第7章:髑髏の声
あの夜から──いや、本当に“夜”だったのかすら、もはや自信がない。
マクレガンは、眠っているのか、起きているのか分からなくなっていた。
鏡に映る自分の顔は、笑っていた。
口元だけが、まるで他人のように吊り上がっていた。
「お前が望んだんだ」
声が、脳の奥に響く。
「誰かに裁かれたかった。苦しみたかった。救われたかった」
「だから、俺は来た」
──お前は、誰だ。
「お前の奥底に眠る願いだよ。
“罰されたい”と願うその心の、形だ」
⸻
署に出ると、誰もいなかった。
ガランとしたデスク、鳴らない電話。止まった時計。暗い蛍光灯。
……いや。誰か、いた。
──後輩の刑事。あの“存在しない同僚”。
「マクレガンさん、昨夜、あの男を殺しましたよね?」
「だから今、署には誰もいないんです。あんたの世界、壊れちゃったから」
マクレガンは拳銃を構えた。だが、その男は笑う。
「無駄ですよ。だって、俺は“いない”んですから」
引き金を引いた。
耳が痛くなるような銃声──しかし、弾は貫通し、誰も倒れなかった。
⸻
事務所を飛び出す。夜なのか昼なのか、わからない。
車を運転しているはずなのに、景色はずっと同じ角を曲がっていた。
ラジオからノイズ混じりに、聞こえてきた声。
《──パパ? 聞こえる?》
ブレーキを踏む。顔を上げると、目の前にあるのは自宅の前。
あの日、家族が殺された、あの夜の光景。
玄関には、血のついたドア。
そこに“誰か”が立っている。
──髑髏だった。
まるで人間のように二本足で立ち、コートを羽織り、顔だけが青白く輝く髑髏。
「思い出せ」
「お前は、この夜をもう何度繰り返してきた?」
「また戻るつもりか? 同じ地獄へ?」
⸻
夢の中で死んだ記憶が蘇る。
首を絞められた感覚。肺に入らない空気。
骨が軋み、血が冷えていくあの感覚が──今、現実の身体に戻ってきている。
床に倒れ、息を吐き出す。視界が狭まり、天井がぐにゃりと歪む。
《もういいんじゃない?》
《もう、十分苦しんだよ》
《一緒に来よう。楽になれるよ》
──声は、妻と娘のものだった。
彼らが手を差し出してくる。
髑髏が背後で見下ろしている。
「決めろ。進むか、終えるか。
地獄を生きるか、絶望に飲まれるか」
⸻
マクレガンは、震える手で拳銃を手に取った。
引き金に指をかけた瞬間──
《また最初からやり直しだ》
髑髏が笑った。
気がつくと──マクレガンは、また事件現場に立っていた。
深夜の廃ビル。
最初の殺人事件。
そして、青く光る髑髏が、床に転がっている。