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一日百善されば三膳  作者: お腹弱い虫
復活と村救出編
16/22

駆け回る姿と焦燥について

翌日から、俺は村を駆け回った。

朝起きて農業の手伝いをし、それが終われば、僅かでも情報を求めて動く。

アロイスさんは歳もあってか、管理している農耕地は小さく、一日の大半を自由に使う事ができる。

口の悪い老人が手を回してくれたようで、大人達ももう俺に何かを教えるのを渋る事も無かった。


「罠は大した数も無く、武器になりそうなのは農具と狩猟用の弓が幾つか。

村の周辺は多少の起伏はあっても見通しは良い、か」


理想は犠牲を出さずに野盗を無力化する事だが、それは難しいと言わざるを得ない。不可能かもしれない。

かつて徴兵によって戦争に行った事のある何人かに聞いてみたが、野盗の動きは正規兵、或いは傭兵とみて間違い無いだろうと言っていた。

交渉時も何気なく、陣形を作っていたのだと。そういうのは、農民歩兵のような徴兵された者では難しいらしい。


「だからこそ英雄も命を賭したのかな」


聞けば聞くほど、知れば知るほど、状況は逼迫している。


村を捨てる事はできない。村民を全て合わせ二百人を超える人数。これが新天地に行くのは難しいはずだ。

必然的にばらける事になり、運び得る物資も集団ごとに少なくなる。

どこかで脱落者が出る。或いは受け入れ先で不遇と言える扱いを受けかねない。

そう考えると、イジドールさんの選択は最善のものだった。


「餓死者か……」


しかし今は状況が違う。村の備蓄は減っている。


「どうにかして盗賊を無力化する方法」


最終的には、それしか村が完全な形で助かる術は無い。

少しでもヒントを。

少しでも情報を。

しかし掛け回れど掛け回れど、無為な時間だけが過ぎて行く。


村を救う方法を求めて数日が経った。

毎夜開かれる会議も、同じ議論を繰り返すだけで、俺自身も有効な対策を思いつけずにいる。


「収穫まで、あと二、三日だな」


「……そうですか」


日課となった朝の農作業。一通りの事を終えてから、実りの具合を見たアロイス村長が呟く。


「良き方策は?」


「思い付きません」


「そうだろうな。余り気にするな。人は悲しい程に無力なものだ」


労わりの声。

初めてじゃないだろうか、この人が俺にこんな言葉を掛けてくれるのは。


「お前は何もできなかったが、立派に足掻いた。逃げたいと思うなら責めはしない。儂らの問題だからな。どうだ?」


「……分かりません」


逃げるという選択肢はいつでも取れたのだ。今更、とは思う。


「俺は命の遣り取りなんて無関係な場所で育ちました。だからかな。怖いけど、実感が無いのかもしれません」


分からないなりに怖い。想像する苦しみに腰はひける。


「……アニエスが、お前を心配していた。あと二日だ、あれに会ってやってくれ」


「はい」


「命の遣り取りとは無関係、か。この村も、そういう時期はあった」


染み染みと。小さな背中が更に小さくみえる。

アロイス村長にかける言葉も無く、頭を下げて踵を返した。






「アキト様……どうしたんですか?」


「キュキュ?」


最早定位置となった右肩にギーを乗せ、扉を開けたままの姿で、アニエスは訝しげな顔をしていた。

初めて会った日と同じワンピースの肩口には、ギーが残したであろうかじり痕が見える。


「おはよう」


「あ、はい。おはようございます」


頭を下げたアニエスの向こう、ブシュラさんと目が合って、お互いに小さく会釈する。


「特に理由は無いんだけど。どうしてるかと思って」


「珍しいですね……村長ですか?」


「どうだろ?」


抜けてる様に見えて、案外鋭いらしい。


「散歩でもしないか?」


「そうですね、良い天気ですし。あ、ちょっと待ってて下さい!」


言うや否や家の中へと走り戻って行くアニエス。ギーはその肩から飛び降りると、今度は俺の肩へと駆け登る。


「キュッ!」


元気だったか、とでも言いたいのか。俺の顔を覗き込みながら首を傾げた。


「久しぶりだな。すっかりアニエスに懐いて。良かったのか悪かったのか」


この二つの尾を持つリスは、これだけ人に懐いて自然に帰れなくなったりしないのか。少しだけ心配になる。


「お前そろそろ森に帰らないか?」


「キュキュ?」


「いや、キュキュじゃなくて」


やっぱり言葉は通じないか。

そんな事を考えていると、アニエスが家の中から小走りで駆け寄ってくる姿が目に入った。


「お待たせしました!」


「ああ……着替えたのか?」


「はい!」


アニエスの服装が、淡い緑色のワンピースに変わっている。シンプルで、日本人的に見たら質素に思えるそれも、この世界の農村の娘からしたら外行きの服なのかもしれない。

それに、そのワンピースはアニエスに良く似合った。


「それじゃあ、行きましょうか!」


「ああ。そうだ、森に行かない?」


「森ですか? 良いですよ。行きましょう」


森への歩みは、記憶ほど過酷なものでは無かった。何時間も掛かった道のりを、実に小一時間で踏破すれば、健康の大切さを実感するというものだろう。


「でも何で森なんですか?」


「ギーを放そうと思ってさ」


「え……」


「キュ?」


森へ入りながら、放った言葉にアニエスが凍り付く。


「とは言っても、実質アニエスが飼ってるようなもんだから、アニエスが嫌なら放さなくても良いけどね。

単純にここに来てみたかったってのもある」


大した理由は無い。

ただ、ここは俺のスタート地点で、何となく来てみたくなったのだ。村内にいると、ひどく落ち込んでしまいそうで、一緒に居るアニエスにも悪いだろう。


「……びっくりさせないで下さいよー。ギーとお別れかと思っちゃいました」


「放さないの?」


「放しませんよ! もう家族みたいな子ですからね!」


「キュッ!」


ギーを俺から隠すように抱き締めるアニエスの、そのあどけなさに笑みが零れた。

適当な樹を背もたれに座り込むと、彼女もまた腰を下ろす。


「ふぅ」


「アキト様、お年寄りみたいですよ?」


「アニエスと比べたらお年寄りに近いからね。仕方ない」


クスリと笑うアニエスに、肩を竦めて笑い返す。

久しぶりだった、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは。と言うより、この世界に来て初めてかもしれない。

アニエスの手から解放されたギーが、俺たちから離れない程度の距離で、久方ぶりの森を満喫していた。

身体からゆっくりと力が抜ける。


「……でも良かった。最近のアキト様は忙しそうでしたから。少し心配でした」


「まぁ、ね。今も決して暇じゃ無いはずなんだけど」


あれだけ村内を探し回っても、打開策の手掛かりも掴めなかった。もう手は無いのかもしれないと、諦めに似た思いが浮かぶ。


「それに、怖い顔もしてました。焦ってるような、不安そうな、凄く張り詰めた感じ」


アニエスとは、数日間ほとんど話していなかった。まともに話したのは村を案内された時以来かもしれない。

にも関わらず、意外と彼女は俺を見ていたようだ。


「俺は勇者じゃないから、余裕なんて無いさ。必死で駆けずり回っても、全然足りない」


ーーアキト様は勇者様ですっ!


そんな返事が来るだろうと思っていると、しかし予想に反して、アニエスの声は小さな肯定を示した。


「……そうですね」


「へ?」


「あ、いや! 別にアキト様が足りない方とかじゃなくて! 勇者様! 勇者様についてです!」


ワタワタと両手を振って慌てるアニエス。

彼女は今何て言った? 勇者について?


「……あの、その、ですね? 凄く今更なんですけど……アキト様は伝説の勇者様じゃ無いんじゃないかな、と思って」


「や、うん。違うけど、何で今更?」


あれ程頑なだった彼女が、どうして? 余りにも予想外な展開に頭がついて行かない。

言葉を探すように顔を上げるアニエスを見ながら、その口が開くのを待つ。


「……アキト様、最近、凄く辛そうな時があったから……怖いんじゃないかって。

勇者様って、話に聞くと凄いんだそうです。悪い人を一瞬で倒したり、怪我人をあっという間に治したり。

アキト様は、そんな物語の英雄じゃなくて、もっと身近な、私たちに近い人みたいで……」


「……つまり、伝説の勇者なら村の窮地なんて簡単に解決するから、悩むはずは無いって事?」


「なっ、違……わないかもしれないですけど……。そうじゃなくて、申し訳ないって思ったんです。

私が見た魔法も光の魔法じゃなくて……勘違いで村の危機に引き込んで、どうすれば良いか悩ませてしまったんじゃないかって……」


俯く少女の声は消え入りそうな程小さかった。

彼女の気持ちが驚く程、スッと胸に入ってくる。抵抗も摩擦も無く、言葉の運ぶ思いが、偽りの無いものだと分かるのだ。


「アニエス、顔を上げて」


「……はい」


彼女の目の前に人差し指を立てる。それをゆっくりと離れた樹を示すように動かして、俺は唱えた。


光線(レイ)


瞬間、指向性のある光が、樹を貫く。

アニエスの鳶色の瞳が驚きに見開かれ、ギーがその身体をビクリと震わせる。


「アニエス、俺は勇者じゃない。それは本当。でも光の魔法が一つだけ使える」


丸い穴と、それを囲う焦げ跡を残された樹。熱か光か、或いはその両方か。表面で固まっていた樹脂が、ドロリと溶けていた。


「 ……俺はね、人を殺すかもしれないのが怖いんだ。だから魔法を使いたく無いし、使わないで済む方法を探した……けど結局見つからない」


溜息をついた。自己嫌悪。


俺は何をやってるんだろう。一回りも下の少女を捕まえて、滅びゆく村の娘を捕まえて、彼女の父の仇を殺すのが怖い?

俺は何をやってるんだろう。アニエスに光線(レイ)なんて見せるべきじゃなかった。折角解けた誤解だったのに。 期待は俺を縛るんじゃなかったのか?


「……アキト様」


フワリと甘い香りが鼻腔をくすぐる。背中に回された腕の感触。身体に伝わる心地よい体温。頬に触れる少しくすんだ金色の髪。


「気にしないで、村から出ても良いんですよ?」


「……アニエス?」


「私のせいで巻き込まれて、そんなに苦しんで、それでも解決しようと頑張ってくれて。本当にごめんなさい。本当にありがとう」


「アニエス、何を?」


耳元から聴こえる声は幼い子どもをあやすかのように、ひどく優しげで。


「アキト様、村の事は忘れて行って下さい。でも一つだけ覚えておいて欲しいんです」


スッと、アニエスの身体が離れると、微笑む彼女と眼が合った。


「例え、アキト様が物語に出てくる勇者様じゃなくても。ギーを助けた姿や、苦しみながら村の為に駆け回る姿、それは私にとっては勇者様と同じくらい素敵でした。

アキト様には沢山謝らなきゃいけないのに、感謝ばっかり出てくるんです。

アキト様は、私にとっては勇者様ですよ。今も、これからも。 だから、行って下さい。

勇者は最後まで生き残らなきゃ」


真っ直ぐ、只々本音を語るアニエスを直視できず、眼を反らして、


「一つとか言って、多いーー」


視線の先にある光景に、眼を見開いた。


「一つの台詞なんです。全部合わせて一つなんですよ……アキト様?」


「ーーあった」


「え?」


もしかしたら村を救えるかもしれない。その可能性が、俺の前に現れていた。











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