初めての戦闘と強い瞳について
「くっ!」
「かはは! 非力だなぁ、小僧」
力を籠める両手が震える。斬りおろしに対する斬り上げという明らかに不利な状況で、俺の剣は少しずつ、その高度を下げていた。
接近戦を挑んだのには理由があった。
光線は圧倒的な貫通力を誇るが、穿いた穴は決して大きく無い。精々が数センチ。
煙幕の立ち昇る中で、遠距離から野盗を射抜き、戦闘不能に追いやる自信は無かった。
何せ、乱発するにも一流の魔力がどれほど光線を放てるか分からない。策の準備期間で、相当の回数が放てる事は分かってはいるが、ろくに休んでもいない。
「おらぁっ!」
「ぐぅっ……!」
受けに全力では光線を放てない。そう判断して、体当たりに持っていく事で現状を打破する。
「ちっ」
躱しながら片手で振るわれた刃を、勢いそのまま、前方へと転がる事で避けた。
ーーアキト様っ!
アニエスの笑顔を、村を壊したくない。その思いが、恐怖とせめぎ合っているのが分かる。
我ながら驚く程、思考が静かだ。
転がる先、態勢を整えた所で、槍を突き下ろされる。他の野盗。
「ぐっ」
剣を突き立てる勢いで飛び退くように下がって、何とか荷台の脇に落ち着く。
「よく躱すなぁ、坊主」
ニタリと笑う野盗のリーダーを見ながら、周りを伺う。
俺の前方を囲うように七人。背後へ回ろうとするのが二人。三人が、周囲を警戒しているようだ。
「どっかで戦いを習った事でもあんのか? まさか同業って事はあるめえ?」
自分でも不思議だった。相手は戦闘のプロ。遣われた武器の速さは、剣道の授業の比じゃなかった。
恐らくだが、取得した剣士の才能のおかげだろう。動体視力、反応速度、体捌きの勘の良さ。そういった諸々が、本来の俺より向上している。それでも、とても盗賊達に敵う気はしないが。
距離感が大事だ。
十台の荷台を盾に動き回る事。その中で光線を使って数を減らす。火元から離れる事になったため煙幕は薄く、矢の危険を考慮しなければならない。大変だ。
でも成功すれば、魔法は圧倒的な制圧力を示すだろう。
「……罠に掛かり、挙げ句の果てに倒される」
「あん?」
荷台の間に後退すれば、自由を奪われた盗賊達を盾にできた。矢による攻撃は減るはず。そうでなければ困る。
「貴方達の事ですよ。今回の策の発案者は俺。倒すのも俺。五十を超える野盗は、たった一人の若造に壊滅されるんだ」
位置どりは悪くない。迂回してくる敵は良く見えるし、煙幕があっても弓手の姿は視認できる。
腰を落として膝に溜めを作る。
「あんたらは今日で終わりだ」
「殺せえっ!!!」
俺が駆け出したのと、野盗達が動き出すのは同時だった。
右手へ走りながら、迂回してきた敵に向かう。走りながらの剣の構え方なんて分からない。体の前で、盾のように持っているだけだ。それで良い。
「うらぁ!!!」
「くっ!」
突き出された槍に、何とか剣の腹を合わせて軌道を逸らした。
そのまま接近。外し用の無い距離で、脚へと人差し指を向ける。
「光線」
閃光が走った。
「がっ!? がぁぁぁああああ!!!」
槍遣いの右脚に作られた穴。恐ろしい事に、超高温によって穿たれたそこからは血すら吹きで無い。
まるで最初からそこにあったかのように、或いは無かったかのように、直径二センチ程の円空が脚部に生み出されていた。
「光線」
右脚を庇うように倒れ込んだ、その右肩へ、再び熱線が走る。
「あぁぁあぁぁああああ!!!」
再び作られた真円の穴。
光線の素晴らしきは貫通力。『急所でも無い限り相手を即死させない』というのは予想していたが、失血死も無いなら随分と気が楽だ。
「……魔法?」
「光が……」
「まさか、勇者……?」
動揺する野盗達を尻目に、そのまま荷台の列を迂回して行く。一番近い弓手。距離は五メートル程か。
「光線!」
「つっ……ああぁぁあ!?」
光が弓手の二の腕を貫いた。
二人目!
「殺せ……殺せえっ!!!」
怒声を受けて、四人が特攻を仕掛けて来る。槍が三人、剣が一人、更に後ろから弓を引く姿も見える。
「光線」
光が走り来る野盗達の間を掛けた。外れたか。
指先を向けながら後退する。腰を落として荷台の陰に入り、更に二発。一発が槍の脛を貫いた。三人目。
「光線」
牽制に一発放ち、中腰で荷台を迂回しようと振り返ると、手斧を振りかぶる男の姿があった。
「うぉっ!?」
「死ねぇっ!!!」
咄嗟に横に転がる。一瞬の後、甲高い金属音が響いた。
「光線!」
寝転んだまま打ち出した魔法は、盗賊の掌を、斧の柄ごと貫いた。
無意識に剣を手放していたらしい。斧を叩きつけられたジルトールさんの遺品は、折れこそしないものの、刀身を歪ませてしまっていた。
「ごめん」
アニエスに謝りながらも、転げ回る野盗を無視して剣を拾い上げる。無いよりは良いし、この戦いが終わるまでは手放す気にはならない。
ヒュン、と空気を切り裂く音が頬を掠めた。遅れて熱が走る。
「っ!? 矢!?」
斧の野盗に気を取られ過ぎた。すぐ近くまで三人の敵が、更には残った弓手がこちらに狙いを定めている。
これも迂回者を忘れていた俺のミスだ。冷静? 自己分析の甘さに舌打ちする。
「くそっ! 光線!」
迫り来る敵を牽制しながら、距離を取るべく走り出す。走り抜けた地面に矢が突き立つ音が聞こえた。
「光線!」
苦し紛れに弓手へと攻撃をすれど、狙いの甘さが失敗へと繋がる。
光線の欠点は、速射は可能でも連射がしにくい事だ。指先から光が消え去るまで二射目を放てない。
ほんの数秒。しかし一対多の状況では致命的な欠点になり得るのだと、身をもって学んだ。
「光線!」
再度弓手を狙ってはっとする。
俺は馬鹿か! 村の方向に打ったら守るべき村人に何が起こるか分からないってえのに!
「くそっ……!」
前方から二人の賊が迫っていた。後ろから三人。弓手からは未だ俺を狙う矢が放たれている。
このままじゃヤバーー
「ーーっ!?」
まさか、いや、でも。
驚愕を何とか押し殺し、身体に急ブレーキをかける。右へと方向転換、荷台の間へと滑り込んだ。
「馬鹿がっ!」
それを見た野盗の頭が、一人を引き連れて駆けて来る。
「……馬鹿はあんただ」
「はっ! 捨て台詞はーー」
「ぎゃっ!?」
悲鳴が、頭目の言葉を遮った。
「うわぁっ!」
更に続く驚愕の声。
「何だ!? どうしたおめぇら!」
振り返った頭目の眼には、俺と同じ光景が見えている事だろう。
意識を失った弓兵。足を固められた部下。
そしてーー
「レクトゥルール村を、私達の故郷を、これ以上好きにさせません! 私達の恩人を、これ以上好きにさせません! 私達はもう誰かに守られるだけじゃないんです! 今度は私達が守るんです!」
ーー無数の老若男女を引き連れた、愛らしくも勇ましい少女の姿を、野盗の頭は見た事だろう。
「アキト様っ! 助けに来ましたよ! 今度は私達が!」
強い意思を宿した瞳が俺を捉える。
何て馬鹿で、何て危険な事をするんだ、あいつは。
「……まいったな、全く」
思い出すだけで、死地に笑みを生み出してくれる少女。そんな存在がすぐ近くで、決意を宿して屹立しているのだ。
「……前言撤回だ。あんたらは終わりさ。俺じゃなく、彼らの手でだけど」
忍び寄っていた五人の野盗。その足元に光を差し込みながら、俺は呟いた。




