第4章:予兆
その夜もまた、マクレガンは寝つけなかった。
テレビもPCも、ただの雑音にしか思えず、彼はソファに腰を沈めたまま天井を見つめていた。
不眠症ではない。疲れているのに、眠るのが怖かった。
それでも、夜が深まりすぎたあたりで、まぶたが自然に落ちていった。
⸻
目を覚ますと、そこは見知らぬ廃ビルの中だった。
壁は剥がれ、床には瓦礫とガラス片。どこかで水がぽたぽたと滴る音がする。
冷たい空気が肌にまとわりつき、金属の臭いが鼻をついた。
「ここは……」
マクレガンは懐から銃を取り出し、薄暗い廊下をゆっくりと歩く。
足元には、乾いた血の跡が不規則に続いていた。
奥の部屋の扉が、かすかに開いていた。
近づくと、扉の隙間から何かが見える──白い、死体のようなもの。
マクレガンは扉を押し開けた。
部屋の中には、女性の遺体があった。
顔はぐちゃぐちゃに潰されていて判別できない。だが、首元に付けられたペンダントが目に入る──“L・C”と刻まれたロケット。
そして、その隣に立っていた“誰か”が、マクレガンを見た。
──それは、現実で捜査中の事件の被害者、ローラ・カーティスだった。
だが彼女は、生きていた。しかも、うっすらと笑っていた。
そして囁くように言った。
「次は、私じゃないわよ」
マクレガンが息を呑んだその瞬間、背後から冷たい指先が首筋をなぞった。
振り返ると、そこには髑髏がいた。
青黒い光を放つ、奇妙な、笑う髑髏。
「お前が望んだんだ。死を。終わりを。ようやく……それが近づいている」
──次の瞬間、マクレガンは飛び起きた。
⸻
心臓が、全力で悲鳴を上げていた。額には冷や汗。
だが、いつもの悪夢とは違う何かがあった。
それは、夢というにはあまりにも“現実的”だった。
彼は無意識にPCを開き、ローラ・カーティスの事件記録を検索した。
住所、生活圏、友人関係、勤務先──廃ビルなど関係あるはずがない。
だが、ふと目に止まった。ローラの元恋人が、現在住んでいる場所。
──グリーンライン沿いの、閉鎖された工業倉庫地区。
そこには、取り壊し予定のビルが数棟、放置されたままになっていた。
夢で見た廃ビルと、限りなく似ている場所。
(まさか……)
マクレガンはコートを掴んで外に飛び出した。
⸻
未明の工業地区。街灯は壊れ、風が鉄骨を軋ませていた。
夢で見た廃ビルを探して歩く。冷たい雨が降り始め、アスファルトを黒く染めていく。
──そして、見つけた。
夢で見た、ガラスの割れたドア。
血が乾いたような痕。剥がれた壁、割れた床。あの冷たい空気。
マクレガンは無言で銃を構え、そっと中に入った。
──夢と同じ廊下を進む。
──夢と同じ扉を開ける。
そして──そこに、現実の死体があった。
女性。顔は潰され、身元の確認は困難。だが、首元のペンダントがそれを証明していた。
“L・C”。
ローラ・カーティスだった。
⸻
夢の中で見た死が、そのまま現実に起きた。
彼の中で、なにかが崩れ始めていた。
これは偶然なのか? それとも──髑髏が、次に見せてくるのは……自分自身の死か?
マクレガンは膝をつき、血まみれの床を見つめながら、唇を噛みしめた。
「……これは、始まりにすぎない」