第9章:唯一の出口
部屋中に転がる髑髏の残骸──それは砕けても、砕けても、数を増やし、笑い声だけを残していた。
それでもマクレガンは引き金を引き続けた。だが、やがて弾が尽き、静寂が戻った。
手に残った拳銃の重さと、全身を包む空虚。
──ふと、時計が目に入った。
秒針が、逆に動いていた。
彼は立ちすくんだ。
もはや時間さえ正常には流れていない。
だがその瞬間、脳裏に“ある可能性”がよぎった。
「ループには“起点”がある」
すべてを繰り返す中心。
その中心にたどり着けば──終わらせられるかもしれない。
⸻
彼は車を走らせた。
向かったのは、妻と娘が殺された家。
あの夜を“やり直す”──そんな錯覚に囚われながら。
住宅街の中、当時のまま閉鎖された家は朽ち果てていた。
だが、玄関の鍵は開いていた。
引き寄せられるように、彼は中へと足を踏み入れる。
リビングに入った瞬間、空気が変わる。
──そこには「誰か」が座っていた。
暗がりの中に、女と少女の後ろ姿。
マクレガンは言葉を失った。
あまりに自然な光景──だが、それは現実ではない。
「……ローラ?」
「……エミリー?」
背を向けたまま、二人は答えない。
だが、少女の肩がわずかに震えた。
やがて、ゆっくりと妻が立ち上がり、彼の方へ振り向く。
──その顔は、髑髏だった。
「私たちは、お前の中にいる」
声は女のものでも、少女のものでもない。
低く、冷たく、青い死の声だった。
「お前はこの地獄を望んだ。
生きて償うより、終わらせる方を選んだ。
我々はそれを与えているだけだ」
「違う……!」
「違うと言うなら、選べ。
“彼女たちの死を受け入れ”、この場所を去るか。
あるいは、“もう一度、繰り返す”か」
マクレガンの頭の中で、記憶が閃光のように駆け巡る。
署のデスクで一人呆然とした日々。
夢と現実が混ざる感覚。
鏡の中の老けた顔。
そして──あの日、間に合わなかった自分。
「……俺は……」
声が震える。
だが、絞り出すように言った。
「俺は……生きて、償わなければならない。
逃げるのは、終わらせるのは、……それは“罰”じゃない。
本当の罰は、生き続けることだ……」
沈黙。
妻と娘──髑髏の仮面をかぶった存在は、しばし彼を見つめていた。
やがて、声が響いた。
「ならば……生きろ。
だが忘れるな。
お前が望めば、いつでも“戻れる”。
このループは、お前自身の選択でできているのだから」
その瞬間、世界が崩れた。
床が、壁が、空が砕け、光と闇が入り混じる渦が彼を包み込む。
意識が、断ち切られる。
⸻
目が覚める。
ベッドの上。
朝の光が差し込む窓。
静かな自室。
時計は正常に時を刻んでいた。
PCも、携帯も、昨日までの記録を正確に示している。
ただ一つ──夢のような“記憶”だけが、胸の奥に残っていた。
マクレガンはゆっくりとベッドから起き上がった。
鏡の前に立つ。
そこに映る自分は──やはり老けていて、疲れていた。
けれど、目の奥にかすかな意志の光が戻っていた。
⸻
デスクに向かい、彼は捜査資料を手に取る。
写真、報告書、証言。
それらの断片の奥に、“何か”が隠れている気がした。
──髑髏は終わっていない。
──だが今の自分なら、向き合える。
マクレガンは静かに呟いた。
「……もう一度、やってみようか」