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一日百善されば三膳  作者: お腹弱い虫
復活と村救出編
18/22

夜明けと予期せぬ展開について

結局、備蓄の倍には若干届かなかった霊血だったが、村人を動員する事で、策に則った準備をする事はできた。


「小僧、対人用の罠だがな」


ほとんど不眠不休で過ごした二日間。夜の暗さも冷たさも、既にいくらか緩和され出していた。

山際に顔を覗かせる太陽を背に、アロイスさんが俺に問いかける。


「何ですか?」


「腰までの落とし穴が二つ、特大のトラバサミが三つ、偽装した足掛け紐が七つ。それぞれ近場に霊血入りの小壺を隠してある。場所は示し合わせた通りにな」


「分かりました。ありがとうございます」


「随分と落ち着いているではないか」


「……不安ですけど、ここまで来たらやるしかないですから」


「ふん? つまらん餓鬼だ」


舌打ちまじりの言葉に苦笑する。

不安だが、今更だと思うのは事実だ。やるべき事があるだけマシとも言える。他の大人達も同じような気持ちじゃないだろうか。

この数日間、一切の不安も怯えも見せなかったのは、この老人くらいのものだ。


「……アニエスは?」


「寝てますよ。大人たちと混じらせるのは流石に、と思いまして」


寝不足で眼を真っ赤にした少女を思い浮かべる。かなり不満気だったが、今頃は良く寝ているだろう。


「ならば、今の内に渡しておきたい物がある」


「……何ですか?」


良く見れば、薄暗い中で、アロイス村長が何かを持っている事に気付いた。


「ジルトールの剣だ。お前が持っていろ」


「ジルトールさんの」


差し出された剣を持つ老いた手は、その重さか、或いは謂れのためか小刻みに震えていた。

無骨な剣である。意匠が凝っているわけでも、艶やかな色彩を持っているわけでも無いだろう。

暗闇の中、鞘に収まったその直剣を受け取る。


「……重い。けど持てない程では無いです」


抜き放てば、刃渡り七十センチ程の両刃が姿を見せた。受けた印象は重厚、その一言に尽きる。

剣種など知りはしないが、西洋剣は叩き斬るための武器だとは聞いた事がある。それも納得の存在感だ。


「儂など碌に振れもせんが、男衆で手入れは欠かさずしてきた。アニエスが見つけ、策を示したお前が持つべきだろう」


「……俺もまともに使えはしませんけど」


「それでもだ。事が終わるまでは小僧が持っていろ」


「使う機会が無いのを祈るばかりですよ」


使うのは、あらゆる目論見が外れた時だろう。そうならない事を願うしかなかった。





夜がその姿を隠し、日が世界の取り分を誇った頃、その集団は現れた。

幾らか薄汚れてはいるが、充分使用に耐えるだろう武装。武器のほとんどは槍などの長柄物で、中には弓や鈍器を持った物も見える。


ーー野盗。


村の入り口を塞ぐ様に陣取る集団に対し、俺達は十の荷台を挟んで相対した。

男衆を中心に八十人。女、子どものほとんどは更に後方で待機している。


「御機嫌よう、我等の家畜共」


野盗の最前列。一際大きな体躯を誇る男が、嘲りを浮かべて言い放つ。


「己を喰らわれん様に、ちゃんと約束の物は用意したのかな、ん?」


芝居がかったその声は、外見から予想されるよりずっと細い。

アロイス村長と並んで男衆の前に立たされる俺は、その声音の裏にある下卑た感情を否応無しに感じる事ができた。

そして、同時に懸念材料も。


ーー予想より多いんじゃないか……。


野盗の集団を数えてみるが、明らかに四十人を超えている。五十数人。

これで計画を実行できるのか甚だ疑わしい。


「しかと、揃えております。どうぞ持ち下さい。

ですので、どうか村の者には」


俺に対する皮肉屋でもなく、アニエスに接する好々爺でもなく、へりくだった気弱な凡俗よろしく、手を揉む老人。

この人、とんでもない演技派だ。


「結構。大いに結構。しかし、荷台が赤いのは何でかね、ん?」


「ご利用に耐えますよう、霊血を塗ってあります」


「……何だと?」


霊血。その一言に野盗共の雰囲気が一変する。中心であろう細い声の男は耳を疑うような顔をしていた。

霊血は加工の難しさから流通量に限りがあり、自ずと取り引き価格が高くなるのだ。


「長く遊学していた者が戻り、加工の術を手にしました。荷台の塗装は、今後とも良いお付き合いをして行きたいと、我々なりの誠意で御座いまして」


「……それは誰だ?」


言葉を受け、村長が俺に視線を向ける。


「その坊主が?」


「はい」


「坊主、名前は? どうやって霊血を加工した?」


「……アキトと申します。師事していた方から魔導具を譲り受け、村の特産にと」


魔導具。魔法の利用をより効果的にせんと生み出された『魔法の効果を持つ道具』。

簡易な魔導具はまだしも、霊血を溶かす様な物ならば、相応の魔法的素養を持った者にしか扱えないだろうと、アロイスさんからは言われていた。


「魔導具、ねぇ」


鋭い視線だった。

何度も戦場に立ち、何人もの命を奪ってきたであろう男の眼光。気圧されそうになる自分を奮い立たせて、眼を合わせる。


「嘘じゃあねえだろうな?」


「とんでも御座いません。私も命は惜しいので」


恭しく頭を下げれば、堪えきれないと言った様な吹き出し声が頭上へと降り注ぐ。


「……く、かはは! かははははははっ! 良いぜ! 運が回ってきやがった、なぁ!?」


伝播する高笑い。野盗達からは、喜色を匂わせる笑い声だけが放たれている。


「坊主! 作れるだけ作れ! 良いな!?」


「それはもう。村の者の安全を約束して頂ければ」


「かははっ! 約束してやるよ、お前らが霊血を寄越し続ければな!」


「畏まりました」


ニヤニヤと満足気に頷いて、野盗の頭は顎をしゃくった。


「荷台を引け野郎共……また近い内に来るぜ、坊主。精々頑張ってくれや」


「はい」


間に合った。

事の進行を村長と任されていたが、どうにか間に合ったと確信する。

アロイス村長を見れば、小さく頷いた。人数は予想より多いが、決行すると言う事だろう。


ーーふ、ん!

ーー重ぇ、ぞ!

ーー何か濡れてねえか?


荷台の持ち手を掴んだ盗賊達が、その重さに悪戦苦闘している。

当然だ。大変な重量がある上に、その車輪は一見すると分からないが、窪みに嵌められている。四人で引いてどうにか、という所だろう。


「……荷台の後ろにも押し棒がありますので、お使い下さい」


「どうも載せ過ぎたようですな。申し訳御座いません」


俺達の言葉に、何人かの盗賊が荷台の背後へ回るのが見えた。


ーーぐっ。

ーー重過ぎんぞ!

ーー家畜共にもやらせろ!


拍子抜けする程、うまく行き過ぎていた。接着剤は物にも依るが、押し付ける程に接着は早くなる事は多い。霊血も同じで、既に野盗の内、二十人以上は両手を固定された事だろう。


「ーーんだこりゃ!? 手が離れねぇぞっ!?」


一人が気付けば全員が気付く。騒ぎはあっという間に大きくなった。


「……どういう事だ、坊主?」


細い声で、そう問いながら、右手が腰の剣へと伸びていた。近づいて来る。

ここからが本番だ。


「……皆様の手をみせて頂いても? 恐らくですが、霊血が日光で柔らかくなっていた可能性が」


「日の光でか、ん?」


「ですから、見せて頂きたいんです。どちらにしろ、霊血なら魔導具を持って来なければ……」


「……見る前に持って来い。おい! 何人かこいつに着いてけ!」


「待って下さい。魔導具はかなり大きい。私一人では無理です。村の者にも手伝って貰わないと」


舌打ちが響いた。流石に不安感や疑惑はあるだろう。しかし確信が無ければ、まだ手は出せない筈だ。

俺を殺せば魔導具は使えず、村人を害するには幾らかの距離がある。


「ーー坊主は残って野郎共の手を見て確認しとけ! 爺、てめえが家畜共と魔導具を持って来い! 五、六人着いてけ!」


「分かりました……皆様を頼むぞ」


「はい、村長」


深く頷き合って、村長は男衆を十人ばかり引き連れて行った。

上手く行くだろうか。心配はあるが、俺は俺で失敗するわけにはいかない。


「それでは、見させて頂きますね」


荷台へと歩を進め、見て回る振りをして観察する。じっくり時間を掛けて、しかし不自然にならないよう。

荷台に接着された野盗は二十七人。これは無力化している。

アロイスさんに着いて行ったのが六人。上手く罠に嵌めれば、これも封じられるだろう。

二十人。それが残りの野盗。


「……やはり霊血でくっ付いてます」


緊張から、俺の顔は強張っているだろう。だが、それも都合が良い。怯える村人を装える筈だと、前向きに捉えられる。


「さっさとこいつらを解放しろ」


近付いてくる野盗の頭。それを支える様に、後ろから残った野盗達も歩いてくる。


一歩。

二歩。

三歩。


埋まる距離を測りながら、村長達の合図を待つ。

まだか。もし失敗していたら、荷台を障害物にして村内に逃げ込む必要があった。距離を誤らない事、時間を稼ぐ事。それが俺の使命なのだ。

心臓の音が耳に痛い。


「……はい。魔導具が届きさえーー」


瞬間、甲高い笛の音が響いた。距離は……いける!


「ーーすればっ!」


荷台に置いてあった霊血入りの壺を、野盗達に向かって投げつけると、一目散に村へと駆け出した。

後ろから陶器の割れる音と複数の呻き声が聞こえる。


「糞がっ! 追えっ!」


怒号と足音。荷台との位置関係から矢は無いと思うが、それでも腰を低くして走る。

目指すは男衆の方向。彼等は既に近くの家屋の陰に分散して、小壺に分けた霊血や、脚を掛ける紐や棒を準備している事だろう。

行ける。走れ、走れ俺。


「待て糞餓鬼があっ! 野郎共っ皆殺しにするぞっ!」


足を止めずに振り返る。奴等は武装した分だけ足は遅い。計算通りだ。

はっきりとは分からないが、二、三人は減っているかもしれない。だとしたら残りは十七、八人。


「アキト急げ!」


ブノワさんの叫び声。それを右手に聞いて、家屋の間を通り抜ける。

二、三秒後。俺に続かんとした野盗達は、しかしそれを許され無かった。


「ぐっ!?」


「うぉ!」


男衆達が持ち上げた縄に脚を奪われ、何人かが倒れこむ。そこに投げかけられる霊血。


「よしっ!俺たちも引くぞ!」


ブノワさんの号令で、縄を手放した男達が村の奥へと走り始めた。


「糞がぁぁぁああっ!!!」


このまま怒りに我を忘れてくれたら楽だ。危険はあるし、もう霊血は殆ど無いはずだが、敵は十人とちょっとだ。深く誘い込んでしまえばどうにかなる。


「野郎共っ!!! 一度止まれ!!! 奴等を素人だと思うなよっ!!!」


「ちっ」


聞こえてきた敵の判断は、意外に冷静さを感じさせるものだった。


「……撤退されないだけましか」


ここで仲間を捨ててまで逃げられたら、後々の復讐が怖い。こっちは素人で、それを侮ったのを逆手に取っただけなのだ。二度と同じ手は通用しないだろう。

しかしそんな俺の考えは、


「火だっ!!! 村を焼き払うぞっ!!!」


予想外の言葉によって覆されたのだった。

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