第5章:歪み
ローラ・カーティスの死は、警察内部でも大きな動揺を呼んだ。
彼女は重要参考人として、マクレガンのチームが数日前から接触を試みていた矢先の死だった。現場に第一発見者として現れたマクレガンは、当然のように問い詰められた。
「どうして彼女の居場所がわかった?」
「偶然見つけた」
「偶然、あの廃ビルに?」
「……そうだ」
上司のアレックス警部は、にらむようにマクレガンを見つめた。
「最近のお前、様子がおかしいぞ。眠れてるのか?」
マクレガンは何も答えなかった。
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帰宅後、マクレガンは録音機を再生していた。
事件前に行ったローラへのインタビュー音声。彼女の声は、どこか震えていた。
《……時々、誰かに見られている気がするんです。夜中に、夢の中で……あの骸骨が、じっと……》
《骸骨?》と過去のマクレガンの声がかぶる。
《ええ。頭蓋骨。真っ青に光ってて……笑ってるの。でも、笑ってるのに、すごく悲しい目をしてる……変ですよね》
録音はそこで切れた。
マクレガンは頭を抱えた。
「……見ていたのは、俺と同じものだったのか」
そして、その夜。
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夢の中。マクレガンは警察署の取調室にいた。
彼の前には、ローラ・カーティスの死体が座っていた。
顔は潰れているが、口だけが動いていた。
「なんで助けてくれなかったの?」
血に濡れた手が、マクレガンの頬に触れた。冷たい。
「あなたは、見てたでしょう。夢で……私が死ぬの、わかってたくせに……」
マクレガンは言い返そうとするが、声が出ない。
口を開けても、喉が締めつけられ、声帯が張り付いたように震えるだけ。
「あなたは正義の人じゃなかったの?」
「昔のあなたは、命を守ろうとしてたのに──」
その言葉が終わると同時に、机の上に髑髏が現れた。
例の、青黒く光る髑髏。
その口が、不気味に開いた。
「……正義? 違うだろう」
「お前は、もうずっと前から死にたかった」
その声がマクレガンの頭の内側に響く。
そして、目が覚めた。
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朝、目覚ましは鳴らなかった。
枕元に置いたはずの時計が、真夜中の2時46分で止まっていた。
ふと、机に目をやると、捜査ファイルの上に一枚の紙が落ちていた。
『お前のせいだ』
赤いインク。いや、血のような色。
──誰が置いた?
誰がこれを?
動揺して振り返ると、そこに妻の幻が立っていた。
だが彼女は何も言わず、ただ悲しげに微笑んだまま、煙のように消えた。
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その日、マクレガンは同僚に言われた。
「昨日、電話ありがとうな。例の件、調べといたよ」
マクレガンは首をかしげる。
「……昨日、俺は電話してない」
同僚の表情が曇る。
「いや……確かに、お前の声だった。ローラの元恋人について聞いてきたろ?“明日、事件が起きる気がする”って……」
マクレガンの背中に冷たい汗が伝った。
──自分の記憶と、現実の記録がズレ始めている。
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その夜、再び夢に現れた髑髏は、静かにマクレガンに告げた。
「“正義”は、お前の仮面だった。仮面が剥がれた今、残ったのは“悔恨”だけだろう」
「その痛みが、私を育てる──」
「……もっと絶望してくれ」