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短編小説

【創作落語】頭のキノコ

作者: 歌池 聡


※しいなここみ様主催『梅雨のじめじめ企画』参加作品です。



 えー、どうもこの『梅雨時(つゆどき)』ってぇのは憂鬱なもんですな。

 雨であまり外に出られないから気が滅入る。洗濯物も乾かないし、家の中もじめじめしてどうにも気分が悪い。

 まあ、それだけなら気分の問題なので、まだ我慢もできるんでしょうがね。


 ところがこれが、外でするような仕事の人となるとそうも言ってられない。長雨が続くと、それこそ死活問題にもなりかねなかったりするようでして──。






「あー、まいったなぁ。こう何日も雨続きじゃ商売あがったりだよ。

 ──『大工殺すにゃ刃物は要らぬ 雨の三日も降ればいい』とはよく言ったもんだぜ、べらぼうめ」


 そうオンボロ長屋の一室でボヤいているのは、大工の八五郎。

 長雨でもう十日も仕事にあぶれていて、たまに雨漏りの修繕を頼まれても、稼げる日銭は雀の涙という有様でして。


「まったく、気が滅入ってしょうがねぇな。こんな時にゃ、気晴らしに酒でも呑みてぇとこなんだけど──」


「(八五郎に背を向けて台所仕事をする仕草をしながら)ごめんよ、お前さん。もう食事(おまんま)の方もかつかつで、お酒までお金が回らないんだよ」


「ああ、いいんだいいんだ、言ってみただけだからよ。

 すまねぇ、俺みたいな大工に(とつ)いで来たばっかりに、お()ぇには苦労かけちまうなぁ」


「仕方ないよ。こればっかりはお天道(てんと)様次第だからね」


 こういう時にいたずらに亭主を責めたりしないのが、良く出来た女房ってやつですな。


「しかし、こうも蒸し蒸しジメジメしてると、どうもなぁ。(顔や首筋を手のひらで撫でながら)このままじゃ、何だか身体にカビとかキノコでも生えてくるんじゃねぇかっていう──(何気なく頭のてっぺんに手をやって)んんっ?(その手が止まり、恐る恐る何かを確かめるようにまさぐる)ん? んん? ──何だこりゃっ!?

 おおい、ちょっと来てくれ!!」


「何だい、大声出して。することないからって、こんな明るいうちからお誘いだなんて──(恥じらいながら)やぁねぇ、もう」


「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ、いいから早く来てくれ!」


「はいはい。──えっ、どうしたんだい、お前さん! 頭のてっぺんから大きなキノコが生えてるじゃないか!?」


「何言ってやんでぇ! (おかみさんの頭を指差して)お()ぇにも生えてんだよ!」






 急いでガラガラっと戸を開けてみますってぇと、もう長屋の路地に皆が出て右往左往しておりまして、その頭のてっぺんには、そろって大小さまざまな形のキノコが生えております。


「おお、()っつぁん、お前ぇんとこもか?」


「熊さんとこもかい? こりゃぁ一体全体、何がどうなってるんでぇ?」


「さっぱりわかんねぇな。こういう時は、誰に聞いたらいいんだ? 医者か? 薬屋か?」


「うーん、どっちも違うような気もするな。とりあえず、こういう時はまず、物知りのご隠居さんに聞いてみて──」


 などと話していると、角の家から頭にシイタケを生やしたご隠居さんが飛び出して来て『何だねこれは!?』などと騒いでおります。


「ありゃ、ご隠居さんもお仲間ですかい。こりゃ一体どういうことで?」


「いやあ、私にもさっぱりわからないねぇ」

 

「困ったなぁ。ご隠居さんでもわからないってなると、誰かもっと物知りな人は──?」


「ああ、あそこのお寺の住職さんは大変な物知りだそうだ。ここはひとつ、皆で相談に行ってみようじゃないか」






 てなわけで、長屋の皆で近所のお寺の門までやってまいりますと、そこはもう、あちこちの町内から来たキノコの生えた人たちで大変な騒ぎです。

 雨のそぼ降る中、住職の知恵を借りたいと焦る人たちの熱気で、湯気が見えるほどです。


 これまた頭にキノコを生やした小坊主さんたちが、人々が境内になだれ込むのを必死で食い止めておりますと、その奥から立派な袈裟(けさ)を身に付けた住職がゆっくりと歩いてきました。

 その堂々たる立ち居振る舞いに、どうしたって皆の期待が高まってまいりますな。


『住職様、こりゃあどういうことなんですかい!? あっしらは一体、どうなっちまうんですか?』

和尚(おしょう)様、私らはどうすりゃいいんですか!? 教えてください、和尚様ぁっ!』






 皆のすがるような声を穏やかな顔で受け止めつつも──実は住職さんも、内心は冷や汗ダ~ラダラです。

 いくら博識な住職さんでも、こんな摩訶不思議な現象は見たことも聞いたこともない。

 セミの幼虫にキノコが生える『冬虫夏草』とやらが漢方で珍重されているということは知ってますが、どうもそれとも違うようですし。


 かと言って、これほど多くの人たちが自分を頼ってきているのに、『これはわからない』なんて言えるはずもない。


 どう答えるべきか、考えもまとまらないままに皆の前に出てきた住職さんでしたが──その目がふと、八五郎とおかみさんの頭上のひときわ立派なキノコに止まりました。


「あー、皆さま、少し落ち着きなされ。

 これは『オモイノタケ』と言ってな、その人の思いの強さが形になって現れるというものなんじゃよ。

 ほれ、そこの八五郎殿とご内儀を見てみなされ。近所でも『オシドリ夫婦』として有名なご両人の頭のキノコの、何とまあ、まっすぐで立派なことか。

 これこそ、ご両人がお互いのことを揺るぎなく強く思っている証なのじゃよ」


『おお、なるほど!』

『まあ、あの二人ならそうだろうな。──よっ、憎いよご両人!』

『さすがは住職様、何でも良くご存じだ!』


 もちろんただの『口から出まかせ』なんですが、人々のあいだに何となく納得したような、感心したような空気が流れます。

 少し気がゆるんだのか、そこここでちょっとした雑談も交わされだしたようで──。


 

『お、何だ、源さん。お前ぇさん、女房の尻に敷かれてるからキノコがへろへろじゃねぇか?』

『そう言うお前ぇのキノコこそ、ナメコみたいにずいぶんちんまりしてんなぁ』

『まあ、お互いあんな怖いかみさんじゃ、なぁ……』

『──なぁ』



『あれっ? 大家さん、キノコが二股に分かれてますけど、もしかして──?』

『い、いや違うんだ、これはその、ちょっとした気の迷いでな──』

『──ふぅん、ちょっとお前さん、その辺のトコ、詳しく聞かせてもらおうじゃないの?』



 ──えー、一部で別の騒動が起きそうな気配はありますけど、住職さん、どうやらこの場は何とか切り抜けたようですな。


「まあ、あまり心配せんでも、数日もたてばポロリと取れるはずじゃ。

 ここに来とらん人たちにも、そう言って安心させてやると良いぞ」


 こともなげに言ってみせますが、もちろんこれもデタラメ。こう言っておけば、何日かは相談に来る人もいないだろうし、ほとぼりが冷めるまで他の寺にでも雲隠れしておこうという小ずるい算段ですな。






 そんな中、皆に冷やかされてまんざらでもない様子だった八五郎が、ふと我に返りまして。


「あのー、住職様! 住職様って、ご立派なお寺で大変な修行を積んでこられた、たいそう(えれ)ぇお方なんスよね?」


「うむ、まあ、そういうことになるかの」


「おいらたちみたいな者と違って、色恋だとかの煩悩にも、もう迷ったりすることはねぇんですよね?」

 

「その通りじゃが、それが何か?」



「それじゃあ、その頭のてっぺんにもじゃもじゃ生えてる()()()()()ってなぁ、どういう意味なんで?」


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― 新着の感想 ―
立派な和尚さんで脳内再生してたのに、最後で急にガイルになりましたw
∀・)まさかこの企画で落語と出会うとは(笑)(笑)(笑)しかし、しっかりとした内容でした。オチが上手いことオチましたね。楽しかったですよ。しいなさんの梅雨のじめじめ企画より。いでっちでした。
再読してて気づきました。 オチまで分かった上で読むと、そんな住職が偉そうな講釈を垂れてる絵面が更に滑稽だと分かる。 たぶん、寄席ならオチを知ってるお客さんがクスクスとフライング笑いする所ですね。 …
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