序文として、家訓について
一日百善されば三膳。
それが我が家の家訓だった。
父曰く、明治後期に曾祖父によって打ち立てられたらしいこの訓辞、やたら立派な掛け軸に記されており、居間に鎮座している。
ちなみに意訳するとこうだ。
ーー三食欲しけりゃ一日百回は良い事しな!
訪れた友人達からは「意味わかんね」と一笑に伏されたものだが、笑い事じゃあない。うちの大人どもはマジだ。
何せ小学校に上がって以来、俺は一日に百回の善行を義務付けられていたのだ。
わざわざ『善行ノート~今日も良い事できるかな~』なる物を持たされ、良い事をする度に時間と対象と内容を記録させられて。
何時何分、誰々に何々をしました。
こんな事を一日百行。まさに拷問である。
ちなみに誤魔化しはほとんど通じない。やはり嘘と言うのはボロがでるもので、深く追求されたり、対象人物に確認を取られようものなら即座に虚偽申告と発覚してしまうからだ。
その結果は言葉にするのも憚られる。俺は一度の経験から虚偽申告をしまいと誓った。
とは言え、嘘をつかずとも一日百善を達成出来なければ翌日の食事は抜き。
これは絶対ルールである。
幸いにして給食による一食は確保されていたが、休日ーー特に長期休暇は地獄だった。
初めて断食の日々を体験したのは小学校一年生のゴールデンウイーク。
飢えから来る死の予感に、俺は『必死』という言葉の意味を知る。
以来、一日百善をなそうと生きた事、十数年。
小さな善行を駆使して時間と勝負し、時に勝ち、時に負けた。
家訓自体はいけすかない。
結局の所、俺は強制的に善行を積まさせられた偽善者で、行動起因は善意では無いのだから。
ーーしない善より、する偽善。重ねた偽善は転じて善。
そう語った祖父は良い顔をしていた。
十数年間の一日百善。
余りにゴミ拾いをし過ぎた為に『清掃人』と呼ばれたり、『道案内職人』と渾名されたりと黒歴史も少なくない。
周囲に抱かれた善人像は時に窮屈だった。
しかしお陰で、良き友人や恋人にも巡り合えた。
今なら虐待として問題になるんじゃ、とか、もうちょっと遅く産まれてたらセーフだったんじゃね、とか色々思う所はあるが、件の家訓が俺にくれた物は計り知れない。
ーー そう、今この時でさえ。