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6少女

 元来た道に戻ろう。しかしそれはヒカルが最も苦手とするところだった。おまけにこの街はどこもかしこも似たような建物がひしめいておりもう既に自分がどこにいるのかも分からなくなっていた。それでも逃げなければならない。


(でも逃げるってどこへ……)


 闇雲に走っているとヒカルは前方に複数、軍服姿の男たちを発見した。随分差し迫った様子で口々に、「どこだ」「探せ!!」と何者かを探し回っている。まず間違いなく、自分を探しているのだろうとヒカルは察した。


(ヤベッ)


 ヒカルは咄嗟に建物の影に身を隠した。牢屋に戻ったら今度こそ何をされるか分からない。アルフレッドたちは無事だろうか?本当に一人で逃げてきてしまって良かったのだろうか?


「はぁー。どうすりゃいいんだよマジでよー」


 ヒカルは大きく溜息をつくと建物にもたれかかり、そのままずるずると腰を下ろした。考えれば考えるほど、自分にできることなど何もないように思えて絶望的な気持ちになる。


「あーあ、俺も魔法が使えたらなー! 家に帰る魔法とかないのー?」


 いや魔法て。言いながら自分で、何をバカな事を言っているんだという気持ちになった。

 ヒカルは母や兄と違って、漫画やアニメにあまり興味が持てなかった。どちらかというと、父と一緒に海外ドラマや映画を観ることの方が多かった。あまりに現実離れした物語だと、なんだか心が冷めてしまうのだ。どんなに心の底から願っても奇跡なんか起きないし、魔法なんてこの世にありはしない。ヒカルは幼い頃から、そのことを身に沁みて分かっていた。でも、もしかして。

 ヒカルはさっきの様子を思い出しながら、アルフレッドがやっていたように人差し指を立ててみた。じっと見つめてみても何も起こらない。当たり前だ。そういえば、何か呪文を唱えていたような。


「風よ……なんて……」


 キラッと一瞬、ヒカルの人差し指の周りで何かが輝くのが見えた……ような気がした。


「今なんか光っ……」


 フラッシュと言うよりはキラキラとしたエフェクト的な何かだったように思う。


「いやいやいや、んな訳ないから。ストレスヤベーわ」


 きっと極限状態のストレスが見せた幻覚か貧血なったことはないがか何かだろうと結論付けた。あるいはやはり夢なのか。だったらいい加減覚めてほしいところだ。


「見つけた」


 ぐるぐると取り留めのない思考を巡らせていると、頭に冷水を掛けるかのような冷たい声が頭上から降ってきた。


「脱獄犯」


 そう言われ恐る恐る振り返ると、そこには少女が一人立っていた。ホワイトブロンドの長い髪をたなびかせ、氷のように冷たい瞳でヒカルを見下ろしている。逆光でも一目で可愛い子だということが分かったが、今はその軍服姿の方に目がいった。ヒカルを捕まえた男たちと同じ軍服姿だ。


「うわっ、見つかんの早!!」

「犯人は妙な格好だと聞いていたからな。すぐに分かったぞ」


 ヤバい、見つかった。またあの牢屋に戻されるのか。身を呈して逃がしてくれたアルフレッドたちに申し訳が立たない。気が動転するヒカルだったが、一つだけ言葉が引っかかった。ちょっと待て、今妙な格好と言ったか?


「ひどくね!? 今日結構かわいいの着てると思うんだけど!」


 ヒカルは両腕を広げてそう主張した。バイト代をはたいて買ったお気に入りの白いブルゾン二万三千円也。今日は病院へのお見舞いなので、清潔感を意識して全体的に白っぽくまとめている。白は二百色あるという。

 

「妙」


 しかしヒカルのファッションは少女から一言で切り捨てられてしまった。自分だって、そんな軍服全然似合ってない!と、ヒカルは心の中で悪態をつく。


「ほら、さっさと戻るぞ!」

「ヤダー!!」


 手錠を構えた少女から強引に腕を掴まれ、抗議とも悲鳴ともつかない声を上げるヒカル。その瞬間、当たり一面に閃光が走った。と、ほぼ同時にゴロゴロと爆音が鳴り響く。雷鳴だ。それもかなり近い。


「うおビビった! 雷?」


 そこら中の煙突からもくもくと煙が出ているせいで分かりづらいが、今は晴れているはずだ。積乱雲も見当たらない。


「……! まずい」


 少女は空を見上げると何かを察知し、不穏な言葉を呟いた。


「おい、逃げるぞ!」

「え? お姉さんも逃げるの?」

「そうだ!」


 先ほどとは一転して、少女は一緒に逃げるようにヒカルを促した。よほど雷が苦手なのか、ひどく動揺している。

 確かに落雷は危険だが、この辺は煙突が乱立しているから、それらが避雷針になるのではないかとヒカルは考えていた。車や建物内に避難できればベストだが、それが無理なら開けた場所で耳を塞いでしゃがめばいい。

 呑気に構えるヒカルに業を煮やし、少女は再びヒカルの手を取り逃げようとした。


「早く逃げないと……」


 少女の手がヒカルに触れた瞬間、バチッとヒカルに電流が走り、ヒカルは反射的に手を引っ込めた。


「痛って!!」


 頭に下敷きを擦り付けた時のように、ヒカルの髪の毛は逆立ってしまっている。撫でても撫でても髪はぽわんと浮いてしまう。静電気だ。

 ヒカルが髪の毛をぽわんぽわんしていると、遠くから誰かの悲鳴が聞こえてきた。間もなく「逃げろ!」の声とともに、大勢の人たちが続々と目の前を走り去って行く。一雨来たにしては人々の様子はただ事ではなさそうだった。一体何事か。


「何?静電……き」


 ヒカルが人々の走ってきた方向を見ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。

 虎だ。巨大な虎の化け物が雷鳴を轟かせながら空を飛んでいる。そう形容する他なかった。

 虎はゼンタングルアートのように、細かな模様で形成されていた。そして宙に浮いたまま四方八方に雷撃を放ち、建物や人々を襲っている。必死で逃げる人々だったが、何人かは不運にも落雷が直撃してしまっていた。それらは全くもって現実味がなく、まるでパニック映画の一幕のように見えた。

 

「何あれ……めっちゃエグいのおる……。めっっっちゃエグいのおる」


 あまりのことにヒカルの語彙は消滅した。逃げ惑う人々の流れの中、肩がぶつかろうとヒカルはその場から足を動かせずにいた。虎の化け物から目を離すこともできない。

 そんな中少女は突然、人々の流れに逆らうように化け物の方へと向かって走り出した。


「お姉さん!?」


 少女は化け物の放つ雷など物ともせず、猛スピードで駆け抜けていく。まるで己の命など惜しくはないと言っているかのようだった。

お読み頂きありがとうございました。次回で完結です。

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