日傘があれば毎日相合傘をできるということ
アンブレラさんが発明したので、アンブレラと名付けられた傘というもの。
その昔は、傘という漢字からわかるように、人が四人一つの傘に乗っかていた。傘は十の部分に乗っかり、雨でできた水たまりを避ける機能も付いていた。しかし、時代は進み、道具は専門化していき、長靴というものが発明された。そのせいで、今では傘は乗り物ではなく、手で持つ凶器となったのだ。
そんな僕の思考はアンブレラからパラソルに変わった。パラソルとは太陽をparaする。つまり防ぐということだ。
日本人は愚かにも、日傘と、日を傘に付けるという発想を選んだが、しかし、アンブレラさんの偉大さの前には、パラソルなど誰でも作れるただの傘の代用なのだ。
僕は太陽が沈む放課後、一人ビニール傘をさして、夕日の美しさに負けて、影を伸ばしていた。
ひとえに、僕は幼馴染の少女を待っていた。相合傘をするために。最近、水不足で大変なんです。農家だってダムさんだって、雨を求めている。
しかし、雨がなければ、日傘をさせばいいじゃない。
上履きを脱ぐ少女に、そこはかとないエロスを感じながら、僕は下駄箱を出たばかりの少女に、「傘、入るか」と気さくに声をかけた。
少女は無視して、歩いていった。
なんて健常者なんだろう。
僕のような、暑さに錯乱した熱中症患者とは違う。
彼女は西日を恐れていない。彼女はきっと日焼け止めをバッチリしていて、きっとイカスミを体内にいれるかのような完全なるアームガードもして、まるでブルカのようなサンガードに、サングラスをかけて、生足で帰るんだ。
女子高生ってすごいなぁ。
「僕のビニール傘にツッコんでよ」
拾われないボケは、悲しいんだよ。日傘は百歩ゆずっても、ビニール傘は間違っているでしょ。
ボケをボケに説明させないでくれ。
彼女は無視して、走っていった。
お茶目な幼馴染だった。変質者から逃げるような正常な反応だった。
彼女の走る生足が綺麗だった。僕は傘から見える生足が好きだ。あれも一つのチラリズムなのだ。
さて、傘を折りたたんで、僕も彼女に全力疾走した。きっと、黒色の折り畳み傘を持ってきているという二重の構えを知らない彼女に、そのことを伝えるために。
しかし、僕は、ここで立ち止まる。
なぜ彼女は完全武装で、僕から逃げるのか。
そう、いつもならシャレにならないツッコミで電柱を凹ますような、パンチを我が愛しの幼馴染は行い、通学路は軒並み地盤沈下しているのに、漫画的誇張表現として。
つまり、幼馴染の少女は、僕に見られたくない何かを隠しているんだ。
僕は、そう推理の裏口入学をした。僕の乳白色の脳内細胞が煮詰まってきた。
あれ、やばい。僕は、ビニール傘で暑い中でタチンボをしていた。つまり、僕は全力疾走をすれば、一瞬であの世に行ける熱中症ギリピタ止めのロシアンルーレット。
明日は我が身と思え、コロナと熱中症。
僕は、最後の気力で傘を広げて、その下に倒れ伏した。傘の下に死す。
僕の中で、走馬灯のように、走る馬の灯りってなんだーー、まあ、いいや、走馬灯のように、幼馴染との相合傘の記憶が蘇ってきた。
あの日は、そう、とても暗い夜の日だった。夜は暗いに決まってるのにな、バカなやつだ。
僕は、大雨の中に帰ってこない幼馴染を心配して、曲がった鉄砲玉のように駆け出した。途中で服はびしょびしょになったので、メロスにならって、裸になって走った。幸い、田舎の大雨の中で裸は誰にも見られなかった。
大雨に打たれて中二病のようにカッコよく風を切り走っていると、落雷の音とともに、僕は、幼馴染の居場所を思い出した。
そう、たしか、神社に置いてきたんだ。僕は神社である物をなくした。それを幼馴染に伝えたのだ。だから、きっと彼女は、そこにいるはずだ。
僕は、懸命に神社の石段を上がっていった。鳥居を潜る前に、服を着た。もちろん、当然のことだ。服は人間の、人間のための、人間であるものの尊厳だから。神だったら、全裸であるべきだが、まだ神ではないから、服を纏う。
そうして、僕は、彼女を見つけて、そのまま、彼女の傘の下の軍門にくだり、粛々と、大雨のやんだ小雨の中をワイワイと帰った。
ちなみに、失せ物がなんだったか、今となっては闇の中僕は、都合の悪い走馬灯には灯りをつけない。黒歴史、本人が忘れたら、もう終わり。
そうだ。あの時、僕たちの傘は肩をぬらし、靴も守れなかった。
僕はヒンヤリとした、きっと幼馴染の太ももに、頭をのせて目を覚ました。
「バカ」
第一声は罵声だった。
熱中症患者は、AEDを使われずに、日陰にうつされて、水を無理やり流し込まれた。体中が濡れたタオルで冷たい。
「今日は前髪が決まらないから、一緒には帰らないってメールしたよね」
「そんな嘘信じるとでも」
しかし、今何か、とても重要なことを思い出しそうな、そんな気がしていたんだが。
「どうでもいいけど。夏は暑いから、ふざけたことしないほうがいいよ」
「そうだ。僕、神社に、指輪をなくしたんだ」
幼馴染の定番イベント。玩具の指輪をプレゼントをするはずだったんだ。
「何、急に、昔のこと?」
「僕の、エンゲージリングはーー」
「家の引き出しの中」
「一生、つけてくれるって言ったのに」
「バカ。恥ずかしいでしょ」
僕は、傘を永遠の核の傘のように、永遠武装するとことの愚かさを悟った。
つまり、雨の日だけの特別性にこそ、アンブレラさんは、アンブレラしたのだ。
エンゲージリングは、ここぞというときにエンゲージするもの。ドラゴンの危機でエンゲージして、悪魔とキスするエンゲージして。
しかし、僕は、彼女の生足の雪花石膏のような白い大理石のような雪柳のような白魚のようなーーああ、太ももって至高だなぁ。
ガーターリングって、人類の最大の発明だったんだ。
僕は、傘という非日常の演出をする武装錬金を太ももにこそふさわしいと、退廃的退嬰的に、就中存在論的に棄却しながら、やわやわと太ももに包まれる至宝の時を、司法の番人のように確固たる決意で堪能した。
愛というものは、傘のように、偶然の危機を乗り越えるときに発揮されるのだ。
粛々と、僕は、見つけた日傘を、杖にして立ち上がる。僕は、いま、三本足で老境を理解した。
雨というスパイスが、傘を色付く世界の、今日を作る。
よって、僕は、こう、クドリャフカのように実験的手順の非合理性を超えて、彼女の太ももにそっと手を伸ばしてーー。
「ガーターリングのほうが指輪より大きいよな。だからっ!」
「まだ寝てなさい」
僕は幼馴染の傘下に下った。
夏の汗が傘をすり抜ける、そんな夕暮れ。