第2章:眠れぬ夜
午前3時。
シカゴの街は静まり返り、郊外の住宅地にも音一つしなかった。マクレガンのアパートの窓にはカーテンが引かれ、外の街灯がぼんやりと室内を照らしていた。
彼はベッドの上で目を閉じていたが、眠れなかった。
寝返りを打っても、シーツの皺が気になっても、脳裏に浮かぶのはあの青い髑髏のことばかりだった。指先には、まだあの冷たさが残っている気がする。まるで何かが皮膚の下に入り込んで、じわじわと広がっているようだった。
(クソ……)
彼はうめくように呟き、重い体を起こしてベッドを出た。
暗い廊下を通り、洗面所のライトをつける。
鏡に映る自分の顔は、疲れきっていた。目の下には深いクマ、頬はこけ、無精髭が生えたままだ。
「……俺も、歳を取ったな」
独り言の声すら、掠れていた。
顔を洗い、タオルで水気を拭き取ると、薬棚を開けて睡眠導入剤を一錠口に放り込む。
それでも、胃の奥のざわつきは消えなかった。
電気を消してベッドに戻る。薄暗い部屋。時計の秒針の音だけが、耳にうるさいほど響いていた。
──そして、眠りが訪れる。
⸻
夢の中。
彼はまた、あのビルの中にいた。
死体の輪の中心に、青い髑髏があった。
ただし、現実と違ったのは、髑髏がこちらを見て笑っていたことだ。
眼窩の奥に、青白い光が灯っていた。ゆっくりと口が開く。
「よく来たな、マクレガン。お前は、ようやく“望んだ場所”へ辿り着いたんだ」
声は低く、しかしどこか懐かしさすら含んでいた。誰の声にも似ていない、けれども、心の奥に直接響くような声だった。
「お前は、ずっとこうなることを望んでいたんだろう?……死にたがっていた。違うか?」
髑髏の言葉に、マクレガンは口を開こうとする。だが声が出ない。
体が動かない。手も足も、鉄のように重く、凍りついていた。
「妻と娘を失ってから、生きてる意味なんてなくなった。そうだろう? お前が望んだんだ。“終わり”を」
その瞬間、死体たちが一斉に顔を上げた。
眼球のないその顔が、ぞっとするような無表情で、マクレガンを見つめている。
「お前のせいだ」
「全部お前のせいだ」
「殺したのは……お前だ」
何十もの口が、同時に言った。全く同じトーンで、同じタイミングで。
そして、彼の前に現れたのは──血まみれのワンピースを着た、娘の姿だった。
「パパ……どうして助けてくれなかったの……?」
少女はそう呟くと、髑髏の前に座り込み、首を傾けた。笑った。
その笑みは、もう人間のものではなかった。
⸻
マクレガンは叫び声と共に目を覚ました。
汗びっしょりの体。シーツは乱れ、心臓は凄まじい速さで打っている。喉がカラカラだった。
だが、異変はそれだけではなかった。
机の上に、置いた覚えのないテープレコーダーがあった。
電源が入っており、赤い録音ボタンが点滅していた。
マクレガンは手を伸ばし、震える指で再生ボタンを押す。
テープから、小さな少女の声が流れた。
「パパ……どうして助けてくれなかったの……?」
それは──夢の中で、娘が言った言葉とまったく同じだった。