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世界言語の簒奪者〜無能と追放された【解読士】は、奈落の底で神のソースコードを書き換える〜  作者: 時山 悟


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第9話 偽りの聖職者

王都ガルディナの巨大な正門。

堅牢な城壁の入り口には、重武装の衛兵たちが鋭い目を光らせていた。

大厄災の迷宮周辺で異常な崩落事故が起きたという情報が断片的に届き始めているのか、普段よりも明らかに警備が厳重だ。


「おい、そこの二人。身分証を提示しろ。子供もだ」


槍を交差させて立ち塞がった衛兵が、凄みを利かせてアレスとミラを睨み下ろす。

ミラが怯えてアレスの服の裾をぎゅっと握りしめた。教会の許可証を持たない孤児は、見つかれば即座に地下牢行きか、再び過酷な労働施設へと送り返される。


だが、アレスは表情一つ変えず、衛兵が持っている『魔力照合水晶』の前に堂々と手をかざした。


「確認しろ」


「ちっ、怪しい奴め……なっ!?」


照合水晶が、これまでにないほど眩い金色の光を放った。

衛兵の顔から血の気が引き、槍を取り落としそうになるほど激しく狼狽した。水晶の表面には、アレスが先ほどシステムを直接ハッキングして書き込んだ情報が、この世界における『絶対の真実』として表示されていた。


【Citizen_ID : Valid(有効)】

【Authority_Level : Grand_Duke(大公爵位・特級権限)】


「だ、だだだ、大公爵閣下……ッ!? も、申し訳ございません! ど、どうぞお通りくださいませ!!」


衛兵たちは慌てて槍を引き、直立不動で最敬礼の姿勢をとった。

アレスは一瞥もくれず、ミラの小さな手を引いて悠然と王都の中へと足を踏み入れる。

エラーなど起きるはずがない。世界のルールを決定づけるデータベースそのものを改ざんしたのだから、この水晶にとっては、アレスが王族に次ぐ権力者であるということが「物理的な事実」なのだ。


「すごい……おにいちゃん、あの怖い門番さんたちが、ガタガタ震えてたよ……」

「ただの数字の遊びさ」


王都の中央大通りは、異様な熱気に包まれていた。

建物の至る所に純白の旗が掲げられ、広場では吟遊詩人が『四天王を討ち果たした光の勇者レオンと、慈愛の聖女セリア』の英雄譚を声高に歌い上げている。


(……吐き気がするな)


自分を囮にして逃げ帰ったクズ共が、この街では救世主として崇められている。

アレスは冷ややかな目で祝祭の光景を一瞥すると、大通りから外れ、王都の裏路地——かつて彼が足繁く通っていた、スラム街の端にある孤児院へと向かった。


* * *


「動け! 早くその荷車を運ばんか、この役立たずのゴミ共が!」


孤児院の裏庭。

かつては子供たちが笑い声を上げて駆け回っていたそこは今、高い鉄柵で囲われた監獄のような労働施設へと変貌していた。


肥え太った教会の司祭が、手にした革の鞭をピシャリと地面に打ち鳴らす。

その足元では、十歳にも満たない子供たちが、自分たちの体重ほどもある魔力石の詰まった木箱を必死に運んでいた。

アレスが迷宮の探索で得た報酬をすべて注ぎ込み、養っていた孤児たちだ。彼らの手足には重い鉄の枷がはめられ、服は汚れ、誰もが虚ろな目をしている。


「あ、あの……司祭さま……ミラちゃんが、まだ帰ってこなくて……」

一人の幼い少年——レオが、震える声で司祭にすがりついた。


「ええい、汚い手で触るな! あの銀髪のガキは迷宮の浅層に石拾いに行かせたまま、逃げ出したに決まっておる! セリア様の温情を無下にする恩知らずめ!」


司祭が苛立たしげにレオを蹴り飛ばす。

レオは泥の上に転がり、痛みに顔を歪めた。


「あのガキが逃げた分のノルマは、お前たちで補填するのだ! 教会の資金を横領していた罪人アレスの借金は、お前たちの血と汗でセリア様に——」


司祭が再び鞭を振り上げた、その瞬間だった。


「——その薄汚い口で、俺の名前を呼ぶな」


背後から響いた、氷のように冷たく、地獄の底から這い上がってきたような低い声。

司祭がビクンと肩を揺らし、振り返る。

鉄柵の入り口が、まるで紙くずのようにひしゃげて吹き飛んでいた。もうもうと舞う土煙の中から、一人の青年と、銀髪の少女が姿を現す。


「ミ、ミラちゃん……!?」

倒れていたレオが、信じられないものを見るように目を見開いた。


「な、何者だ貴様! ここは聖女セリア様の管轄する神聖な教会の施設——」


「神聖、だと?」


アレスはゆっくりと歩みを進める。

司祭の護衛として控えていた教会の武装騎士四人が、慌てて剣を抜き、アレスに斬りかかろうと飛び出した。


「止まれ」


アレスの指先が、虚空の『運動コード』を弾く。

四人の騎士たちは、空中に飛び上がった姿勢のまま、ピタリと静止した。まるで空間そのものが凍りついたかのように、瞬き一つすらできなくなる。


「ひぃっ!? な、なんだこれは……魔法陣もなしに……!」

肥え太った司祭が後ずさりし、顔面を蒼白にさせる。


アレスは立ち止まったまま、騎士たちのステータスコードに視線を向けた。


【Equipment : Church_Knight_Armor(教会騎士の鎧)】

【Equipment : Holy_Sword(聖剣)】


「子供を脅すのに、そんな大層な武器はいらないだろう」


アレスが虚空で指を交差させ、ハサミのように動かした。

【Command : Cut(切り取り)】

【Target : Equipment_All(全装備)】


直後。静止していた四人の騎士たちの全身から、鎧、剣、そして下着に至るまでのすべての衣服が、一瞬にして空間から『消失』した。

「——っ!?」

彼らは全裸のまま空中で静止させられ、あまりの羞恥と恐怖に眼球だけをギョロギョロと動かしている。


「次はお前だ、豚」


アレスの視線が、震える司祭へと向けられた。

司祭のステータスコードが、青白い文字列として空間に浮かび上がる。


【Entity : Zakovザコフ

【Class : High_Priest(高位司祭)】

【Faith(信仰心) : 10】

【Corruption(腐敗度) : 999】


「【信仰】がたったの10で、【腐敗】がカンストか。セリアの取り巻きにふさわしい、見事なゴミのステータスだな」


「き、貴様ぁ……! 聖女様への冒涜だぞ! この鞭で裁きを——」


ザコフ司祭が自棄を起こし、アレスめがけて革の鞭を振り下ろした。

だが、アレスはその鞭を避けることすらしない。彼は鞭の『物質コード』に指先で直接触れた。


【Material : Leather_Whip(革の鞭)】を、【Hellfire(地獄の業火)】へ。


「ギャアアアアアアッ!?」


鞭がアレスに届く直前。ザコフの手の中で、革の鞭が突如として数千度の紅蓮の炎へと姿を変えた。

炎は瞬く間にザコフの右腕を包み込み、肉を焼き焦がす。彼は炎の鞭を手放そうとしたが、アレスが【Status : Attached(接着)】のコードを書き加えたため、手から引き剥がすことができない。


「あつい! あついいいぃぃッ! 助けてくれぇっ!」

「神聖な教会の司祭様なら、神に祈って火を消してもらえよ。どうした?」


アレスは泣き叫ぶザコフの顔面を、冷酷な目で一瞥した。

そして、彼の手首にはめられていた『子供たちと同じ鉄の枷』のコードを複製し、ザコフの首と両足に貼り付けた。


ガシャンッ!!

突然、虚空から現れた数百キロの巨大な鉄の枷がザコフの体に食い込み、彼はその重みに耐えきれず、泥の中に顔から突っ伏した。右腕の炎は消えたが、醜く焼け焦げた肉の匂いが漂う。


「ひぐっ……あ、あぁ……」

「お前たち教会の人間は、子供たちに枷をはめ、こんな泥の中で石を運ばせていたんだな。……なら、お前も同じ重さを味わって、一生ここで泥を啜っていろ」


圧倒的な蹂躙。

剣も魔法も使わず、ただ立っているだけで武装した騎士を全裸で凍りつかせ、司祭を鉄の塊で地に這わせるアレスの姿に、子供たちはただ呆然としていた。


「アレス……おにいちゃん、なの……?」


泥だらけのレオが、震える声で尋ねる。

死んだと聞かされていた。でも、この優しくて、少し不器用な雰囲気は、間違いなく彼らの大好きだったアレスだ。


アレスは振り返り、彼らに向かってふわりと優しく微笑んだ。

魔王のように冷酷だった表情が、嘘のように温かなものへと変わる。


「ああ。遅くなって悪かったな、みんな」


アレスが虚空で指を鳴らす。

【Command : Mass_Rewrite(広域書き換え)】

【Target : Children_All(全孤児)】

【Status : Injured & Enslaved】→【Healthy(健康) & Free(自由)】


パリンッ、パリンッ!

孤児たちの手足にはめられていた鉄の枷が、砕け散って光の粒子となる。

同時に、彼らの体に刻まれていた無数の鞭の傷や、首元の隷属の痣が瞬時に消え去り、泥だらけだった服が清潔で真新しいものへと書き換えられた。


「あ……痛いのが、治った!」

「枷がなくなったよ!」


「おにいちゃん!!」


レオが泣き叫びながら飛びついてきたのを皮切りに、十人ほどの子供たちが一斉にアレスの元へ駆け寄り、そのボロボロの服にしがみついて号泣し始めた。

ミラも一緒になって、アレスの腰に抱きついている。

アレスは膝をつき、子供たちの頭を一人一人、不器用に撫でていった。


「もう大丈夫だ。お前たちを縛るものは、この世界から全部俺が消してやる」


子供たちの温もりを感じながら、アレスは顔を上げ、王都の中心にそびえ立つ壮麗な王城を睨み据えた。

夜空には、英雄たちの凱旋を祝う豪奢な花火が打ち上がっている。


「ここで少し待っていろ。……これから、一番でかい『ゴミ』を掃除しに行くからな」


子供たちを安全な場所に確保したアレスは、いよいよその矛先を、祝賀会の真っ最中である勇者レオンと聖女セリアの喉元へと突きつけるべく、静かに立ち上がった。

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