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ラディスの守り神~令息は二度狙われる~  作者: 庭本雨音


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予知夢_2

 無数の国々が乱立する大陸において最も力を持つ国は? と聞かれたら、その時の立場や地域や時期によっておおよそ二つに解答は分かれる。多分、西はメルエント帝国、東はカリオン帝国と答える人が多いだろう。じゃあ最も古い家門は? と聞かれたら、これはきっと誰もが一つの答えを出す。古代から様々に形を変え、今もなお存続する『ラディス家』であると。


 ラヴィニア・ラディス。


 わたしの名前に込められた意味は、ある人から見たら大きく、またある人から見たらはりぼてのようだった。


 ラディス家は世界がどのように形を変えても時勢を読んで権力と権威を維持してきた。現在は西の大国、メルエント帝国の選帝侯の一つ、ラディス大公家として広大な領地と多くの農産品を抱える帝国の雄である。そんな大公閣下のいとこなのがわたしの父、バートン・ラディス。つまり大公家とは近いようで遠い親戚ということになる。


 わたしの祖父が戦功によって男爵位を賜り、父はその跡を継いで騎士として大公家に仕えている。そして母は、帝国の著名な貴族の令嬢だ。


 ここまで聞くとさぞいい暮らしをしているだろうと思うでしょ? 大陸一の名門だし、大公からの覚えもよく、両親ともに貴族なんだもの。


――否! そんな単純な話だと思ったら大間違いなのよ!


 実際の男爵家はこうだ。


 お父様はおじい様と違って領地経営の力はなく、税金はテキトウ、金銭の管理はゆるゆる、おじい様が残してくれた財産はみるみるうちに泡と消え、今では方々の雑用依頼を請け負うことによって何とか生計を維持している。ただ槍の腕前は素晴らしいので大公家の騎士団の指導を頼まれており、これがうちの一番の収入源になっている。それならおじい様のように戦功を立てて身分を上げることもできるんじゃないかって?


 そうはいかないのがお父様。なんと、お父様は血が大の苦手なのだ。


 わたしが道端でこけて膝から出血したとき、傷一つ負っていないお父様の方が顔を真っ青にしておろおろしているそばで、お母様がさっさと傷の手当てをしてくれたのがわたしの中の最も古い記憶だ。使用人たちがお父様へのイメージを維持するために「領地運営は苦手だけど槍の腕前はすごいんですよ!」とずっと言い聞かせていたものだったが、わたしは長らくそれを嘘だと思っていた。だって血が怖いのに槍なんて持てるわけないでしょ? 普通の子どもならそう思う。


 というわけでお父様の槍の腕前は指導や見本以外ではほとんど発揮されることがなく、それも大公の厚意によって報酬をもらっているような有様なのである。




 太陽暦920年春――わたしたちは日頃お世話になりっぱなしの大公家の園遊会(ガーデンパーティ)に呼ばれ、家族全員で向かう道中にいた。


 馬車の窓を開けて、わたしは控えめに顔を出した。木々がゆっくりとしたスピードで流れていく。空は透けるように青く、遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。森の真ん中、一つの馬車と複数の馬が足並みをそろえて道を駆ける。


「ラヴィ、水はいるか」


 わたしに気づいた兄様が、窓の近くに寄ってきて革袋を差し出した。それほど喉は乾いていなかったけどせっかくだからもらっておく。馬車の前方、一行の先頭を走るのはお父様。兄様と同じ真っ直ぐの金髪と筋肉質の身体、後ろから見ると頼りがいがありそうだが、正面から見ると頼りなさと情けなさを足して二で割らないような雰囲気を醸し出している。お父様は昨日出発するときも、お母様やわたしと一緒に馬車に乗りたいと言ってお母様からたしなめられていた。いつものことなので兄様もわたしも使用人たちも見て見ぬふりをした。外見は一番外側の内面と誰かが言っていたが、それはある意味正しい。


 革袋をわたしから受け取った兄様は馬車の中を覗き込む。


「母上、水はいかがですか?」


 そう言われたお母様は、「まだ大丈夫よ」と簡潔に断った。


 わたしの正面に座るのはお母様――クレメンティーネ・トトリー・ラディス。メルエント帝国でも有名な政治家一族であるトトリー侯爵家の長女であり、つまりは生粋の貴族だ。権力も財力も有り余るほど持っている。それなのに何を間違えてこんな令嬢が育ったのだろう。それは永遠の謎である。


 お母様は波打つ青い長髪を緩やかにまとめ、紫紺の瞳は深い輝きを放つ。誰もが見とれてしまうほどの美貌は今でも健在で、どこからか醸し出される品性と存在感はまごうことなき貴族のそれだった。しかし中身はというと外見からは想像がつかないほど豪快で傍若無人、無邪気で自由奔放な掴みどころのない人なのだ。


 若かりし頃、お母様に無礼を働いたとある貴族を張り倒して以来縁談が来なくなり、開き直って放浪の旅に出たところお父様と出会い、恋に落ちてお父様の元に住み着いた結果気づいたら兄様とわたしが生まれていたらしい。こういう人だと説明しても誰にも理解されない。正直わたしも理解できていない。


 わたしの髪質と瞳の色はお母様譲りなのだが、中身まで遺伝しなくて良かったと、かつて兄様に言われたことがある。母上は尊敬しているが母上のような人間が二人もいたら男爵家が崩壊しかねないとは兄様談。……まあ、そこは兄様に同意する。


「そろそろ馬車で揺られるのも飽きてきたわね」


 お母様が軽くこめかみを抑えながらひとり言のように呟いた。


「今日の夕方に着く予定でしょ?」

「ええ。あと半日も馬車の中でじっとしていたら身体が石みたいになりそうだわ……。ねえラヴィ」


 わたしと一緒に窓の外を眺めていたお母様が、突然わたしのほうを見て笑顔を向ける。素敵な笑顔だ。だからこそちょっと嫌な予感がした。


「この機会に母娘(おやこ)の親睦を深めましょう」

「もう十分深まってると思うけど……」

「そんなことないわ! これからもっと深まるはずよ。たとえば、恋バナとか」

「却下」


 えー、とお母様は口を尖らせた。何歳だ。いやまだそんなに年でもないだろうけど。でも年頃の娘に恋愛事情を聞くのは厳禁中の厳禁なのでは? 育児の本とかにはそう書いてある。多分。


「そんなこと言われたら余計に気になるわ」

「というか相手がいないじゃない。どこにも!」

「またまた……14歳なんて、三歩歩けば好きな人ができる年じゃないの」


 14歳への偏見が過ぎる。


 ラディス家唯一の常識人である兄様はいつのまにか馬車から見えなくなっていた。お母様は興が乗ったのか、窓から身体を離して身を乗り出す。わたしをじっくりと見つめ、それからわたしの隣に座っている人物にも目配せする。にこっと笑って、


「例えば、ノルとか?」


 爆弾を落とした。


 先ほどから一言も発していなかった馬車の同乗者――ノルは、急に指名されても一ミリも動揺を見せることなく「……はあ」と、ため息なのか返事なのか分からない声を出した。わたしは渋い顔を隠さずに彼を見つめる。


 ノルはうちの騎士見習い。兄様とわたしの幼馴染で、特に同い年の兄様とは一緒に稽古をするほど仲が良い。アッシュグレーの短い髪と緑色の瞳、小麦色の肌の整った顔立ちをしているが、基本は表情筋に動きがなく反応が淡泊なためなんかちょっと近づきにくい。今回の園遊会にはわたしの護衛として同行することになったので、こうして一緒に馬車に乗っているというわけだ。お母様に話しかけられるまで存在感を消していたけど。多分話しかけられたくなかったんだろうな。


 しかし、わたしがノルに近づきにくいと思っているのはそれだけが理由ではない。


「ノルはない」

「あら、そんなふうに言うなんてノルに失礼よ」

「ノルと一緒にいると無表情が移りそうなんだもん」


 彼がつっと視線を寄越した。緑の瞳に見つめられ、わたしは反射的に目を逸らす。気まずい。


「大丈夫です。お嬢様に無表情は移りません」

「……どういう意味よ」

「そのままの意味ですが。考えていることがはっきり顔に出るのに、どうやって無表情になるんですか」

「出ないわよ」

「気まずくて視線を逸らすのも立派な『表情』ですよ」

「……」


 ……こういうところ!! 説明しなくても分かるこの態度! この男、とにかく慇懃無礼が服を着て歩いているようなのだ。一応敬語だしお嬢様呼びだし表面上は丁寧に扱っている風を装っているけど、言っている内容は9割くらい失礼なのである。


 兄様とノルが二人でいると若い使用人や村娘たちは目の保養だと言って色めき立つ。彼女たちはきっと本性を知らないのだ。実際には、悪口を言われたら十倍の密度で言い返し、やられる前にやり返し、悔しがる相手わたしを鼻で笑って受け流す人間だということを。その点兄様はおすすめよ。なぜこの両親からこの息子が生まれるのか分からない、でもこの顔が生まれるのは納得できると言われるほど見た目も中身も正統派な貴公子だから。ちなみに使用人たちは兄様以外のうちの人間を信用していないのであって、兄様のことは信用している。


 黙りこんだわたしに、お母様はふふっと笑いかけた。


「仲良しね」


 どこをどう見たらそんな感想が出てくるのかさっぱり分からなかったが、ここで否定しても生暖かい目で見られるだけだということは今までの経験上分かりきっている。わたしは無言でやり過ごすことにした。


 それにしてもお母様の言う通り、あと半日も馬車に揺られているのは暇すぎる。お行儀悪く窓枠にひじをつきながら、ゆっくり流れていく景色をぼーっと眺める。その無作法を多分兄様なら注意するだろうけど、兄様はお父様と何やら話し込んでいてわたしの様子には気づかない。気が向いたときにだけわたしに礼儀作法を説くノルや、そもそも日頃の礼儀作法に口を出さないお母様はわたしの怠惰な格好に何も言わなかった。


 森の景色を眺めていたらまぶたがだんだんと重くなってきた。頭が舟をこいで、たまに窓枠にぶつけたりしながら、わたしは夢の世界へ旅立つことにした。

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