第1話 役立たずの【解読士】
「アレス。お前、今日でパーティを抜けてくれ」
大陸最深部、魔王城へと続く『大厄災の迷宮』の第99階層。
血と硝煙の匂いが立ち込めるなか、迷宮最後の安全地帯で、勇者レオンは冷たい声でそう告げた。
俺——アレスは、手当てをしていた包帯から顔を上げた。
「……レオン、突然どうしたんだ? 冗談だろう?」
「冗談なものか。俺たちはこれから魔王を討つ。だが、お前の【解読】スキルは戦闘では全くの無力だ。古代文字が少し読める程度の荷物持ちに、これ以上の経験値を割く余裕はない」
レオンの後ろでは、聖女であり俺の婚約者でもあったはずのセリアが、レオンの腕に身を寄せ、冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。
「アレス……ごめんなさい。私、レオン様に惹かれているの。それに、あなたは弱すぎるわ。いつも後ろで震えているだけ。私たちの足手まといなのよ」
胸の奥が、冷たい刃でえぐられるように痛んだ。
俺の【解読】スキルがあったからこそ、不可視の罠を抜け、古代の防衛兵器を停止させ、ここまで来られたはずだ。俺が徹夜で迷宮の構造を「解読」し、彼らの魔法の詠唱効率を裏で修正していたことなど、彼らは全く気づいていなかったのだ。
「……わかった。だが、この迷宮を一人で戻ることはできない。せめて地上まで——」
「甘えるな」
ドンッ!という鈍い衝撃。
レオンの蹴りが、俺の腹部を深々とえぐった。
息が詰まり、俺は迷宮の冷たい石畳に転がる。口から鮮血が吐き出された。
「お前には、ここで最後の仕事を与えてやる」
レオンが指差した先には、安全地帯のすぐ外に口を開ける、底の見えない漆黒の穴。
一度落ちれば二度と帰還できないとされる、絶対死の領域『奈落』。
「この先、魔王の元へ行くには『生きた人間の魂』をこの奈落へ捧げ、扉を開く必要がある。お前のその無価値な命、最後に少しは世の役に立てろ」
「レオン……お前、正気か……ッ!」
「さらばだ、アレス」
レオンの魔法が放たれ、俺の身体は宙を舞った。
漆黒の奈落へと吸い込まれていく。
上空で、レオンとセリアが冷たく見下ろしているのが見えた。
落ちていく。果てしない暗闇の中へ。
ああ、俺の人生は、何だったのだろうか。
死の恐怖の中で、なぜか、数日前に王都の孤児院で、小さな女の子に教えた「手遊び歌」のメロディが脳裏をよぎった。
『イーチ、ニー、サンで、世界が回る。
アー、ベー、セーで、扉が開く。
もしも痛くて泣きそうなら——』
それは、古代遺跡の壁画にあった文字を、子供でも読めるように俺が適当に並べ替えただけの、ただの無意味な言葉の羅列だ。
『——黒い文字を、白く塗りつぶせばいい』
全身の骨が砕けるような衝撃と共に、俺の意識は完全に暗転した。
だが、アレスはまだ知らなかった。
この『奈落』には、死すらも許されない最悪の呪いがかけられていることを。
そして、彼が孤児院で教えたあの子守唄が、この世界の「神のシステム」にアクセスするための、唯一の【管理者パスワード】であったことを。
——ここから、五億回に及ぶ、死と再生の永い狂気が始まる。
はじめまして!ゆっくり投稿していくので、よろしくお願いします!!




