にかかる柔らかな感触に眼を開けた時に解き放たれた。
「……え?」
頬をくすぐる何かに、やはり反射的に眼を開けると、そこには意味の分からない光景があった。
「アニ……エス……?」
俺をかばう様に膝で立つアニエス。苦悶の表情。頬に触れる金の髪の毛。
そしてーー
「良か……た……」
彼女の身体を切り裂く刃。




