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一日百善されば三膳  作者: お腹弱い虫
復活と村救出編
13/22

会合の意と戸惑いについて

野盗は、傭兵崩れか逃亡兵の集まりだとアロイスは言った。


「先年の戦は御存知ですかな?」


去年この世界に生きてなかったんで知りません。

とは言えないので、神妙な顔で頷いておく。


話の流れから察するに、去年負け戦があったようだ。

攻め込み、大敗し、却って国土を僅かながらも押し込まれたこの国ーーカルトリア王国。

どうにか前線を維持し睨み合いが続いたが、結局は暫定的な不平等講和で終戦を迎えた。

講和の理由は両国に起きた農作物の不作だったと言う。


「この辺り一帯はまだ良いのですよ。不作と言えど、飢え死ぬ程では無い。

前線一帯など戦荒れと緊急徴収、不作のために世の地獄と化しておるそうです。

兵隊崩れや流民が流れ込んで来るのはそう言った訳でしょう」


「そうでしたか」


それを聴くと出された料理の数々が、大変な重さを持って俺にのし掛かる。

この辺りはマシだって言ってたけど、どの程度の余裕があるんだか分からない。

そんな思考を読んだのか、村長が首を振った。


「お気になさらず。野盗を追い払わねば、どうせ奪われる物です」


「っ!」


その言葉に絶句する。態度では無く言葉で、彼は不信感を露わにしたのだ。

他の男達の目も鋭い。


ーー本当に勇者なのか。アニエスを騙しただけなのでは。


彼らの、村民のほとんどの思考が、俺を偽物と半ば確信しているだろう。

その通りなのだ。

俺は勇者じゃなく、光線(レイ)はたまたま貰った力。

アニエスを騙したわけでも無く、全ては彼女の誤解だった。

俺は勇者になりたいとも思わないし、この世界で生活する為の平穏と基盤を求めている若造に過ぎない。

しかし、そんな事を彼らは知らない。少なくとも今はまだ。


「討伐は、して貰えないと聞きましたが。何故?」


「嘆願書は出しております。しかし近隣三領を治めるサンキテーヌ伯は、領内の対応に追われているとお聞きします。

賢主であらせられるが、営々と蓄えた物資も戦時に供出させられておる故、動きを制限されているのでしょう。

加えて、この村は辺境も辺境ですからな」


さて、とアロイスは言葉を区切る。


「お聴きしたい事がある」


気付けば食器の音さえ消えて、室内には沈黙が幕を下ろしていた。

空間の支配者はアロイスで、誰もが彼の言葉の続きを待って居た。


「この問いは会合の意にして、集まった者達の意であると考えて頂きたい。

アニエスは我々の娘だ。聡く、勇敢で、村の為に命を差し出した男の忘れ形見だ。

その娘の見出して来た勇者を疑う愚をお許し下され。

しかし、我々はアニエスを、村を、隣人を守らねばならないのです。亡き英雄に誓って」


そうだ、と周りから小さな声が響き始めていた。

それは漸く訪れた沈黙の綻びだった。


腹をくくる。

と言うよりも、全ては一つの誤解が始まりで、あるべき形に戻す機が訪れただけの話じゃないか。

事情を話し、受け入れられずとも俺に非は無い。

肩の力を抜いた。開き直りとも言う。


「お尋ねしたい、アキト殿。

その旅にも耐えられぬ服装、綺麗な手、持たぬ武具。伝え聴く勇者様とは違い過ぎる。

ーー貴方は本当に勇者なのか?」


「違いますよ?」


即答。

間を置かずの一声である。


「……随分とまぁ、吐くのが早いな」


慇懃な態度はどこへやら、アロイス村長は感心と威圧に色付く声を放つ。

辺境の村と言えど、流石は集落の代表者。この変貌と声音の使い方は賞賛に値する。


「皆さんの前で話すのが憚られたので言わなかっただけで、勇者云々はアニエスの誤解です」


ケロリと言ってのける俺に、周りの反応は様々だ。

呆れる者、戸惑う物、様子を見る者、怒る者。最後が一番多いが、場を仕切る村長が動くまで、何かをされる事も無いだろう。

開き直った俺に隙は無かった。


「何故アニエスは勘違いをした? そそっかしい娘だが、見知らぬ男を救世主とする程では無いぞ?」


「その辺りもブシュラさんに聴いてるんじゃないですか?」


「光の魔法か。俄かには信じられんが」


「どちらでも構いませんよ。アニエスが俺を勇者と思い、しかし俺は勇者じゃあない。それが事実です。

そして俺は、村の力になるとアニエスに約束した。微力も良いとこですが」


実際、俺には戦闘の経験も知識も無い。奇策を思い付くような頭脳も無い。

そして光線(レイ)もーーアニエスが期待する光の力も、使う気は無い。

となれば、俺は果てしなく無力だ。

それでも投げ出したくないのは、俺なりの意地だった。

意地を通そうとするくらいの開き直りはしている。


「ふん。奇特な若造なのか、とんだ食わせ者か。それとも只の馬鹿なのか」


皮肉げな物言いで、嘲るように口角を上げるアロイス村長は、しかし俺への警戒を解いた様な気がする。

アニエスに向けるような好々爺ぶりは俺に対して一切見えないが、こっちが本来なのではあるまいか。

かなり良い性格をしている。


「ちょっとお待ち下さい、村長。光の魔法とは?」


ざわめき出す男衆。普通の反応はこうなのだろうが、そんな彼らをアロイスは鼻で笑ってみせた。


「聴いてなかったのか、阿呆共が。

この小僧が光の魔法を使ったのをアニエスは見た。

ブシュラに対して小僧本人は事実だと認めたそうよ。嘘臭い話だがな」


ーー光の魔法を?

ーーならば本物の勇者なのでは?

ーーいや、嘘に決まっとる。

ーー実際にこの眼で見ない事には。


議論の程を醸し出す室内を、俺とアロイス村長だけが黙っていた。

つい先程までとは真逆の状況。

場は俺への詰問でも糾弾でも無く、俺の主張の矛盾や不自然性を問う空気へと変わっていた。


「……光の魔法を使えると仮定して、アキト殿はどの様にしてそれを身につけたのだ?」


そう問うのは壮年の、眼の細い人だった。体躯は熊のようにガッチリしているのに、どこと無く気の弱そうな印象を受ける。


「偶々です。詳しくは話せませんけど、授かりました。別に光でも火でも何でも良かったんですけどね。

だから光の使徒なんかに成った覚えも無いし、勇者なんてとんでも無いですよ」


「いや、しかしーー」


「もう良い。此奴は勇者では無い。そんな事は最初から分かっていた事だろうが。

野党の危機を前に、こんな小僧一人が何を企む? 警戒する必要は無い。

少なくとも小僧と話していて儂はそう感じた」


「ではアキト殿をどうするので?」


「別に何も。風前の灯火と言える村に、大した事もできないがと、助力を買って出る奇特な馬鹿が居た。それだけだ。なぁ?」


「そうですね」


頷く俺に、アロイス村長は噛み殺した笑いを零した。


「村の状況は何一つ変わらん。しかし子ども達には黙っておけ。『勇者』の名前で怯えも消えようよ」


その言葉に顔を顰めるが、周りの反応なぞ気にも留めない老人は、いつまでも可笑しそうに笑っていた。

男達の戸惑いと疑惑を置いてけぼりに。

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