会合の意と戸惑いについて
野盗は、傭兵崩れか逃亡兵の集まりだとアロイスは言った。
「先年の戦は御存知ですかな?」
去年この世界に生きてなかったんで知りません。
とは言えないので、神妙な顔で頷いておく。
話の流れから察するに、去年負け戦があったようだ。
攻め込み、大敗し、却って国土を僅かながらも押し込まれたこの国ーーカルトリア王国。
どうにか前線を維持し睨み合いが続いたが、結局は暫定的な不平等講和で終戦を迎えた。
講和の理由は両国に起きた農作物の不作だったと言う。
「この辺り一帯はまだ良いのですよ。不作と言えど、飢え死ぬ程では無い。
前線一帯など戦荒れと緊急徴収、不作のために世の地獄と化しておるそうです。
兵隊崩れや流民が流れ込んで来るのはそう言った訳でしょう」
「そうでしたか」
それを聴くと出された料理の数々が、大変な重さを持って俺にのし掛かる。
この辺りはマシだって言ってたけど、どの程度の余裕があるんだか分からない。
そんな思考を読んだのか、村長が首を振った。
「お気になさらず。野盗を追い払わねば、どうせ奪われる物です」
「っ!」
その言葉に絶句する。態度では無く言葉で、彼は不信感を露わにしたのだ。
他の男達の目も鋭い。
ーー本当に勇者なのか。アニエスを騙しただけなのでは。
彼らの、村民のほとんどの思考が、俺を偽物と半ば確信しているだろう。
その通りなのだ。
俺は勇者じゃなく、光線はたまたま貰った力。
アニエスを騙したわけでも無く、全ては彼女の誤解だった。
俺は勇者になりたいとも思わないし、この世界で生活する為の平穏と基盤を求めている若造に過ぎない。
しかし、そんな事を彼らは知らない。少なくとも今はまだ。
「討伐は、して貰えないと聞きましたが。何故?」
「嘆願書は出しております。しかし近隣三領を治めるサンキテーヌ伯は、領内の対応に追われているとお聞きします。
賢主であらせられるが、営々と蓄えた物資も戦時に供出させられておる故、動きを制限されているのでしょう。
加えて、この村は辺境も辺境ですからな」
さて、とアロイスは言葉を区切る。
「お聴きしたい事がある」
気付けば食器の音さえ消えて、室内には沈黙が幕を下ろしていた。
空間の支配者はアロイスで、誰もが彼の言葉の続きを待って居た。
「この問いは会合の意にして、集まった者達の意であると考えて頂きたい。
アニエスは我々の娘だ。聡く、勇敢で、村の為に命を差し出した男の忘れ形見だ。
その娘の見出して来た勇者を疑う愚をお許し下され。
しかし、我々はアニエスを、村を、隣人を守らねばならないのです。亡き英雄に誓って」
そうだ、と周りから小さな声が響き始めていた。
それは漸く訪れた沈黙の綻びだった。
腹をくくる。
と言うよりも、全ては一つの誤解が始まりで、あるべき形に戻す機が訪れただけの話じゃないか。
事情を話し、受け入れられずとも俺に非は無い。
肩の力を抜いた。開き直りとも言う。
「お尋ねしたい、アキト殿。
その旅にも耐えられぬ服装、綺麗な手、持たぬ武具。伝え聴く勇者様とは違い過ぎる。
ーー貴方は本当に勇者なのか?」
「違いますよ?」
即答。
間を置かずの一声である。
「……随分とまぁ、吐くのが早いな」
慇懃な態度はどこへやら、アロイス村長は感心と威圧に色付く声を放つ。
辺境の村と言えど、流石は集落の代表者。この変貌と声音の使い方は賞賛に値する。
「皆さんの前で話すのが憚られたので言わなかっただけで、勇者云々はアニエスの誤解です」
ケロリと言ってのける俺に、周りの反応は様々だ。
呆れる者、戸惑う物、様子を見る者、怒る者。最後が一番多いが、場を仕切る村長が動くまで、何かをされる事も無いだろう。
開き直った俺に隙は無かった。
「何故アニエスは勘違いをした? そそっかしい娘だが、見知らぬ男を救世主とする程では無いぞ?」
「その辺りもブシュラさんに聴いてるんじゃないですか?」
「光の魔法か。俄かには信じられんが」
「どちらでも構いませんよ。アニエスが俺を勇者と思い、しかし俺は勇者じゃあない。それが事実です。
そして俺は、村の力になるとアニエスに約束した。微力も良いとこですが」
実際、俺には戦闘の経験も知識も無い。奇策を思い付くような頭脳も無い。
そして光線もーーアニエスが期待する光の力も、使う気は無い。
となれば、俺は果てしなく無力だ。
それでも投げ出したくないのは、俺なりの意地だった。
意地を通そうとするくらいの開き直りはしている。
「ふん。奇特な若造なのか、とんだ食わせ者か。それとも只の馬鹿なのか」
皮肉げな物言いで、嘲るように口角を上げるアロイス村長は、しかし俺への警戒を解いた様な気がする。
アニエスに向けるような好々爺ぶりは俺に対して一切見えないが、こっちが本来なのではあるまいか。
かなり良い性格をしている。
「ちょっとお待ち下さい、村長。光の魔法とは?」
ざわめき出す男衆。普通の反応はこうなのだろうが、そんな彼らをアロイスは鼻で笑ってみせた。
「聴いてなかったのか、阿呆共が。
この小僧が光の魔法を使ったのをアニエスは見た。
ブシュラに対して小僧本人は事実だと認めたそうよ。嘘臭い話だがな」
ーー光の魔法を?
ーーならば本物の勇者なのでは?
ーーいや、嘘に決まっとる。
ーー実際にこの眼で見ない事には。
議論の程を醸し出す室内を、俺とアロイス村長だけが黙っていた。
つい先程までとは真逆の状況。
場は俺への詰問でも糾弾でも無く、俺の主張の矛盾や不自然性を問う空気へと変わっていた。
「……光の魔法を使えると仮定して、アキト殿はどの様にしてそれを身につけたのだ?」
そう問うのは壮年の、眼の細い人だった。体躯は熊のようにガッチリしているのに、どこと無く気の弱そうな印象を受ける。
「偶々です。詳しくは話せませんけど、授かりました。別に光でも火でも何でも良かったんですけどね。
だから光の使徒なんかに成った覚えも無いし、勇者なんてとんでも無いですよ」
「いや、しかしーー」
「もう良い。此奴は勇者では無い。そんな事は最初から分かっていた事だろうが。
野党の危機を前に、こんな小僧一人が何を企む? 警戒する必要は無い。
少なくとも小僧と話していて儂はそう感じた」
「ではアキト殿をどうするので?」
「別に何も。風前の灯火と言える村に、大した事もできないがと、助力を買って出る奇特な馬鹿が居た。それだけだ。なぁ?」
「そうですね」
頷く俺に、アロイス村長は噛み殺した笑いを零した。
「村の状況は何一つ変わらん。しかし子ども達には黙っておけ。『勇者』の名前で怯えも消えようよ」
その言葉に顔を顰めるが、周りの反応なぞ気にも留めない老人は、いつまでも可笑しそうに笑っていた。
男達の戸惑いと疑惑を置いてけぼりに。