遠回りと切り結ぶ剣ついて
村の焼き討ち。
「荷台まで戻るぞっ!!! 火を起こして村を燃やすっ!!!」
奴等がそういう暴挙に出る可能性は、考えてないわけじゃあ無かった。だからこそ魔導具などと嘘を吐いて、何人かを村内の罠に引き込んだのだ。
最悪の場合は挟み内にされる危険性もあったのに、それを承知で。
「くそっ」
今度は俺が足を止めて、残った盗賊達に向き直る。
縄で転げた五人の男が、何とか立ち上がろうとしているのが見えた。ブノワさん達は余程上手くやったのだろう。
両手がくっついた者、シャム双生児のようにくっついてしまった者達。見事に戦闘能力を奪われていた。
「ブノワさん!」
「おう!」
「村長に連絡を! 焼き討ちされる可能性があると! そう言えば動いてくれるはずです! 他の人は武器になりそうな物を持って俺と」
ここで更に下がるわけにはいかない。するべきは足止めか火付けの阻害。最善は無力化だが、難しい。
アロイスさんなら、男衆を連れて野盗の包囲に動いてくれるだろう。包囲さえすれば、人数差で追い込める可能性が高いのだ。
「アキト様っ!」
「アニエス!? 何で!?」
野盗達を追おうとした瞬間、アニエスが俺へと駆け寄って来た。
彼女は後方でブシュラさん達と待機していたはずなのに、何故ここにいる?
「村長が怪我をして……!」
目に涙を湛えて、しかし泣きはしないのは、まだ村の危機が去って無いと分かっているからだろう。
「アロイスさんが!? 状態は!?」
「お母さんが治療してます…… 盗賊にのし掛かられて、腕が折れたって」
「……そうか」
取り敢えず命に別状は無いらしい。老人の骨折は大事だろうが、最悪の状態で無いなら良かった。
「ブノワさん、聞いての通りです。村長の代わりに男衆を柵外から回らせて、盗賊達を囲んで下さい」
「……分かった。無理するなよ!」
「はい」
走り去るブノワさんに背を向ければ、十五人ばかりが、それぞれに鍬や鋤を持って待機していた。
「行きましょう。アニエスは戻って。また後で会おう」
「アキト様ーー」
返事も聴かずに足を踏み出す。間に合えば良いが。
「アキト殿」
走り出した俺に追従する男達、その一人が横に並ぶ。
「すまなかった。ありがとう」
「何がです?」
「あんたは村の恩人だ。俺達は酷い態度を取ったのに。だから謝る。そして感謝する」
一人の言葉に、他の男達も首肯するのが見えた。
「……僕、俺は大した事はしてません。それに、まだ何も終わってないですから」
「分かってる。それでも……いや、無事に乗り越えたら一緒に酒を。乳酒が少しだけある」
「……楽しみにしてます」
走り続けながら、僅かに交わした言葉は、確かに俺の胸を暖かくする。しかしそれは、目に入った光景に、一瞬で吹き飛ばされた。
「遅かったなぁ、糞共」
怒りを滲ませた声音に、盗賊達が持つ幾つもの松明。
奴等は荷台を背に、手に持つ火をアピールすると、柵と家屋へ腕を伸ばした。
「お陰で、折角頂いた油が切れちまったが……まぁ、こんだけ乾いてんだ。よく燃えんだろ」
「やめーー」
「さよなら、レクトゥルール村」
火の触れた部分が、勢い良く燃え始めた。次いで、火矢が次々と村内に打ち込まれ始める。大した本数では無いし、中には空中で火が消えてしまう矢もある。
しかし、放っておくわけにはいかなかった。
このままでは村は焼け落ちる。全ての建物が隣接しているわけでは無くても、燃え拡がるままにすれば、甚大な被害が出るのは目に見えている。
「……誰か村長に伝えて下さい。火が回る前に消化を、と。
それと、斧を持った人達で火の着いた柵と家屋を打ち壊しはできますか?」
「柵は問題無いが、家屋は……手が足りない」
「分かりました。柵は、なるべく盗賊達から離れた場所で良いです、壊して来て下さい。家屋の方は、ブノワさん達が近いはずです。そちらから人手を」
何人かが走り去る。俺の後ろには十人が残った。敵もほぼ同数か。荷台に囚われた奴等が山ほどいるが、それを数える事はしなかった。
「勇敢だなぁ、坊主。そんな人数でどうしようってんだ?」
漂い出した煙で、視界が悪くなり始めていた。
「そちらこそ、村にいるお仲間は?」
「さぁねぇ。返してくれねえなら、切り捨てるだけだ。なぁ?」
肯定の声を放つ姿を、何とか数えて行く。向こうが二人多い。しかも軍人あがりだ。
「……アキト殿、どうするんですかい?
脇から挙がった声は不安げに響いていた。
「放っておくわけにはいきません。荷台がある以上、盗賊達が逃げたすのは最後の最後だと思うんです。押さえが無い中で消化活動はできません」
こちらが混乱すれば、奴等は容易く村人を殲滅する気がする。四十人で二百人を従属させるくらい、戦力差があるのだ。
せめてもの救いは、煙で矢に狙われにくいくらいか。
「行くしか無い……」
腰に下げた英雄の剣に手を伸ばす。どうせ近づいてからじゃ、抜く余裕なんてあるわけないのだ。
柄に掛けた手が震えた。心臓の音が痛い。
「アキト殿?」
何を今更怖がってるんだ、俺は。作戦は半ば失敗。村に余計な被害を与えようとしているのは俺だ。
俺はもう、本当の意味で部外者じゃないんだ。
戦う力は、ある。使い慣れていない魔法だ。後ろの人達を連れて行くより、一人の方がずっと良いだろう。
「……一人で行きます。皆さんは延焼を少しでも食い止めて下さい。もし俺がーー」
ーー死んだら。
そこまで考えて、背筋が凍った。
気付けば死んでいた前世とは違う、知覚し得る死の臭い。死の距離。死の恐怖。
逃げたい。
逃げられない。
逃げたくない。
俺が死んだ後を想像する。蹂躙される村の皆。斬り殺される人、突き殺される人。火に巻かれ、逃げ場を失う人。弄ばれる人。
アロイス村長も、ブノワさんも、ブシュラさんも、シュジェールも……アニエスも。
ーー勇者様?
ーーアキト様はいじわるですっ!
ーーこの子の名前を考えましょうね!
ーーこの家はですねっ。
ーー勇者じゃなくても、私にとっては。
ーー逃げて下さい。
ーーアキト様っ!
妹のような少女の笑顔。涙。声。
自然と口元が綻んでいた。以前として恐怖はある。いや、今まで以上の恐怖が心中で渦巻いている。にも関わらず、笑顔でいる自分が分かるのだ。
何て、何て遠回りをしたんだろう。
意地でも、矜持でも無い。俺は彼女のいる村を助けたかっただけなんだ。アニエスの笑顔を、守りたかったんだ。
「……アキト殿?」
「ーー無事に食い止めて、村が助かったら、一緒に飲みましょう」
駆け出していた。
今日になって何度目か分からない疾走。疲れはある。煙で目が痛い。それでも。
「アアアアアアッ!!!」
柵の脇を超えて、荷台へと迫る。
光線はまだ打てない。煙のせいで狙いが定め難いのはわかっていた。
「はっ。おいでなすったか! 最初の犠牲者はテメエだなっ!」
まるで分かっていたかのように、俺へと振り下ろされんとする剣。
こちらも剣を、それに合わせるように振り上げる。
「死ねっ!!!」
「アアアッ!!!」
斬り結ばれた剣が、この場に新たな火花を上げるのが見えた。