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一日百善されば三膳  作者: お腹弱い虫
霊界のお役所編
2/22

死者の進む三つの道について

霊界公所日本担当支部転生課受付。


それが現在、俺が並んでいる窓口の名前だ。

前方には約三十人ばかりの人々が、うっすらと透けた身体を揺らしながら今は今かと自身の番を待っている所である。

後ろにも同様に多数の半透明な方々が並んでいて、まるで生前の免許更新を彷彿とさせる光景が広がっている。


ーーそう、ここにいる人々は死んだ人間なのだ、俺を含めて。


他人のそれは知らないが、俺の死因は簡単に言えば事故死だった。営業周りの最中、乗用車に轢かれそうになっている人を助けての死亡。

日頃の善行反射と言うべきか。

咄嗟の行動と味わった事の無い衝撃。視界の急転と激甚な痛み。薄れる意識。

気付いたらこの霊界公所とやらにいたので、即死に近かったのだろう。苦痛が長引かなかったのは不幸中の幸いと言えたのかもしれない。


自身の死については、意外な程あっさりと受け入れる事ができた。

周りの死者も同様で、取り乱した人はほとんどいなかったように思える。

半透明の身体と、忙しく動き回る色取りどりの有角巨人達ーー鬼の姿があったからかもしれない。

その光景に誰もが確信したのだろう。あ、自分死んだんだな、と。


その後、眼鏡をかけた赤鬼さんに説明を受けて確信は確定事項へと変わり、俺たちはそれぞれの受付を済ますように案内されたのだ。


「皆様には大きく三つのグループに別れて頂きます」


と赤鬼さんは最初にそう告げた。

俺たちが集められたのは待合所と言うかロビーのような場所だった。

少し離れた場所には無数の受付窓口があり、スーツ姿の鬼達が黙々と動き回っている。

それは日本人なら誰もが見た事のあるだろう風景に良く似ていた。

そう、此処は正に役所だ。

所員が人間で無い事と、あらゆる物が、見慣れたそれより三倍は大きいたろう点は違うが。

そう考えると、前方で微笑む赤鬼さんも、人の良い公務員に見えて来るから不思議だ。

巨体の割に威圧感は皆無である。


「一つは即座に生まれ変わるグループ。これは生前に大きく徳を積んだ方々で構成されます。

次に天国へ行かれるグループ。この方達は人生で充分な学びを得られた方々です。守護霊として下界に行く事も可能です。

最後に地獄へ行って頂くグループ。生前のご自身を振り返って欲しいと判断された方達ですね」


赤鬼さんーー名札によると豪鬼院主任は、ニコニコとよく通る声で爽やかにそう宣ったが、この時点で周囲は阿鼻叫喚である。

当然と言えば当然。

自身の人生に反省を感じない者など極僅かだろう。

反省=地獄。正直血の気が引く。死人だが。


「大丈夫ですよ。よく勘違いされる方がいますが地獄と言っても怖い所ではありません。拷問だとか責め苦なんてものはありません」


死者達の動揺を予見していたのだろう。豪鬼院主任は落ち着いて、と言わんばかりに両の手を広げると、優しい声音で言葉を繋げた。


「それぞれに専門の担当が付きまして、人生の振り返りとしてビデオ鑑賞、反省会とディベートなどをこなして頂きます。

その際なるべく楽しく、またモチベーションの維持のためにも、霊界の観光名所たる地獄でオリエンテーリングも予定させて頂いております。一種の啓発セミナーだと考えて頂ければ結構です」


言葉と共に、主任は冊子のような物を掲げる。鬼用サイズらしきそれは、人間からしたら異様な大きさだったが、それが故に全ての死者達がしかと目にする事ができた。

ーーおいでませ地獄パーク。

そう、それは完全に観光パンフだった。


「人生反省会地獄ツアーは死者の方々からもご好評頂いております啓発ツアーでして、一切の危険が無い所か、非常に素晴らしい体験ができる事をお約束致します」


ざわ、と周囲が色めき立つのが分かった。

阿鼻叫喚から打って変わって、高い関心と期待を思わせるざわめきである。

いや、なるほど。

ゆっくりと捲られるパンフレットに目をやれば、地獄がとても良さそうな観光地らしい事が分かる。温泉街にテーマパーク、花火大会にパレード。色めき立つのも納得だった。


「さて、地獄ツアーの不安も拭えたようですので、早速グループ分けをさせて頂きたいと思いますが、宜しいでしょうか?

これまでの説明で質問があればお受け致しますが」


その言葉に何人かの手が上がった。かくいう俺も、その一人だった。


「では、そちらの方…ええと、柳田優子様。何でございましょうか?」


少し離れた所から、若い女の声が響いた。


「地獄が良い場所というのは分かりましたが、残りのグループにはどんな違いや良い点があるのでしょうか?」


「失礼致しました。疑問をお持ちになられるのも尤もです。御説明させて頂きたく思いますが、ちなみに柳田様と異なる御質問の方はいらっしゃいますでしょうか?」


上がっていた手が下ろされる。誰もが同じ問いを抱いていたのだろう。

赤鬼さんは微笑みながら頷いて、その牙ある口を開いた。


「まず、全てのグループがやがては転生するという事をご承知下さい。その上で、ご説明させて頂きます。

即座に転生して頂く方々には、生前に積み上げた善行や徳に応じた様々な特典を御用意して御座います。

才能であったり、容姿の美しさであったりですね。

簡単に言えば、御褒美のような人生を準備させて頂くわけです。

次に天国へ行かれる方々。こちらの方々は天国にて骨休めと言いますか、ゆっくりと過ごして頂きながら、ご希望があれば守護霊や導き、祖霊神として下界との関わりをお持ちになれます。

こちらを簡単に言うならば、リゾート休暇のようなものでしょうか。


さて、御褒美のような人生に、リゾート休暇、観光名所による啓発セミナー。それぞれに良き点があると御理解下さいませ。

本来なら皆様のご希望に沿ったグループへお入り頂けますのが最善ではありますが、転生の準備や皆様の魂の状態調整など様々な理由がございまして、我々の方でグループをお分けさせて頂いております」


他に御質問は宜しいでしょうか、との豪鬼院主任の言葉に今度こそグループ分けが始まる事となった。


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