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青い髑髏  作者:
3/14

第3章:歪み

翌朝、マクレガンは二度寝に失敗し、眠気を引きずったまま署に向かった。


 殺人課のオフィスには、すでに何人かの刑事が出勤していた。がやがやとコーヒーの香りが漂う中、マクレガンは重たい足取りでデスクに着く。隣の机には、若い刑事のミラーが書類の山に埋もれていた。


 「おはようございます、マクレガンさん。昨日の報告書、早かったっすね。徹夜ですか?」


 「……まあな」

 曖昧に返しながら、彼は自分のデスクに座った。


 ──そこで、違和感を覚えた。


 机の上の卓上時計の針が、午前6時23分で止まっている。

 それも、ぴたりと静止したような不自然さだった。


 マクレガンは眉をひそめ、スマホを確認する。午前8時47分。明らかにズレていた。


 (電池切れか……)


 そう思って時計を持ち上げようとしたが、背面には新しい電池が入っていた。交換したのは、つい三日前のはずだ。


 「……変だな」


 ミラーに何気なく訊く。「おい、お前のカレンダー、日付どうなってる?」

 「今日っすか? えっと、12月……6日ですね」


 だが、マクレガンのカレンダーは“12月7日”を指していた。


 破った記憶はない。誰かがイタズラした様子もない。

 些細な違和感。けれど、それはどこか、脳の奥を不気味にくすぐるような感覚だった。



 午前中は、事務的な報告と再捜査の書類仕事で終わった。


 だが午後、さらにひとつの“ねじれ”が起きた。


 ミラーがやってきて、彼のデスクにメモを置いた。

 「さっき言ってたっすよね。病院の監視カメラの件、調べるって」


 「……何の話だ?」


 「え? 今日の朝ですよ。『確認しとけ』って言ったじゃないですか。ほら、俺、メモまで取ったんですよ」


 メモには、彼の筆跡そっくりな文字で、《病院監視カメラ→火曜の夜9時以降》と書かれていた。


 だが、マクレガンにはその会話の記憶がない。


 冗談かと思った。だがミラーの顔は真剣だった。

 「……大丈夫っすか? なんか顔色悪いですよ」


 「いや……問題ない。ちょっと寝不足なだけだ」


 嘘だった。

 眠ってはいる。だが、眠りがどこか異常だった。

 夢が現実にまでにじんできている──そんな、得体の知れない不安が頭から離れなかった。



 夕方。休憩室のソファに座り、冷めたコーヒーを飲んでいた時のことだった。


 廊下を通る同僚のサムが、ふとマクレガンを見て言った。


 「……お前、昔はもっとよく笑ってたよな」


 何気ない言葉。だが、胸に鋭く突き刺さった。


 マクレガンは答えなかった。

 ただ黙ってコーヒーをすすった。


 (笑ってた、か……)


 あの頃の自分を思い出す。妻と娘と、公園でピクニックをした午後。

 ビデオカメラ越しに、妻が笑いながら「もう、そんな顔しないの!」と言っていた。その映像は今もハードディスクに眠っている。


 ──そして、もう二度と撮れない。



 夜、自宅に戻ったマクレガンは、何とはなしにPCを起動した。

 眠る気にはなれなかった。昨夜の夢のことが、まだ脳裏に焼き付いていた。


 PCのスピーカーから、ふと微かな音が聞こえた。

 サー……というノイズの中に、何かが混じっている。


 再生中のアプリは何もない。だが、確かに聞こえた。


 「パパ……」


 その声が、娘のものだと気づいた瞬間、マクレガンの背筋に冷たいものが走った。


 だが、音はそれきりだった。


 ログにも履歴は残っていない。まるで、最初から存在しなかった音のように。


 彼は、ゆっくりと顔を上げた。


 ──そして、部屋の片隅に置かれた鏡に、一瞬だけ“何か”が映った気がした。


 青い、髑髏のような形をした影が。

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