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5魔法

 どうやって脱獄するのか?

 この問いにアルフレッドは至極真面目な顔で、魔法を使えばいいと答えた。なるほど、この人は真顔でボケるタイプの人だったらしい。


「いや魔法て! 冗談言ってる場合か!しっかりして!!」

 

 聖書に隠したロックハンマーで、20年穴を掘り続けるとでも言われた方がまだ実現可能性がある。

 魔法などというあり得なすぎるソリューションに、ヒカルは思わずアルフレッドの両肩を掴んでツッコミを入れてしまったが、アルフレッドは真面目な態度を崩さなかった。


「そうか、そっちの世界には魔法がないのか」

「そっちの世界には?」


 聞き捨てならない言葉が返ってきた。それじゃあまるでこっちの世界には本当に魔法が実在するみたいではないか。


「本気ですか?」


 眼鏡の男性もアルフレッドの発言に驚いているようだった。

 

「さすがに脱獄はちょっと……」


 アルフレッドが冗談で言っているのではないと分かると、老齢の男性も難色を示した。

 アルフレッドは深刻な顔で二人と向き合う。

 

「俺達はいい。だがヒカルはどうだ?きっと不法入国扱いだ。不法入国者がこの国でどういう扱いを受けるかといえば……」


どこから入ってきたのか、青い蝶が天井の角の蜘蛛の巣に引っかかっている。自分が今どこにいるのか何故ここにいるのかも分からず、身動きも取れずにいる。まるで今のヒカルのようだった。そしてこの先の蝶の運命は自明である。


「どうなっちゃうんです……?」

「……」

「なんか言って!!」

 

 ヒカルは恐る恐る、しかし努めて明るく聞いてみたものの、三人共ただただ下を向き押し黙るばかりだった。きっと碌でもない目にあわされるのだろうということだけは、ヒカルにも容易に予想がついた。おどけた調子で居続けるヒカルだったが内心恐ろしくて仕方がなかった。真面目に命の危機かもしれない。

 突然アルフレッドが立ち上がり、壁に向かって数歩歩き出した。壁には小さな高窓があり、わずかに明かりが差し込んでくる。ヒカルたちに背を向けたまま、アルフレッドはゆっくりと口を開いた。 


「勝手してすみません。でも俺は無実の人間を見捨てることはできない」


 その声には覚悟が滲んでいた。

 アルフレッドは空中を指さすように、右手の人差し指を立てる。すると人差し指の周りに小さな風が巻き起こった。風は徐々に大きくなり、やがてつむじ風のように地面から激しく吹きすさぶ。と同時にアルフレッドの足元が光りだす。光は大きく円を描き、牢屋内の床一面に幾何学模様のような複雑な図形が映し出された。図形は尚も激しく旋風を巻き上げる。

 

「えっ、は、ええ!?」


 信じられない光景を目の当たりにし、ヒカルは混乱した。屋内なのに何故かつむじ風が発生している。おまけに翼などのモチーフで構成された謎の光る図形。一体これはなんなんだ?ヒカルは髪が乱れるのもそのままに、目を見開き目の前の光景をただ見つめることしかできなかった。風がごうと唸りながら勢いよくヒカルの顔を叩く。

 

「おわっ」


 たまらず顔を腕で覆うヒカル。


「風よ」


 アルフレッドの声に呼応するかのように、風は一層強まり向きを変える。

 

「壁を打ち砕け!」

 

 言うが早いか、風は竜巻さながらの猛烈な渦となり壁へと激突する。壁は一点ピシッとひびが入ったが最後、次の瞬間派手な音を立て盛大に砕け散っていた。

 堅牢を誇ったであろう分厚いレンガの壁は、見る影もなく破壊された。人ひとり余裕で通れる程の大穴がぽっかりと空いており、ぱらぱらと破片が落ちていく。さあお逃げなさいとでも言わんばかりである。

 まだ日の高い外の光が差し込んでくると、先ほどまでとは打って変わって牢内が明るく照らされた。光に誘われるようにして、いつの間にやら自由になった青い蝶は、ひらひらと外の世界へと戻っていった。 

  

「ガチじゃん……」

 

 尻もちをつき、ぽかんと口を開けるヒカルの横を風が一筋吹き抜けていく。 

 魔法。奇術などでは到底説明のつかない奇跡の体現であった。ヒカルは夢ですら見たことのない光景に圧倒され、恐怖とも感動ともつかない感情を覚えていた。 


「これが魔法だ。言葉一つで壁も砕くことができる、強大で恐ろしい力だ」


 己の手のひらを見つめるアルフレッド。未だ空気の流れが彼の手元を撫でている。あんなに凄いことをやってのけたのに、アルフレッドは全然嬉しそうに見えなかった。


「ダメなの?魔法」


 手櫛で髪を整えながら、ヒカルは老齢の男性に聞いてみた。老齢の男性はヒカルに優しく微笑み、答えた。


「ダメなものですか。使い方次第で、人を救うこともできる力です」


 崩れ落ちた壁の方に目をやると、眼鏡の男性がアルフレッドの肩に手をやり、笑顔でねぎらっているのが見えた。ずっと暗い中にいたからか、まだ周囲が眩しく見える。


「なんだ今の音は!!」


 鉄格子の向こうから、兵士たちの慌てふためく声が聞こえてきた。


「さあ早く逃げろ! 荷物は諦めろ」


 兵士がこちらに来る前にと、アルフレッドはヒカルを外へと促した。ヒカルは、「分かった」と崩れた壁を速やかにくぐり抜け、牢からの脱出に成功した。


「ありがとうアルフレッドさん。魔法マジでカッコよかったっス!」


 ヒカルは中を覗き込み、アルフレッドに元気よく礼を言った。別れの挨拶だ。ヒカルの言葉にアルフレッドの表情も明るくなる。


「おう、元気でな!」


 本当は皆で逃げたかったが、そうもいかないらしい。手を振る三人を背にヒカルはその場から走り去っていった。




 一方その頃兵士は看守にこの状況の説明を求めていた。

 

「なぜ逃がした!」


 看守は目をそらした。いつもそうしていたように。嵐が過ぎるのをやり過ごすように。


「目をそらすな!」


 今自分が怒鳴られていることにも、目の前の被疑者の中に魔法使いが紛れ込んでいたことにも心底興味がなかった。

 

(実家に帰ろう……)

 

 看守は崩れた壁の方をぼんやり眺めながらそう決意するのだった。

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